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やってしまいました

 ――あ。

 その人物を見た瞬間、シシリアは思った。

 瓦礫の向こうに立つ男は、やけに落ち着いている。

 兵士たちがざわついている中で、彼だけが、まるで研究室に入ってきた学者のような顔をしていた。

「怪我はないか?」

 声をかけられた。


(……えーと、ちょっと待ってね)


 たぶん、どこかで見たことがある。

 黒髪、金の瞳。

 声。

 立ち姿。

 シシリアが記憶をひっくり返している間に、男は名乗った。

「アシュレインだ」

 男――アシュレインは左手をシシリアに差し出してきた。


(…………なんて?)


 シシリアは、かろうじて変な声を出すのを耐えた。

 驚きは、宰相が挨拶に来た時の比ではない。

「え、あの……まさか……」

 アシュレインは、ほんのわずかに眉を上げた。

「――こちらへ。そこは、危ない」

 少し迷ったシシリアだったが、確かに崩れかけた建物の中にいるのは危ない。

 素直に彼の手に右手を乗せて、瓦礫の山から脱出した。

「ありがとうございます。――あの……」

 シシリアは、やたらと近くにある金の瞳を見て、確信した。


(あ、これ……これ、皇帝だ)


 帝国の金の瞳。

 皇族の名。

 この場に誰も止められずに立っている状況。


「……皇帝陛下」


 ぽろり、とこぼれた言葉に、アシュレインは、一瞬だけ困ったように目を細め――すぐに、穏やかに微笑んだ。

「さて、どうだろうな」


(誤魔化した!?――今、誤魔化した!?)


 シシリアの思考が、一気に加速する。


(え、私、今、帝国の貴族牢を壊して? 現行犯よね? 皇帝陛下に直接、瓦礫の中で会って!? 言い逃れできないやつよね!? これ、怒られる流れじゃない!?)


 真っ青になった。

 内心は冷や汗が滝のようだ。

 ここで解決させておかなくては……っ!


(これ、絶対に、お兄様にバレちゃいけないやつ!!)


「その……」

 シシリアは、気まずそうに自分が生み出した瓦礫を見た。

「これは……壊そうと思ってはいなくて……」

 アシュレインを見ることなんて、とてもじゃないができない。

「……あの……仮説の検証を……ほんの少し……だけ……」

 まずい。これは、本当にまずい。

 研究室を爆破したときでさえ、“あれ”だったのに。他国の、明らかに皇帝が関わっている塔を壊したなんてバレたら……

「…………あの……本当に……故意では…………ごめんなさい……」

 言い訳をしている場合ではない。まずは素直に謝ろう、と、シシリアはそっと頭を下げた。

 それを見て、アシュレインは内心で「ほんの少し、ではないな」と突っ込みながらも、表情には決して出さずに決意した。

 皇族すら脱出できない離宮の塔を意図せず破壊する魔法使い。

 この女は、帝国に必要だ。

 いや――俺の側に置く。

「……話をしよう、シシリア・ミラ・リュミエラ」

 彼女の名を、正確に呼ぶ。

「罰の話ではない。“取引”の話だ」

 シシリアは、ぱちぱちと瞬きをした。


(……え? 怒られないの? むしろ、なんか、優しくない?)


 瓦礫の中で、帝国皇帝は、静かに網を張り始めていた。

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