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直接対談

 皇宮正殿は、重厚な静けさに包まれていた。

 高い天井、列柱、赤と黒を基調とした帝国の意匠。

 その中央に、向かい合って設えられた席。

 一方に、帝国皇帝アシュレイン・ザフィール。

 もう一方に、レガリア王国王太子ユリアス・フォード・ディルクハイト。

 形式的な挨拶が交わされ、書記官が記録を取り始める。

 レガリア王国外務庁外務室副長官カレド・オルディス・ハーゼンが、国書を読み始めた。


***

帝国皇帝

アシュレイン・ザフィール陛下


レガリア王国国王として、貴国の安寧と繁栄を心より祈念申し上げます。


さて、近頃の国境付近における緊張状態につき、我が国としても深く憂慮しております。

いかなる国家間においても、誤解や拙速は取り返しのつかない禍根を残しかねません。

つきましては、現在実施されている国境の閉鎖措置を解除し、あわせて国境地帯に集結している帝国軍の部隊を撤収されることを、ここに正式に要請いたします。

我がレガリア王国は、貴帝国との間に、敵対ではなく、互いの主権と尊厳を尊重する、永久的かつ安定した平和関係を築くことを強く望んでおります。

この志は、今後も変わることはございません。


なお、上記とは別件として、現在、国家資格を有する魔法薬術師数名が、

貴国領内へ派遣されていることを確認しております。

これらの者は、我が国において公的資格を付与された国家資産に該当する人材であり、その身の安全と現状について、最低限の安否確認を行う必要がございます。

本件につき、いかなる政治的意図も有さぬことを、ここに明記いたします。

あくまで制度上、管理責任を負う立場としての事務的確認であることを、ご理解いただければ幸いです。


貴国との信頼関係が、今後ますます強固なものとなることを願い、本書の結びといたします。


レガリア王国国王

***


 カレドは国書を読み終えると、帝国の高官が差し出したトレイにそれを置いた。

 トレイは、真っ直ぐに皇帝に届けられた。

「レガリア王国ぼ国書は、確かに受け取った」

 アシュレインは、ユリアスに向かい合って言った。

「帝国としても、無用な諍いは避けたいところ。国境に帝国軍を派遣したが、貴国を侵略する意図はなく、すでに国境は開かれている。段階的にではあるが、帝国軍も撤退させよう」

 ユリアスは、わずかに息を整えてから口を開いた。

 その声は、若さを感じさせながらも、場に耐える落ち着きを備えていた。

「ご配慮、感謝いたします。帝国に侵略の意思がないこと、国境がすでに開かれていること――そのお言葉を、王国として重く受け止めます」

 一礼は浅く、しかし確かだった。

「ただ、国境付近における軍の展開は、現実として王国民に大きな不安を与えました。段階的な撤退について、明確な方針と時期を共有いただけるのであれば、王国としても過剰な警戒を解くことができます」

 視線を逸らさず、皇帝を見据える。

「我が王国も、帝国との衝突を望んでおりません。むしろ、今後も互いに不要な疑念を抱かずに済む関係を築きたいと考えております」

 そこで、一拍置いた。

「そのためにも――本日のご説明が、言葉だけで終わらぬことを、私は信じたい」

「信じたい、か――」

 ユリアスの言葉を静かに聞いていたアシュレインは、その言葉に反応して、金の瞳をすっと細めた。

「王太子殿下は、随分と重たい言葉を使う」

 責めるでも、嘲るでもない。

 ただ、事実を口にしただけの声だった。

「国家の代表として発された言葉は、信頼ではなく、結果で測られるものだ」

 ユリアスを真っ直ぐに見据えたまま、アシュレインは続ける。

「帝国は、すでに行動を起こしている。国境は開いた。軍も引き始めている。――それが、我が国の答えだ」

 それ以上は言わない。

 “魔法薬術師”にも、“彼女”にも触れない。

 ユリアスは、その沈黙が意図的なものであることを、はっきりと理解した。

 ここで踏み込めば、話は壊れる。

 踏み込まねば、何も得られない。

 わずかな逡巡ののち、ユリアスは言葉を選んだ。

「……陛下のお言葉と、帝国の行動が一致していることは、確かに確認しております。だからこそ、我が国は、この対話を重視しているのです」

 その“対話”という言葉に、帝国宰相ヴァルディスが、わずかに目を細めて言った。

「殿下のお考えは、十分に理解いたしました」

 穏やかで、丁寧な口調。

 しかし、明確な区切りを含んだ声だった。

「本日の会談は、当初予定していた議題――停戦および国境措置について、一定の合意に達しております。詳細については、文書として改めて整理し、次回以降の会談にて協議するのが適切かと存じます」

 “次回”という言葉が、空気を変えた。

 ユリアスは、宰相の意図を悟る。

 が、引き下がれるものではない。何としてでも糸口を掴まなければ、次の会談までに状況が動く保証はない。

 口を開こうとした、その瞬間。

「殿下」

 低く、しかしはっきりとした声が、ユリアスを制した。

 隣に座るルーファスだった。

 ユリアスは一瞬、驚いたように彼を見る。

 だが、ルーファスは視線を逸らさず、わずかに首を振った。

 ――今ではない。

 その無言の合図に、ユリアスは唇を噛みしめる。

 焦りが胸を焼く。それでも、彼は言葉を飲み込んだ。

 ルーファスは、穏やかながらも隙のない声音で口を開く。

「本日の協議において、陛下より明確なお言葉を頂けたこと、王国として感謝いたします」

 形式的な挨拶。

 だが、その裏に込められた意味は重い。

「帝国軍をお戻しいただけること、段階的であっても履行されるのであれば、我が国としても、拙速な行動は慎むべきでしょう」

 それは、ユリアスを引き止めるための言葉でもあった。

 アシュレインは、何も言わず、その様子を眺めていた。

 金の瞳が、一瞬だけ、ルーファスに向けられる。

 ――止めたか。

 評価とも、警戒とも取れる視線だった。

 ユリアスは、深く息を吸い、そして吐いた。

 帝国宰相が静かに頷く。

「次回の会談日程につきましては、追って調整いたします」

 こうして、表向きには円満に、

 だが、水面下では誰一人として納得していないまま、

 初日の公式対談は終了した。

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