帰路は危険?
重厚な音を立てて、侯爵家の門が閉じた。
「……着いたね」
アーシェルが、間の抜けた声を出した。
「何もなくてよかったわ!」
シシリアは、にこにこしている。
「あれは絶対、何かあると思ったんだけどなぁ」
カディルは頬を掻きながら、苦笑いした。
「君たちの魔素理論が展開された帰路は、実に興味深かったけどね。アーシェル、今度俺の作品にアドバイスをくれないか?」
魔導機械について熱く語った自分を棚に上げて、カディルはアーシェルを誘う。
カディルの誘いに、アーシェルは強く拒否することもなく、その二人をシシリアは温かい目で見守る。
そうこうしている間に、馬車は完全に止まった。
せっかくだから、と三人でお茶をしたあと、アーシェルとカディルは緊張感なくそれぞれの馬車で帰ってゆくのだった。
*
「……まだか?」
外套の男が、低く問いかける。
返事はない。
彼らの役目は単純だった。
外部で雇った部隊が馬車を襲撃する。
混乱の中で対象を保護し、魔導庁の正規職員が「救出」する。
対象は、そのまま魔導庁で「保護」する。
それ以外は「助けられなかった」、以上。
簡潔で、わかりやすいシナリオ。
襲撃部隊には、魔導庁の関連は匂わせていない。
あくまでも、私怨による襲撃の依頼。
それを救出したのが、偶然通りがかった魔導庁の職員だっただけのことだ。怯える貴族令嬢を保護し、侯爵家がどれだけ恨まれているのかを「教え」れば、世間知らずの令嬢など、思いのままだ。
だと言うのに――
「まだなのか?」
別の男が、焦ったように呟いた。
魔導院の町の門から王都の門まで、馬車で三十分。
この中間にある林の中の道、林や草の影に隠蔽魔法で姿を隠した魔導庁職員数名。
ゆっくりと移動する侯爵家の馬車は、護衛が増えるでもなく、速度を変えるでもなく、何が起こることもなくこちらに近づいてくる。
「――なぜ、襲撃がない?」
男たちは混乱していた。
すでに襲撃があってもおかしくないはず。
なのに、どうしてあの馬車は、あんなに落ち着いて移動している?
え、もうすぐ近くにいるけど、これまずくない?
もうこれ、俺たちが襲撃してもいいんじゃないか?
対象をこのまま攫うってことか?
攫うのだめ、保護のみ可。
じゃあ二手に分かれる?
悪い顔してるやつが襲撃班になるって?
それ、絶対怪我するやつだろ!
――と、視線だけで器用に会話する男たちの横を、侯爵家の馬車はゆっくりと通り過ぎて行った。




