帝国へ来た理由
帝国南部の街は、今日も人で溢れていた。
エリスは、簡易的に設えられた祈祷台の前で深く息を吐き、本日最後の癒しを施す。淡い光が、目の前の老女の身体を包み、ざわめきが歓声へと変わった。
「ああ……痛みが……息ができる……!」
「聖女様……!」
「ありがとうございます――っ!」
その声に、自然と胸が満たされる。
疲労は確かにある。もう何日も街を巡り、癒しを続けてきたのだ。けれど、それ以上に――必要とされているという実感が、彼女を支えていた。
人々は口々に彼女を讃え、手を合わせ、道を空ける。
その希望に満ちた視線を浴びながら、エリスは小さく微笑んだ。
(やっぱり、私が来てよかったのよね)
帝国は広い。
長い時間をかけて多くの国を取り込んできた。その争いの爪痕も深い。
それでも、自分が癒しを施せば、人々は救われる。
それが、聖女として選ばれた意味なのだと――そう思えた。
その日の夜、随行していた神殿関係者から、帰還命令が伝えられた。
「帝国は、レガリア王国への進軍を停止するとのことです。聖女様は、いったん帝都へお戻りください」
エリスは驚き、そしてすぐに表情を明るくした。
「……そう。やっぱり、そうなのね」
エリスは納得した。
広告への進軍停止。
まだ開戦していないというが、そこは誤差の範囲だろう。
皇帝は、運命の女性を得て、レガリア王国を奪うことをやめたのだ。裏設定の通りに。
運命の女性というのが誰だかは知らないが、王国の辺境の村にいたのだから、平民の娘か何かだろう。
皇帝は、特級魔法薬術師――シシリア・ミラ・リュミエラのこともなんとかすると言っていた。進軍を停止したということは、たぶん、もう王国にはいないのだろう。
(やっぱり、ストーリーはバグのせいでずれてただけで、ちょっと調整してあげれば元に戻るんだわ)
満足感と、少しの誇らしさを胸に、エリスは帝都への帰路についた。
道中、護衛の一人が何気ない調子で言った。
「そういえば、レガリア王国の王太子殿下が、近く帝都へ来られるそうですよ」
その言葉に、エリスの足が一瞬止まる。
「……ユリアス殿下が?」
「ええ。正式な使節団だとか。聖女様へのご挨拶もあるんでしょうか」
エリスは、胸の奥がふわりと浮き立った。
(迎えに……来てくれるのかしら)
聖女として帝国に留まってきた自分を。
シシリアがいなくなり、帝国との関係も落ち着いた。
ストーリーが正常に動き出し、ユリアスは失いかけている大切なものを、思い出したのだろうか。
自然と、足取りが軽くなる。
帝都が、いつもより近く感じられた。




