表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/71

シシリアの帝国生活

 翌朝。

 シシリアは――暇だった。

 行動に制限もないし、何をしろとも言われていない。

 皇宮から出たとして、何をどうすれば王国に帰れるのかも、わからない。

 そこで、シシリアがしたことは、離宮の地図を広げることだった。

「……広いわね」

 侍女が恐る恐る答える。

「はい。陛下の離宮ですので……」

「じゃあ、探検しがいがあるわね」

 その一言で決まった。

 シシリアは、滞在している階から始めることにした。

 たくさんの部屋が並んだこの階は、客間が集中している階のようだった。どの部屋も趣味の良い家具が置いてあり、中庭がよく見えるようになっていた。

 廊下の途中で、シシリアは気がついた。

「この柱、装飾紋が左右で違うのね。……ここ、昔増築したの?」

 着いてきた数人の侍女は、誰も答えられなかった。

 曰く――装飾“紋”て、何?


 離宮の主要な部屋を回ると、すでにお昼になっていた。

 シシリアは一度部屋へ戻り、昼食を軽く食べた後に庭に出ることにした。

 美しい庭園の中央にある噴水で、シシリアは足をとめた。

「この噴水、すてきね! 魔力循環が二重になっているのね!」

 侍女たちは、首をひねった。

 このご令嬢は、侯爵家のご令嬢ではなかったか。

 今、“噴水が”すてき、ではなく、“魔力循環が”すてき、と聞こえた気がしたが、気のせいだっただろうか?

「……あら? でも、魔力の流れが少し乱れているのね。修正しなくてもいいの?」

 侍女たちは、顔を見合わせた。

「ほら、あそこの――」

 シシリアは、言いながら噴水の水が上がる皿のあたりを指さした。

「あそこに刻まれている模様、あれ、魔法陣よね? あの、“繰り返し”っていう印が少し薄れてしまっているわ。だから水が綺麗に上がらないのね」

 侍女たちは懸命に目を凝らしたが、結局何が違うのかはわからなかった。

 次の日、侍女頭から指示を受けた庭師が、魔法使いにシシリアが言っていた魔法陣の修正を頼んだところ、中庭の噴水は倍以上の高さまで水飛沫を上げて虹を作り上げる、美しい噴水に生まれ変わった。



 二日目


「お嬢様、魔導研究区画への立ち入り許可がでました」

 侍女頭が、皇帝の許可をシシリアに伝えた。

 朝食後、お茶を飲んでいたシシリアは目を輝かせ、すぐに立ち上がった。――が、当然のように侍女に止めらる。

「お嬢様、お着替えを」

「お髪も整えませんと」

「お化粧も……」

 一時間近くかかった身支度に時間に、シシリアは少しだけしょんぼりした。


 そこは、本来、見学用の回廊だった。

「……どうしてこの配置にしたのですか?」

 シシリアが立ち止まり、案内役の研究員に聞いた。

「魔力干渉を避けるためです」

「え? 魔力を集めているのに、干渉を避けられるのですか?」

「――は?」

 シシリアは、床を見下ろす。

「これ……魔素が混乱して、爆発……」

 シシリアの困った声に、研究員が苦笑した。

「さすがに、そこまで致命的では――」

「爆発――していないのならいいのですけれど……」

 言葉が途切れ、研究員はだまりこむ。

 シシリアも、眉を下げて考え込む。

 どうしよう。言うべきなのか。しかし、ここは研究機関。知っていてこの配置になっているはずだ。何か意図があるはずだが、王国の人間である自分には、理解ができないのだ。でなければ、こんな危険な配置にするわけがない。

 シシリアは納得した。納得したが、やはり言うことにした。

「あの……ご存知かとは思うのですが……やっぱり、危険です。今は小さい爆発だけだと思いますが……」

「――何を根拠に」

 ムッとする研究員に、少し声が小さくなる。

「あの、けれど……あと数ヶ月で、ここの魔素の補充が……完了して……」

「え、完了?」

「そうすると、大きな爆発が……」

 研究員は、「え、爆発?」と目を丸くした。

「あ、いえ、出過ぎたことを言っているのはわかっています! 対策をしていますよね! ただ、あそこと、あとあちらの位相の折り返しを一箇所ずらせばいいだけですし……起きてしまうことの対策よりも、起きないようにすることの方が……いえ、申し訳ありません!」

 黙ってしまった研究員に頭を下げて、シシリアは急いで見学を終えた。


 その日の夕方。

 魔導研究区画の小規模爆発事故は、目に見えて減少したと報告があがった。



 三日目


 その日シシリアは、豊かな白髭を胸まで垂らした考古学者トビアス・グレイと一緒に皇宮の書庫にいた。

「この棚、使われてないんですか?」

「旧ルーンティカ王国から見つかった古文書です。まだ翻訳が終わっておらんので、翻訳班しか使っておりませんな」

「じゃあ、翻訳したものがあるんですね。あの……見てもいいですか?」

「ええ、どうぞどうぞ。まだ少ないですが、レガリア王国にはないものではないですか?」

「そうなんです。とても珍しいものですので、是非!」

 ということで、読み始めたシシリアだったが――

「トビアスおじいさま、ここは”反復“と読めませんか?」

「ふむ、そう読むのならこの文字は”繰越し“かのう」

「あ、なるほど! だったら、”呼び起こし“ではなくて”繰越して揺らす“なのではありませんか?」

 シシリアは声を弾ませ頬を紅潮させている。いつも眉間に皺を寄せているトビアスは、今は目尻に皺を寄せて孫を見る目をしていた。

 朝から古文書を読み始めて、すでにティータイムである。

「では、ここはこのように訳すのがよかろうな」

「はい、とても自然になりましたね!」

 ここで、侍女はようやく声をかけることができた。

「お嬢様、グレイ先生もお誘いして、軽食を摂られてはいかがですか?」

 この提案にシシリアは大層喜んだが、侍女は大層後悔した。

 なぜなら、軽食の後も、それこそ夕方になるまで、シシリアが書庫に籠ってしまったからだ。

 その日以降、シシリアは度々書庫に現れるようになった。


 夜。

 アシュレインは、やっと時間を作って離宮を訪れた。

 ――が。

 寝室。

 床一面に、地図、写本、図面。

 その中心で、シシリアが力尽きて眠っている。

「……三日で、ここまで散らかすか」

 呆れたように言いながら、そっと外套をかける。

 散らばった紙を避けるように、丁寧に。

「自由にしろとは言ったが……」

 唇が、僅かに緩んだ。

「引っ掻き回せとは言っていないぞ」

 白金の髪をさらりと撫でて扉の外に出ると、宰相が報告書を抱えて立っていた。

「陛下」

「どうした」

「……三日目です」

 その一言に、すべてが詰まっていた。

 宰相は、深く息を吐く。

「このままでは……皇宮を中心に、学術と魔導の両面に大きな変化が起こります」

 アシュレインは、シシリアに与えた客間のドアをチラリと見てから、静かに答えた。

「それの、何が問題だ?」

宰相は、何も言えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