シシリアの評価
帝国皇宮、奥の執務室。
宰相は、窓際に立つ皇帝に一礼してから、淡々と報告を始めた。
「リュミエラ侯爵令嬢、シシリア・ミラ・リュミエラ。先ほど、直接会って参りました」
「どうだった」
背を向けたまま、アシュレインが問う。
「怯えは、ほぼ見られませんでしたな」
宰相は、少しだけ口元を緩めた。
彼にしては、感情を素直に現した表情をしている。
「魔力封じの腕輪、牢、説明のない状況。普通であれば、取り乱すか、少なくとも警戒を露わにするものですが――」
「しなかった?」
アシュレインは、ようやくヴァルディスを振り返った。
「ええ。礼儀正しく、落ち着いておりましたよ。“初めまして”と、王国貴族風のご挨拶をいただきました。ちょっとした嫌味と一緒に」
ヴァルディスの苦笑いに、アシュレインは少々驚いた。
「貴族の令嬢だよな?」
「そうですね。ご家族様からは相当に可愛がられているようですよ」
シシリア・ミラ・リュミエラ――リュミエラ侯爵家の令嬢で、王太子の元婚約者。争いを好まず、容姿も成績も活動も、冴えない。冴えない個性が過ぎて婚約を白紙撤回になったとか。その王太子の元婚約者が、王国の資産とも言える特級魔法薬術師とは、イメージが結びつかない。
宰相は肩をすくめた。
「状況を理解しようとはしていましたが、怖がっている様子はなく……むしろ、少々退屈そうでした。そういえば、訪問した時は、呑気に本を読んでいましたな」
「ほう」
ますます“冴えない令嬢”とは思えない。
気がついたら他国の貴族牢にいたならば、さぞ混乱の境地だろうと思い、ヴァルディスにうまく令嬢を御するように命じたのはアシュレインだ。それが、騒ぎもせず挨拶をし、ましては本を読んでいるなど。
「“冴えない令嬢”ではなく、特級魔法薬術師が、シシリア・ミラ・リュミエラの本来の性格ということか」
アシュレインの金の瞳が、興味深そうな色になる。
「でしょうな。それに、とても美しいご令嬢でしたよ。“冴えない“などと、誰が言いだしたのでしょう」
「事前情報は当てにならんな。――使えそうか?」
アシュレインの声は、淡々としている。
帝国は、今、王国の国土を奪うための兵器を開発している。
王国は大量破壊兵器と思っているようだが……“魔力位相撹乱兵器”。
一定範囲の魔法、魔具、魔力循環をも完全に停止する兵器。これの開発に使えるのか。
宰相は、少し考える素振りを見せた。
「魔力の量だけなら、確かに規格外。王国で薬術師だけに”特級”を設けているのは、その知識、経験、範囲が薬術に止まらないからですな。彼のご令嬢は、確かにそうなのでしょう。私と相対しながらも、まるで戦場にいる騎士のようでしたよ」
アシュレインは、口の端をわずかに上げた。
「令嬢に騎士とは、面白いことを言うな」
宰相は、楽しげに目を細めた。
「私の主観ではありますがね。あれは深窓のご令嬢の皮を被った、図太く、好奇心旺盛な研究者ですな。人生のあらゆるものが研究に値する、まさに“バカ”でしょう。うまくやれば、我が帝国の研究すら、楽しんで協力する――」
――ドンッ!!
空気が震えた。
低く、腹に響く衝撃音。
皇宮の床が、わずかに揺れる。
「……今のは」
宰相が言い終える前に、
――ドゴォォン!!
今度は、はっきりとした爆音。
遠くで、警鐘が鳴り始めた。
アシュレインの金の瞳が、鋭く細まる。
宰相が執務室の扉を開けて出ていく。
五分と経たずに戻ってきた彼に、アシュレインは短く問う。
「どこだ」
「――幽閉の塔、です」
一拍の沈黙。
そして、皇帝は笑った。
「……なるほど」
愉快そうに、しかし確信を持って。
「“使えるか”など、聞くまでもなかったな」
宰相も、苦笑する。
「ええ。どうやら――」
再び、遠くで崩落音。
「面白いご令嬢を引き当てたようです」
アシュレインは、窓の外を眺めて、金の目を細める。
「――壊れるのは、塔だけでは済まないかもしれないな」




