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相談は大切

 その日の講義が終わった後、シシリアはいつものように研究室には行かず、まっすぐ王都の自宅へ帰った。

 自宅までは、馬車で一時間ほどかかる。夕食の時間ギリギリに帰宅するのが常シシリアなので、使用人たちは何があったのだろう心配してしまった。

 帰宅してすぐに、何も言わずに暖かいお茶とお菓子が出てきたり、メイドが頻繁に声をかけてくる様子を不思議に思いながら、シシリアは兄の帰宅を待った。

 いつものシシリアとそう変わらない時間にるルーファスが帰宅した報告を受けたシシリアは、急いで兄の部屋へ向かい、ドアをノックした。

 声をかけるとすぐに出てきてくれたルーファスは、驚いた顔をしてシシリアを見た。

「研究熱心な妹が、夕食の前に帰っているとは……もしかして、私に会えなくて淋しかったのかな?」

 少し茶化すような言葉に、シシリアはほっとした。

「そうなのです、お兄様。夕食の後、いつもすぐに王宮へ戻られるでしょう? 今日でなくても良いのですが、私とゆっくりお茶をしてもらえませんか?」

 ルーファスは、少し考えるような表情をした後、すぐに優しく微笑んだ。

「もちろん、今日だって可能だよ。ただ、かわいい妹との時間を作るために、少し時間をくれないか? 夕食の席には少し遅れると、父と母に伝えておいてくれ」

 わかりました、返事をすると、ルーファスはシシリアの頭を撫でてから部屋へ戻った。仕事の調整をするのだろう。

 シシリアは、悪いことをしたかしら、と思ったが、兄が大丈夫と言えば大丈夫なのだ。急に言い出すよりは、幾分マシだろう。

 

