影の会話
魔導庁本庁、三階にある大会議室。
そこには魔導庁、魔導院、貴族院の幹部と、魔導庁監察官、魔導院理事会、王国軍幹部といった錚々たるメンバーが揃っていた。
「――結論は、未特定原因による事故。以上でよろしいですね」
淡々とそう告げたのは、魔導庁の監察官だった。
机の上に置かれた書類には、整いすぎるほど整った報告が並んでいる。
魔導院理事であるルーファスは、その紙面に目を落としたまま、ふっと息を吐いた。
「……研究棟の地下三層が吹き飛んでいるんだぞ」
「魔導院の設備老朽化、で片付けるには、少々派手すぎやしませんか」
理事の一人も、皮肉を含ませて言う。
「我々の関係者も被害にあっている。厳密に調べていただきたい」
貴族院院長が、刺々しく苦言を呈した。
監察官は眉一つ動かさない。
「魔力循環系の暴走です。記録上も、そうなっています」
「“記録上”は、な」
ルーファスは、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先には、魔導庁幹部と監査官たち。
「我々は、魔導院、貴族院の関係者だ。原因を究明し、再発を防ぐ責任がある」
一瞬、部屋の空気が張り詰める。
そこに、低い声が割って入った。
「理事殿の仰ることは理解できる」
王国軍魔法騎士部隊の将官だった。
彼は腕を組み、重々しく続ける。
「だが、現時点で不確定な情報を公にすることは、国防上好ましくない。特に――今はな」
「今、とは?」
貴族院院長が問う。
将官は一拍置いてから答えた。
「北方国境で、小競り合いが起きているのはご存知かと。――帝国の動きが、少々きな臭い」
その言葉に、会議室の空気が一斉に強張った。
監察官が、わずかに口角を上げる。
「ですから、調査は魔導庁が引き継ぎます。魔導院側は、復旧と教育に専念していただきたい」
――深入りするな、ということだ。
ルーファスは椅子にもたれかかり、静かに言った。
「……責任は、どこへ行く? 万が一、同じ事故が起きた場合は」
魔導庁長官が即答した。
「――国が」
あまりにも、あっさりと。
ルーファスは、内心で舌打ちした。
(――国、ね)
国が責任を持つ、という言葉ほど、責任の所在を曖昧にするものはない。
「――分かりました」
ルーファスは、理事としての顔に戻る。
「本件は、継続調査としましょう。皆、よろしいですか」
集まった一人一人の目を見る。
「ただし――魔導院としても、目を閉じるつもりはありません」
監察官は、にこりともせずに頷いた。
*
同じ頃、帝国。
「王国の魔導院で、大きな事故があったそうだな」
薄暗い部屋で、誰かがそう言った。
「原因不明、だとか」
「ふふ……便利な言葉だ」
別の声が、くぐもった笑いを漏らす。
「魔導庁が動いている、という情報もある」
「それが何を意味するか……分かるな?」
――沈黙。
やがて、低く答えが返ってきた。
「王国は、何かを隠している」
「そして――隠すほどの“成果”が、そこにあった可能性が高い」
「なら、こちらも動くべきだな」
影の中で、誰かが立ち上がった。
「事故で終わらせるには、惜しい話だ」
「……実に、惜しい」
帝国もまた、確信し始めていた。
あの爆発は、
ただの失敗ではない、と。
*
その話を、エリスは偶然聞いてしまった。
魔導院研究棟は、原因究明のため未だに修復されていない。
中に埋もれた人々はどうなったのか。
魔導院が閉鎖されていた五日間で、全員運び出されたのだろうか。
そう思っているのはエリスだけではなく、研究棟付近を隠れてうろうろする院生は少なくなかった。
研究棟には、王国軍の警備がついている。
エリスが研究棟の近くを通った時、警備の王国軍兵士が小声で交わしていた会話。
原因不明。
調査は魔導庁が引き継ぐ。
帝国が動いている。
(……原因、不明?)
胸の奥が、ざわりと波立つ。
(そんなわけ、ない)
エリスは唇を噛んだ。
知っている。――少なくとも、「知っているはずだった未来」では、こんな事故は起きなかった。
研究棟は無事だった。
禁忌薬の研究も、途中で止まった。
魔法薬学科講師が“気づいて”、未然に防いだ。
だから、被害者は出ていない。
帝国の動きだって、国境付近で王国軍と膠着状態で終わるはずだった。
(……それが、変わった)
誰かの行動のせいで、変わってしまった。
それで事故が起き、多くの人の命が奪われた。
しかも、帝国が動いている――これからも人命が奪われるかもしれない。
(あの人が、関わってから……)
ユリアスが変わった。
魔法薬学科講師が研究棟に行かなくなった。
アーシェルも、カディルも、皆あの人を見ている。
(……バグだ)
本来、起きるはずのイベントが起きなかった。
だから、もっと大きな事故になった。
今後も、大大きな事件で人が巻き込まれる。
(だったら……)
エリスは、拳を握りしめた。
(私が止めなきゃ)
未来を、本来あるべき形に戻す。
それは、正しいことだ。
少なくとも――エリス自身は、そう信じて疑わなかった。
あの講師がいなければ、全てが元に戻るはず――




