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戻ってきた日常?

 午後の魔導院は、穏やかだった。

 シシリアの研究室の高窓から差し込む光は柔らかく、硝子瓶の列に反射して淡く揺れている。

「んー? この触媒、反応が早すぎ?」

 シシリアは、試験管を覗き込みながら首を傾げた。

「早いんじゃない。シシィの調整が精密すぎるだけ」

 即座に返ってきたのは、アーシェルの声だった。

 横を向くと、シシリアの顔の間近にアーシェルの顔。

「……エル、近いわ」

「俺はそう思わないよ?」

「十分近いと思うわよ?」

 にっこりご機嫌なアーシェルに、ニヤニヤご機嫌なニナ。

「ニナさんも、近いと思うなら注意してよ……」

 シシリアは、最近ニナという人がわかってきた気がする。

 この人、人間観察が好きなのだ。基準がどこにあるかはわからないが、シシリアの周辺が、最近のお気に入りらしい。

 少しため息をついて、椅子をアーシェルから五ミリほど離してから、シシリアは試験管を覗き込んだ。

 いくつかの試験管から、小さな気泡が発生している。そのうちの何本かは、パチパチという音と共に、色が透明から青やピンク、虹色に変化した。アーシェルが差し出したペンで、その反応を書き留める。

 変化しなかった試験管を加温したり冷却したりして、さらに反応を見る。

 ふと視線を感じて、アーシェルを見た。

「どうしたの? 何かあった?」

 アーシェルは、右手でシシリアの横髪を耳にかけた。

 そこには、深い青をした小さな石がついたピアスが着けられている。

 アクセサリーを多くは着けない――あまり興味がないシシリアは、ピアスだけは着けている。暖色系の宝石が多い中で、この色選ぶのは珍しい。

「――このピアス、見たことない。新しく買ったの?」

 シシリアは、よく気づいたわね、と笑った。

「お兄様からいただいたのよ。きれいな石でしょう?」

「ああ、ルーファス様から。なるほど」

 アーシェルの「なるほど」の意味はわからなかったが、今度は向こうからカディルの声がして、二人でそちら向いた。

 いつの間にか、研究室の机に回路図を広げたカディルが、こちらを見て手招きしている。

 アーシェルと顔を見合わせて、二人でそちらに移動した。

「なあ、シシリア嬢、アーシェル、この機構についてどう思う? ここからここの魔力回路が、うまく繋がらないんだ」

 回路図を覗き込むと、複雑な魔力回路が、美しい絵画のように波打っていた。

「いつも思うけれど、あなたの回路は本当に綺麗よね。”好き“が伝わってくるわ」

「それは嬉しいね。シシリア嬢の魔法陣も、俺には眩しいくらいだけどね」

 カディルが、黒目を細めて嬉しそうに言った。

 魔導庁の職員がシシリアの研究室で誘拐まがいの事件を起こしてから数週間。彼女の周りは、少しだけ雰囲気が変わっていた。

 以前は喧嘩をしていたことが多かったアーシェルとカディルだが、最近ではカディルが魔力回路の相談をし、アーシェルはそこから新しい法則を考えている。

 今も、カディルの魔力回路に、あれこれ意見を出し合っている。

 それをみながら、シシリアは他のことを考える。


(――ユリアス様、最近魔導院に来ていないのね)


 そう思った自分に驚くシシリア。

 婚約者時代に、彼のことを思い出す機会があっただろうか。

 あの頃よりも、シシリアは人と接することが多くなった。

 ユリアスとの時間も増えている。

 ここ数年の己を振り返り、シシリアは納得した。

 友達が多いって、いいことね、と。


 ――帰ったら、お兄様に聞いてみようかしら。

 ユリアス様はお元気? って。

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