彼らは見ていた
アーシェルが最初に感じたのは、違和感だった。
講師陣による魔導院再建の日、本当はシシリアと一緒にいたかったアーシェルだったが、院生は講師エリアに立ち入り禁止だった。
いつも誰よりも近くにいるし、他の院生も同じだと思って、おとなしく見学エリアでシシリアを見ていた。
それなのに――
(……は? 何でユリアスがあっちにるんだ?)
講師エリアは、院生立ち入り禁止のはず。
王族の権限を使うなんて、卑怯な奴だ。
奥歯がギリギリ鳴るのを止められないアーシェルに、ユリアスが振り返った。
ほんの一瞬。
見学スペースの結界越しに、視線がぶつかって――
笑った。
穏やかで、余裕のある、王太子らしい微笑み。
それだけで、胸の奥がざらりと逆撫でされる。
(……何だ、その顔)
次の瞬間、ユリアスは何事もなかったかのように歩き出し、自然に、当たり前のように――シシリアの隣に並んだ。
距離が近い。
歩幅を合わせている。
言葉を交わす声が、楽しそうだ。
理由は分からない。
ただ、視界に入るだけで苛立つ。
アーシェルは、知らず知らずのうちに舌打ちをしていた。
それでも、応用魔法棟の再建に魔力を流すシシリアを見て、心の黒い部分が少し流された気がした。
一瞬にして砂塵になり、まるで地面から浮き出るように練り上げられる学科棟の姿は、その一端をシシリアが担っているのだと思うと大層感慨深いものがあった。
応用魔法棟で行う講義にも、今度参加してみてもいいかもしれない。
「みなさん、これから魔法陣を展開します! 多重立体構造で一気に作っていくので、あちこちでこんがらがらないように、フォローをお願いしまーす」
シシリアの声の後に、光り輝く大小の魔法陣が、無数に展開された。
それは、天の光が降り注ぐように――あるいは小さな世界が創造されるように、神秘的で夢のような光景だった。
光。
制御。
完成度。
白金の髪が揺れ、魔力が冠のように彼女を縁取る。
「……こ……れは……っ」
喉が震えた。
中心に立つシシリアが、その輝きによってかき消えてしまっても、その姿はアーシェルの脳裏に焼き付いて離れない。
誇らしくて、胸が熱くなって、この人は俺の好きな人だと、気付かされた――
魔法陣の光が弾け、キラキラとした光の残像の中にシシリアを見つけた。
院生を守る結界が、心底邪魔に思えた。その時――
ユリアスが、シシリアに近づいた。
迷いなく。
当然のように。
両手を取って。
「――きれいだ」
その一言で、アーシェルの何かが弾けた。
胃の奥が焼ける。
視界が赤く滲む。
「……っ」
口の中に、鉄の味。
噛みしめすぎた歯茎から、血が滲んでいた。
(……殺す)
思考は、ひどく冷静だった。
視線は、刃物のようにユリアスを射抜いていた。
笑っているシシリアを見るたびに、胸が引き裂かれる。
(俺のだ――触るな……)
その感情に、名前をつける気はなかった。
*
「はは……これは、なかなか」
カディルは楽しそうに目を細めていた。
魔法。
人間関係。
感情の動き。
どれを取っても、退屈しない。
(でも、一番面白いのは――)
視線は、自然とシシリアに向く。
魔法の完成度もさることながら、周囲の反応が、いちいち極端だ。
「今度は王太子がべったり、ロウゲン公爵子息は殺気……っと」
くつくつと笑いそうになるのを堪える。
「あっちに行けたら、絶対楽しいのになぁ」
だが、結界。
権限。
立場。
「うーん……どうやったら、自然に混ざれるかな」
悪意はない。
ただ、好奇心がうずいているだけだ。
(ま、そのうち何か起きるでしょ。それまで、観察)
砂漠の王子は、愉快そうに腕を組んだ。
*
(……おかしい)
エリスの胸の奥では、警鐘が鳴り続けている。
ユリアス。
ニナ。
アーシェル。
カディル。
全員が、シシリアを中心に動いている。
(こんなはずじゃ……)
本来なら、イベントが起きて、自分が関わって、ルートが進むはずだった。研究棟の事故は起こらず、ユリアスとのイベントで自分と距離が近づくはず。そこにアーシェルが嫉妬して、レオンが守ってくれる。カディルは外堀を埋めようと画策する……はずだった。
なのに、事故が起こった。
(……この人が、原因?)
才能があって。
周囲を惹きつけて。
すべてを狂わせている存在。
(元凶なら……止めなきゃ)
拳を握る。
正義感が、歪んだ形で燃え上がる。
(放っておいたら、もっと酷いことになる……)
その決意は、まだ独りよがりだった。
*
レオンは、他の院生より背が高い。
だから、大勢の中にいると、他の人よりもよく周りが見渡せた。
いつも、その利点を活かして誰よりも早い危険探知を心がけていた。
魔導院再建の日、レオンはエリスと一緒に、自分の所属する応用魔法棟の見学に来ていた。
魔導院の講師たちは一流だ。
魔法騎士を目指す自分にとって、彼らの魔法を見ることは、後の糧になるだろう、と。
もちろん、その目的は達せられた。
しかし、もっとヤバいものを見た。
応用魔法棟の前では、空気が張り詰めている。
感情が、ぶつかり合っている。
特に――ロウゲン公爵子息。
気づいているのは、周囲の数人の院生、そしていく人かの講師。
(あれ、危ない目だ)
エリスの隣で、そっと立ち位置をずらして間に入る。
「エリス、大丈夫か?」
「……うん」
エリスの視線も、一人の女性講師から離れない。
(……エリスも、おかしい)
ほとんどの人の視線が講師陣に向かう中、ロウゲン公爵子息、カディル・アルナルス殿下、エリスの視線が異質だった。
この場は静かで、静かすぎて――危険だった。




