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シシリアの帝国生活その2

四日目


「お嬢様、帝国軍研究所の見学許可がでました」

「え!? 聞き間違えではなくて!?」

「……皇帝陛下から、許可がでました」

 流石のシシリアも、侍女頭の言葉を疑ってしまった。

 “軍事の帝国”と称されるからには、知識も技術も軍部に集中しているのではないかと考え、見学を希望した。ついでに、王国に攻めてくるなら、その対抗策でも考えておこうかなとも思って、断られる覚悟で聞いてみたのだが。まさか許可が出るとは思っていなかった。


(あの人、何を考えているのかしら? もしかして、裏がある?)


 少し考えたシシリアだったが、流石に皇帝に軽々しく聞きにいくわけにもいかない。結局、「まあ、いいか」で済ませてしまった。

 そして、いつも通り一時間かけて支度をされるのだった。

 

 帝国軍研究所設計室。

 シシリアは一枚の設計図の前に立っていた。

「……?」

 眉が寄る。

「これ……魔力の位相を撹乱するための……兵器ですか?」

 横に立つ広報官が、不満気に頷いた。

「……現在開発中のものです」

 宰相から、この令嬢の目につく場所に撹乱兵器の図面を置くように指示されていなければ、絶対に見ることができない極秘事項であるはずなのに。いったい、何を考えて、他国の、しかも貴族令嬢に見せなければならないのだ……という考えは、無表情の中に隠す。

「帝国軍の知識、技術をもって、戦いによる殺傷を極力控えるために――」

「……これ、少しまずくないです?」

 広報官の話を聞いているのか聞いていないのか、シシリアがぽつりと呟く。

 広報官が、え?と固まる。

 ライラックの瞳は、設計図を通り越した向こう側を見ているかのようだった。

「魔力が最大になったときに、その最高点に照準を合わせて収縮させ、変動させることによって強制的に逆向きにするってことですよね? でも、ほら、ここの設計が……」

 一点を指さし、すっと左側にずらして止まった。

「ここと考え方がずれてしまっています。あと、この――」

 また別の点を指差してから上にずらして、今度は小さな円を描く。

「魔法構造間の相性が合っていない……というか、暴発レベルです」

 シシリアの瞳が不思議な色に光ったように見え、広報官は、その瞳に魅入られた。

「これ、起動させたら――」

 シシリアが急に広報官に向き直った。

 顔の前で、両手をパンッと合わせる。

 にっこりと、楽しそうに微笑んだ。

「帝国、滅んじゃいますね! 連鎖が止まりません!」

 広報官は、何も言わずに設計図から静かに目を逸らした。

 魔力位相撹乱兵器は、その日そっと灰になった。


 帰り道、シシリアは偶然皇宮の転移門の前を通りかかった。

 巨大な魔法陣を前に、シシリアは目を輝かせた。

「わ……これ、古代の門だわ」

 護衛が慌てる。

「お嬢様、近づきすぎると――」

「大丈夫よ。今は休眠中」

 床にしゃがみこみ、刻印を見つめる。

「初めて見たわ。構文が今と全然違う……単純な構造なのに、転移できるって、どういうこと? 循環じゃなくて、重ね書き?」

 独り言は続く。

「ここが転移理論、ここが安定保持、ここが座標かしら……」

 魔具を使わずに人は転移できない、というのが定説だ。しかし――

「え、これ、転移の魔法陣っていうこと? んー? あら? もしかして、ここをこうすると……?」

 つぶやいた瞬間、シシリアの足元から金の光が煌めき、シシリアを包み込んで――

「……あら?」

 ――消えた。



「――以上が、本日のリュミエラ嬢です」

 皇宮、皇帝の執務室。

 宰相の報告に、部屋の主は執務机に突っ伏して肩を震わせている。

「笑い事ではないと、一応申しておきます」

 ヴァルディスはため息をついた。

「――は……っ! はは……っ! これ……は……っ!」

 もう笑いが止まらない。

「……くっ……! だって、お前……これ…………ははは……っ!」

 ヴァルディスは、もう一度ため息をつく。

「ほんとうに、とんでもないお嬢様ですな。滞っていた古代文明の解析を大幅に進め、帝国の威信をかけた兵器を白紙に戻し、魔具なしには不可能と言われた転移をやり遂げる」

 アシュレインが、堪えきれない笑いと共に、執務机を拳でドンドンと叩いた。

「リュミエラ嬢が消えた転移門“跡”では、護衛が悲鳴を上げ、侍女が気絶したと。光と共に離宮の自室に現れたリュミエラ嬢を見たメイドは、彼女を女神と崇めたとか……」

 ヴァルディスの三度目のため息。

 まだ笑いの収まらない皇帝は、それでもなんとか言葉を発した。

「――まあ、その辺は……想定外だったがな……はは……っ! だが、シシリアを攫った目的を達成するために、魔力位相撹乱兵器の設計図を見せたのは、お前だろう? よかったじゃないか。帝国は滅亡を逃れた」

 ヴァルディスのため息は、これで四度目だ。

「――レガリア王国の魔法は、ここまで進んでいるのですな」

 それか、とアシュレインが続ける。

「シシリアが異質なのか、な」

「どちらにしても、王国はどうやってあの令嬢を制御していたのでしょうか。是非教えていただきたいものです」

 アシュレインは、口の端を上げた。

「何も壊していないんだろう?」

「はい」

「誰も傷つけていない」

「その通りです」

「であれば、問題ない」

 宰相は、頭を抱えた。

「陛下……“何もしていない”のに、この波紋ですぞ……」

「だからいい」

 アシュレインは、迷いなく言った。

「好きにさせろ」

 そして、付け加える。

「触れられて困るものなら、最初から置いておくな」

 宰相は、深く、深くため息をついた。

「しかし、兵器が完成しないとすれば、王国への進軍は……」

「今のままでも、押されはしない。“聖女”がいれば、兵の士気も上がるだろう。そのために、“聖女”に各地を回らせているのだ。民のためにも、王国は落とすぞ」

 皇帝の顔になったアシュレインに、宰相は頭を下げる。

「近く、軍務会議を行いましょう」

 そう言って執務室を出た宰相は、軽く天を仰いだ。

(……帝国が試されているのか、それとも、この女性に選別されているのか……)


 その夜。離宮。

 床に地図と書き込みを広げたまま、シシリアはまた眠って――いや、落ちていた。

 今度は、禁書庫の写本を抱えたまま。

 アシュレインは外套をそっとかけ、髪に触れる。

「まったく……俺が会いに来て会えない令嬢など、お前くらいだぞ」

 その表情は穏やかで、シシリアの母国を併合しよとしている皇帝とは思えない。

「帝国の根幹を覗いて回るとはな……」

 静かに笑って、シシリアの頬を撫でる。

「お前は、もう、帰りたいと思えば、すぐに帰れるのではないか?」

 その声は、少しだけ淋しそうだった。

 

 少し離れた場所で、宰相が見ている。


(……この方、国を落とす気はない。だが、皇帝を落としている)


 また一つ、重たい溜息が落ちた。

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