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集合はよろしくない

毎日更新していきます

 シシリアの研究室は、静かなはずだった。

 本来なら。


(……これはどういう状況なの?)


 シシリアの目の前では、アーシェル、ユリアス、カディルの三人が言い争い、それをニナが眺めている。

 シシリアが覚えているのは、いつものようにアーシェルが研究の手伝いをしに来て、二人で黙々と作業を進めていたところまでだ。

 それが、気がつけばこの状況。

「アーシェル。手を離してくれないか」

「シシィに触れなければ離すけど?」

「へぇ、ロウゲン公爵子息はシシリア嬢の何なの?」

「待て、カディル。なぜ君がシシリアを名前で呼んでいる?」

「この前話した時に、許してもらったからね」

「は? 他国の王子なら、王子らしく家名で呼ぶべきでしょう?」

「そこは同感だ。しかし、まず手を離してもらおうか」

「婚約者でもないのに触れようとするのは、マナー違反だよ」

「俺は婚約していた」

「過去に、でしょう?」

「ロウゲン公爵子息に賛成だね。ユリアス、自重した方がいいんじゃない?」

「君に言われたくはないな」

 ――会話の内容に終わりが見えない。声は大きくないのに、雰囲気が騒がしすぎる。

 シシリアは、静かに研究がしたいだけだ。

 今日は、アルルの実とグルンノグの爪が爆発しない条件を探そうと思っていたのに、集中できない。

 

 ――ニナは笑ってばかりだし、なぜここにいるの?

 ――そもそも、ここで言い争う必要、ある?

 

 研究という趣味を奪われたシシリアの堪忍袋の緒は、糸のように細かった。

「――いい加減にしなさーいっ!!」

 騒いでいた三人は、シシリアの怒りの風魔法により、強制的に研究室から排除された。


 *


 魔法薬学棟の研究室の扉は、重い。

 多少の爆発があってもびくともしない研究室は、今回の魔導院再建で魔法薬学科各講師に割り当てられたものだ。

 必要に応じて設置された頑丈な扉が、乱暴な音を立てて閉められた。

 廊下では三人の院生が、膝やローブを叩きながら睨み合っている。

 最初に別の動きを見せたのは、アーシェルだった。

 アーシェルに急に詰め寄られたユリアスは、思わず後ろに下がり、壁際に追い詰められた。

 ユリアスの襟元を掴んだアーシェルの瞳は、凍っているようだった。

「――二度と、あの人に不用意に近づくな」

 声は低く、冷えている。

 研究室の中で見せていた、柔らかさの欠片もない。

 ユリアスが、わずかに眉を寄せた。

「それは、君が言う立場ではないだろう」

「立場?」

 アーシェルは、静かに笑った。

 けれど、その笑みには温度がなかった。

「立場の話をするなら、あんたこそ自覚したらどうだ? “元”婚約者、なんだろう?」

 ユリアスの指先が、ぴくりと動いた。

 視線は、まっすぐにアーシェルに向かう。

「……だからこそ、だ」

 ユリアスは低く言う。

「彼女を巻き込むような真似は、これ以上するつもりはない」

「その割には、ずいぶんと距離が近い」

「彼女が嫌がっていない」

 一瞬、視線が鋭く交わる。

 アーシェルの灰色の瞳が、感情を削ぎ落とした刃のように細められた。

「嫌がらないから、許されると思っているなら」

 ゆっくりと、言葉を置く。

「あんたは、まだ彼女を理解していない」

 その言葉に、ユリアスは反論しかけて――飲み込んだ。

 思い当たる節に、アクアブルーの瞳が揺れる。


(……厄介だな)


 邪魔だ。

 本音では、アーシェルは間違いなく邪魔だと、ユリアスは感じている。

 だが、シシリアが彼といる時、心から気を許しているのも事実だった。


 ――排除したい。しかし、それはできない……


 なんとも複雑な状況に、ユリアスは苦々しく思った。

 ユリアスをみる灰の瞳は冷たく、それを見返す瞳には、苦悩の色が滲んでいた。

「いやあ、面白いね」

 空気を破ったのは、カディルだった。

 ユリアスとは反対の壁に寄りかかり、腕を組んだまま、楽しそうに二人を見比べている。

「二人とも、同じ獲物を前にした肉食獣みたいだ」

「……なんだと?」

「おっと、怖い怖い」

 アーシェルの威圧をけらけらと笑いながら受け流し、カディルは肩をすくめる。

「でもさ、シシリア嬢って、実に興味深い。理論、技術、度胸、全部揃ってる」

 視線が、研究室の扉へ向いた。

「うちの国に来てくれたら、退屈しないんだけどな」

 その瞬間、空気が一段階冷えた。

「カディル、冗談がすぎるぞ」

 ユリアスの声が、明確に怒気を帯びる。

「他国の王子様が口にしていい言葉では、ありませんね」

 アーシェルも、ユリアスから手を離し、カディルに向き直った。

 カディルは楽しそうに目を細める。

「ははっ! 怖い怖い。二人とも邪魔だけど……喧嘩も含めて、観察対象ってことで」

 そう言って、くるりと踵を返す。

「精々、独占欲で自滅しないようにね?」

 足音が遠ざかる。

 残された二人は、互いに視線を外さず、しばらく動かなかった。

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