 そうして今、シシリアはルーファスと二人、温室でお茶を飲んでいる。

 外はもう肌寒い季節だが、温室の中であれば暖かい。温室には兄弟しかおらず、そこここに設置された淡いオレンジ色の魔法灯が、とてもよい雰囲気を作っている。

 あとで庭師にお礼を言わないと、などと会話をした後に、シシリアはゆっくりと本題を切り出した。

「――お兄様、研究棟の事故のことですけれど……」

 ルーファスは、何も言わずにシシリアの言葉を待つ。

「……あの事故は、その、原因不明の……不慮の事故だとか」

 言葉を選びながら、ゆっくりと進める。

「その……新たな……何か、進展――は、ありましたか?」

 魔導院の理事である兄なら、何か知っているのではないか、という思いだったが、ルーファスの返事は残念なものだった。

「何も。残念ながら、今に至っても原因は不明なままだね」

 ルーファスは、目を伏せてお茶を一口飲んだ。

 そうですか、とシシリアもお茶を飲む。

 二人の間に、微妙な沈黙が流れる。

 シシリアは悩んだ。

 どう説明すれば、ルーファスにわかってもらえるだろう、と。

 いや、これは根拠のない、言ってみれば思いつきだ。そんな曖昧なことを、政務に忙しい兄に話してもいいのだろうか。

 それとも、ちょっとした笑い話になってしまうだろうか。

 シシリアの視線は、右へ左へとどこを見るともなく忙しなく動いたが、口だけは動かすことができなかった。

 そんなシシリアに助け舟を出すのは、いつだって兄の役割だ。

「シシィ、話してごらん?」

 ルーファスの穏やかな声は、いつもシシリアを落ち着かせるのだ。

「この兄が、お前のそんな不安そうな顔を放っておくわけがないだろう?」

 シシリアは、ようやく兄の顔を見た。

 深い海の色の瞳は、穏やかに凪いでいる。

「――お兄様の瞳は、うたた寝してしまうくらい暖かい色よね」

 シシリアの言葉に、ルーファスは口元を緩めて言った。

「そう思ってくれるのは、お前だけだよ。でもね、私以外には、そういうことを言わないと、約束してくれるかい?」

 シシリアは、首を傾けながらも頷いた。

 それに満足したルーファスは、座っていた椅子を少しずらして、彼女の真向かいから斜め向かいに移動した。

 兄が移動するのを待って、シシリアは話し始めた。

「研究棟の事故の後から……変なんです。感覚、みたいなものなんですけれど」

 ルーファスは頷いた。

「事故の直後、研究棟の中で違和感がありました。漂ってきた魔力が、濁っているように思えました。でも、混乱していたし、気のせいだということも……」

 視線を落としたまま、続ける。

「魔法薬学棟の図書室でも、研究資料がなくなっていて。司書の方は、気付かれていないのでしょうか。資料を入れ替えたりずらしたりして、一見なくなったように見えないようにしてありました」

 膝の上で、両手をぎゅっと握る。

「なくなっている研究書は、どれも古いものばかりですけれど、魔力について、よく研究されているものばかりでした。とても興味深いものでしたので、よく覚えています」

 シシリアの感覚が告げる。

 これは、“違和感”ではない。“事実”だ、と。

「ニナさんは、深追いするなと言いました。けれど……何が、とかは分かりませんが……」

 一度言葉を切って、息を吸った。

「危険だと、思います」

 シシリアは、両手を強く握ったまま、ルーファスを見つめた。

 ルーファスの真剣な眼差しと交差した時間は、それほど長くはなかったのかもしれない。

「――フォルテ先生以外に、その話を?」

 ルーファスの問いに、シシリアは首を横に振った。

「あの時、図書室にはニナさんと私以外に誰もいませんでした。その後も、私はこの話題には一切触れていません」

 ルーファスは頷いて微笑んだ。

「私の妹は、実に察しが良い」

 シシリアの両手に自分の手を重ねて、ルーファスは続ける。

「まず、この話題に触れるのは、私といる時だけにしなさい」

 はい、とシシリアは素直に答えた。

 ルーファスは、微笑んで手を離した。

 シシリアの両手は、軽く膝に置かれている。

「魔導庁が、怪しい動きをしている。あの部門には、王国至上主義者が多い。今回の事故は、それ絡みだろうと考えている」

 核心をつくルーファスの言葉に、シシリアは緊張した。

「そして、帝国がわが国を狙っている。国境付近での帝国の動きが、どうもおかしい」

 新聞で読んだので、シシリアもそれは知っている。

 研究棟の事故と帝国の動きが、繋がるということだろうか。

「――シシィ、決して一人にならないでくれ」

 急な話に、シシリアは首を傾けた。

「お兄様、それは、どういうことですか?」

「王国も、一枚岩ではないということだ」

 ルーファスは、難しい顔をした。

「国内で、二級以上の魔法薬術師が消えている」

 シシリアは、ヒュッと息を呑んだ。

「特に、魔力の精密な扱いが得意な者たちだ」

 ――彼は、大丈夫だろうか。

 言いかけるシシリアの唇に、ルーファスの右の人差し指が当たる。

「今、王宮に勤めていない特級は二人。お前は、そのうちの一人だ。本当は、この屋敷に閉じ込めておきたいところだが……」

 人差し指を離して、ルーファスが笑む。

「そんなことをしたら、お転婆なお前は、逆にどこかへ飛び出していってしまうからね」

 そんなこと、と言いかけてやめておいた。

 シシリアは、今でもすでに心配でしょうがない。

「決して、一人にならないこと。魔導院という場所は、お前を確実に守ってくれている」

「――はい」

「行き帰りは、我が家の馬車以外には乗らないこと。いいね?」

「承知いたしました」

 シシリアの言葉に、ルーファスは穏やかに微笑んだ。

 大丈夫だ。シシリアの不安など、兄はお見通しだ。

 ライルの――あの穏やかな一級魔法薬術師のことも、きっとなんとかしてくれている。

 自分がやらなければならないのは、見聞きしたこと、感じたことを素直に兄に伝えることと、一人にならないことだ。

 そう考えながら兄を見上げると、シシリアの大好きな深い青の瞳が優しく彼女を見つめていた。

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