王国は動き始める
王宮の会議室の空気は、一本の矢が通ったように張り詰めていた。
「以上により、魔導庁特別権限、即時停止する」
ユリアスの声は静かで、だが一切の揺らぎがない。
「内務庁、全権で監査に入れ。資料は押収、関係者は出頭命令。拒否は認めない」
反論は出なかった。
ユリアスの視線を内務調査官が引き継ぐ。
「禁忌薬の製造、研究予算の横流し、違法な人体実験、監禁、不法な使役等。これらは全て法廷で明らかにし、法の元に判断を下されます」
魔導庁幹部が揃う尋問の場。
ある者は唇を噛み、ある者は憎々しい視線をユリアスへ、あるいは内務庁幹部へと向ける。
内務大臣リュミエラ侯爵は、魔導大臣を冷たい瞳で真っ直ぐに見た。
「内務庁は不正を許さない。特に、多くの国民を傷つけ、人権を侵害し、国民の努力の賜物である税を私物のように軽んじて扱ったこと、正しく裁かれていただく」
会議室には、沈黙が満ちた。
その日から、王国は変わった。
内務庁は、容赦なく動いた。
捜索、押収、事情聴取。
王国至上主義を掲げ、魔導庁の権限を私物化していた者たちは、一人、また一人と表舞台から消えていく。
魔導庁の研究室は一時閉鎖された。
魔導院にある研究棟の調査も再開、禁忌指定薬の保管庫が開かれ、内容が精査される。
帳簿と実物が一致しない箇所は、すべて洗い出された。
「まるで、最初から準備されていたかのようだ」
調査官の誰かが呟いた。
魔導庁の捜査は、それほど迅速に進行した。
まるで、これを見越していたかのように。
まるで、そこに証拠があることを知っているかのように。
的確に証拠を拾い上げ、白日のもとに晒していった。
数週間。
それだけで、王国の中枢は様変わりした。
魔導庁幹部は更迭。
権限は再編され、軍への干渉は禁止。
魔法使いと魔法騎士は、正式に王国軍へ編入される。
国境では、依然として睨み合いが続いていたが、そこに投入された部隊は、統制が取れていた。
王宮の執務室で、ユリアスはルーファスと向かい合って座っていた。
お互いの表情に緊張はなく、進行状況を報告しあう。
「――ようやく、一区切りといったところか」
ユリアスは、深く息を吐いた。
あれからシシリアに会っていない。
一時は魔導庁と接触があったそうだが、ルーファスの包囲網により彼女は守られ、日常の生活をしているという。
シシリアを守ろうとしてとった行動が、結果として大きな成果に繋がった。ついでにリュミエラ侯爵家からの信頼も繋がれば良いのだが、とちらりとルーファスを見た。
内務調査室長であるルーファスは、口元だけで微笑んだ。
「お疲れ様でした。殿下におかれましては、他意もあったように思えますが……まあ、結果としては上々でしょう」
結局、王太子であっても、ルーファスには敵わないのだ。
「その“他意”方も、上々であることを期待しよう。――それで、戦況はどうだ?」
「そちらは私の管轄外ではありますが……」
ユリアスは、続きの言葉を待つ。
この男の口から出る「管轄外」という言葉ほど、説得力のないものはないなと感じた。
「魔導庁が管轄していた魔法騎士および魔法使いが適切に動かせるようになったので、王国軍も安定しているようですよ。ただ、帝国がおかしな動きをしているとか」
「――おかしな、とは?」
「どうも、威力が高く、広範囲の攻撃が可能な兵器の完成が間近なようです。魔導庁が動いたのが先か、帝国が先かはわかりませんが、完成を競っていたようにもみえます」
魔導庁の禁忌薬の開発は、人間に不自然な魔力を与えて兵器にするためのものだった。人は、多かれ少なかれ魔力を持つ。それを強制的に増加させることは、人の精神を破壊することと同じだ。
魔導庁は、帝国の兵器開発に対抗して、非人道的な研究を行っていた。
「魔導庁のしていたことは誤りだが、王国は帝国に抵抗する術がないということか?」
ユリアスの問いに、ルーファスは穏やかに答えた。
「いいえ。そのようなことをしなくても、策はいくらでも出てきます。武器を掲げ、人を殺し、土地を蹂躙するだけが戦いではないのですよ」
そうか、とユリアスは安堵の表情になった。
国境付近での小競り合いに、王国軍の多くが傷ついている。
早く終結させたいが、大きな戦いになれば、また大勢が傷つくだろう。
そう考えるユリアスを、ルーファスの言葉は安堵させた。
(――会いたいな)
明日は、魔導院に行けそうだ。
どうやって会いに行こうか。
行ってすぐに会いに行ったら、また問題が起こるだろうな。
では、いくつか講義をとってから……それは午前中に終わらせてしまおう。そして、午後一番に、研究室へ行ってみよう。
ユリアスは、ライラックの瞳を思い浮かべて、そっと微笑んだ。
その時、執務室のドアが乱暴にノックされた。
「――殿下! リュミエラ室長は! こちらですか!?」
ドアの外の慌てた声に、ルーファスはユリアスをちらりと見ると、自らドアを開けに立った。
ドアの外に立っていたのは、ルーファスの部下。
真っ青な顔で、口をパクパクさせている。
「落ち着け。何があった?」
男性は深呼吸し、意を決して口を開いた。
「……消えました」
言葉が、床に落ちたように響いた。
「リュミエラ侯爵令嬢が――消えました……っ!」




