対談の外
帝都滞在も、三日目に入っていた。
その夜、王太子たちにあてがわれた応接室で、三人は向かい合っていた。
「……正直に申し上げます」
口火を切ったのは、外務庁のカレドだった。
年季の入った外交官らしく、声は低く抑えられている。
「今回の対談、表向きには成功です。国境の緊張緩和、軍の段階的撤退、今後の定期会談――どれも、文書に残せる」
ユリアスは黙って頷いた。
それが“外交としては”十分な成果であることは、理解している。
「ですが」
カレドは、そこで一拍置いた。
「魔法薬術師の件だけが、徹底して曖昧です。存在を否定しない。だが、肯定もしない。安否確認については、“帝国内に滞在する者の安全は保証されている”の一点張り」
ルーファスが、静かに口を開いた。
「“誰が”“どこで”“どうしているか”は、全く言いませんね」
「ええ」
カレドは苦笑する。
「巧妙です。否定しない以上、こちらも強く出られない。肯定しない以上、要求も通りません」
ユリアスは、机に置いた拳を見つめていた。
「……会わせるつもりは、最初からない、ということか」
ルーファスは否定しなかった。
「少なくとも、“こちらの望む形”では、ないですね」
それでも、とユリアスは顔を上げる。
「このまま引き下がるわけにはいかない」
「殿下」
ルーファスの声は、兄のものだった。
「今は、引き下がっていただきます」
ユリアスの表情が、わずかに強張る。
「負けているわけではありません。ただ――時間を与えているだけです」
ルーファスは、淡々と続けた。
「焦れば、皇帝の思う壺です。彼は、こちらが感情を出すのを待っている」
カレドが、静かに頷いた。
「帝国側が用意した盤上で戦う限り、主導権は渡りません」
沈黙。
ユリアスは、深く息を吐いた。
「……わかっている」
――わかっているのだ。
それでも、胸の奥で何かが削れていく感覚は、どうしようもなかった。
⸻
同じ夜。
皇宮の執務室で、アシュレインは報告書に目を通していた。
「王国側は、引いているな」
ヴァルディスが、淡々と告げる。
「ええ。表向きには」
アシュレインは、書類から目を上げない。
「王太子は、よく抑えている」
「王国側が付けた二人が、なかなかに優秀です。あの二人、帝国に引き抜きましょうか?」
「確かに、逸材だな。が、引き抜いた十年後くらいには、帝国が滅亡しているだろうな」
「想像できますな」
執務室に、静かな笑い声が響いた。
ヴァルディスは、ふっと息を吐いた。
「……リュミエラ嬢の件を、強く出さぬのは、評価できます」
その名が出た瞬間、アシュレインの手が止まった。
「評価?」
「ええ。感情で来れば、こちらとしても処理しやすかったのですが」
アシュレインは、ゆっくりと椅子にもたれかかる。
「だが、そうは来なかった」
「来ませんでしたな」
沈黙が落ちる。
「――それで」
アシュレインが、低く問う。
「いつまで、この形が持つと思う」
宰相は、即答した。
「王太子は、そう長くは耐えられないでしょう」
「だろうな」
アシュレインは、つまらなそうに言った。
「だが、あちらは耐えさせている」
「陛下」
宰相が、静かに確認する。
「やはり、会わせませんか」
アシュレインは、両眼を閉じた。
王太子の目――あれは、元婚約者の目ではなかった。
表に出さないよう気をつけてはいるが、わずかな焦りを感じる。それから、シシリアへの執着……いや。そんな軽いものではない、想いを。
アクアブルーの瞳を思い出して、アシュレインは顔を歪めた。
「――王太子は、若いな」
ふっと笑ってから、すぐに表情を引き締めた。
「シシリアは、俺の庇護下にある」
低く、重い声。
「それを、誰にも崩させる気はない」
宰相は、深く一礼した。
「承知いたしました」
頭を上げると、それはそうと、と続けた。
「私にしてみれば、お二人とも、たいそうお若くございますよ」
ヴァルディスが、くつくつと笑うのを見て、アシュレインは顔を歪める。
「言ってくれる……」
「若者たちの化かし合いが、予想もできない形で壊されることのないよう、祈るばかりです」
一礼して執務室を出たヴァルディスは、内心で思う。
――問題は、陛下でも王太子でもない。
――“彼女”が、いつまで静かでいてくれるか、だ。




