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帝国への知らせ

 帝都、皇宮。

 昼を超えた時間の執務室は、外とは反対に心地よいほどの暖かさで満ちている。

 朝からシシリアを揶揄ってきた皇帝は、いつもに増して仕事が捗っていた。

 昨日は、開発中の魔導兵器を白紙に戻された。時間と金がかかっているもので、帝国にはかなりの痛手だった。帝都に降りたいという彼女は、今日はどんな発見をするのだろうか。

 夕刻にあるシシリアの報告内容は、いつも予想外で刺激的だ。

 今度は何をしでかすのか、興味半分、怖さ半分で想像しながら、アシュレインは、机上の報告書から視線を上げた。

 扉の前に立つ男――宰相ヴァルディスの気配が、いつもより重い。

「……どうした」

 短く促すと、宰相は一歩進み、形式的な礼をとった。

「王国より、正式な通達が届きました」

 その言葉だけで、内容は察せた。

 それでも、アシュレインは黙って続きを待つ。

「王太子ユリアス・フォード・ディルクハイト殿下が、帝都へ向かわれるとのことです」

 ペン先が、紙の上で止まった。

「名目は?」

「国境付近の緊張緩和、および両国関係の再確認」

 宰相は一拍置いてから、付け加える。

「外務庁外務室副長官カレド・オルディス・ハーゼン侯爵と、内務庁内務調査室長リュミエラ次期侯爵も同行します」

 金の瞳が、わずかに細くなった。

「……王太子に侯爵、次期侯爵か。次期侯爵に至っては、シシリアの親族か――随分な人選だな」

 それは皮肉でもあり、評価でもあった。

 王国が何をしに来るのか――肩書きは表向き、人選は裏向き、ということか。

「到着まで、どれくらいだ」

「馬車と騎馬を併用して、最短で七日。順調ならば、もう少し早まる可能性も」

「そうか」

 それだけ言って、アシュレインは再び机に視線を落とした。

 だが、書類の文字は、もう目に入っていない。

 沈黙が落ちる。

 宰相は、その沈黙を破る言葉を選んでいた。

 軽すぎれば不敬、重すぎれば不安を煽る。

「……停戦の申し入れ、だけではないでしょうな」

 アシュレインは、わずかに口角を上げた。

 笑みと呼ぶには冷たすぎる表情だった。

「当然だ」

 即答だった。

「王国がこの機を逃す理由がない。国境に軍を置かれ、理由も告げられず、さらに――」

 言葉を切る。

「“客人”がいる」

 宰相は、その言い方に小さく息を吐いた。

 “客人”という表現がどうなのか。他の魔法薬術師は、己の意思で“勧誘”に同意して来た。対してシシリアは、本人の意思とは関係なく連れて来た。だが、どちらにも快適な生活環境を与えている。決して囚人ではなく、人権を無視した使役もしていない。結果だけ見れば、“客人”と言えなくもない。王国が怒りそうな屁理屈だ。

「――では、どう対応なさいますか」

 アシュレインは、椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。

 穏やかな昼の陽が、金の瞳に反射する。

「迎え入れる」

「……それだけですか?」

「それ以上は、相手次第だ」

 しばしの沈黙。

 宰相は、あえて踏み込む。

「――彼女の件を、どう扱われますか」

 その問いに、アシュレインは視線を戻した。

 金の瞳は、静かだった。

「シシリアは、俺の”客人“で、帝国の人間だ」

 低く、断定的な声。

 宰相は、ほんのわずかに目を伏せた。

 アシュレインは、ゆっくりと、確実に言葉を継ぐ。

「俺が、手放すと決めるまで、ここにいる」

 それは宣言だった。

 政治的判断であり、個人的意志でもある。

 宰相は、深く一礼した。

「承知いたしました。では、王太子一行の受け入れ準備を」

「ああ」

 短く応じてから、アシュレインはふと思い出したように言った。

「――王国の王太子は、確か元婚約者だったか」

 宰相は、感情のこもらない声で、情報だけを伝えた。

「貴族院を卒業したのと同時に、白紙に戻したそうです」

 アシュレインは、「そうか」と言って口元を僅かに上げる。

「それが、今、出て来た理由は、何だろうな」

「さて。政治的な理由か、個人的な理由か――両国の平和という要件だけで、王太子が来るのは大袈裟かと思いますが、我が国が動いている状況にあっては、より強いカードを出して来たということでしょうな。レガリア王国の王太子は、若いが優秀だと聞いています」

 宰相は、口元だけを緩めた。

「ただ、リュミエラ嬢の元婚約者である王太子に、リュミエラ嬢の兄上ですからな。普通に考えれば関係の良くない二人が揃って帝国に来るということは――まあ、そういうことでしょうな」

 ため息をつく宰相とは反対に、皇帝は楽しそうだ。

「そうだろうな」

 金の瞳が、強い光を帯びた。

「どちらにせよ、シシリアが俺の庇護下にあるということは、変わらない」

 皇帝の言葉で方針が決まった。

 ヴァルディスは静かに一礼して、執務室を辞した。

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