魔導院を再建しよう!
爆発事故から五日間、研究棟事故の被害状況確認のため、魔導院は一時閉鎖された。
魔導院の関係者にとって、長いようで短い、しかし誰にとっても落ち着かない五日間だった。
魔導院は王都を出て馬車で30分ほどの場所にあり、門前には院生と職員のための小さな町が広がっている。小さいと言っても、魔導院の院生と、講師やその他職員を含めて1000人を支えるために、その辺の町よりもはるかに賑わいがあり、店や施設などで働く人も多い。
爆発事故が起きたのは、魔導院の最も奥にある研究棟だったため、町にはほとんど被害はなかった。それでも不安は広がり、一時は魔導院に町の人が押しよせてくるほどだった。
魔導院による説明のもと落ち着きを取り戻した町は、閉鎖された魔導院の人たちを受け入れるべく、役割を発揮した。町に家を借りている院生や、そこに住む職員はそのまま帰ればよかったが、魔導院の寮に住む院生100人ほどの住まいを準備しなければならない。
もともと、この町は魔導院のためにある場所なので、空いている部屋や家屋は魔導院が把握している。その他物資の提供に至るまで、魔導院の対応は迅速だった。
後に、この事故による魔導院職員による迅速な救助活動や、その後の被災者への支援は、見習われるべきものとして王国のシステムに取り入れられることになる。
魔導院の閉鎖が明けたこの日、夏の空は高く晴れ渡っていた。
「私たちの魔導院を、力一杯再建するわよーっ!!」
「「「おーっ!!」」」
威厳の欠片もない、たいそう楽しそうな魔導技術科長の号令と共に、魔導院全講師陣による魔導院再建が始まった。
講師たちは五日間、何もしていなかったわけではない。
研究の場を奪われてモヤモヤとしていた彼らは、その全力を魔導院再建のために振り切った。
壊れた建物の瓦礫とその他の物を仕分ける魔法は? 棟内にある物を一度に棟外に出すには? いや、学科棟の再建と一緒にできないか? いっそのこと、全ての建物を作り直してしまおうか――?
研究を奪われた講師たちは、張り切った。
目を輝かせて魔道具について語り合う者、再建計画を聞いた瞬間から魔法陣を書き殴っている者、何やら怪しげな試作品を組み立て始める者までいた。寝不足など、何の障害になるだろうか。
魔導院長との戦いの末に勝ち取った学科棟再建の権利(本塔の許可は降りなかった)を、今こそ行使する場面だ、と一致団結するのだった。
「各班、配置を確認っ!」
魔導技術科長の声が、伝声魔具を通して各学科棟に響く。
「魔導理論棟、よしっ!」
「魔法薬学棟、配置完了!」
「応用魔法棟、いつでもいけます!」
「魔導技術棟も、爆発してませーん!」
最後の応答に、各学科棟の周りで見学していた院生たちがざわついたが、講師陣は平常運転――いや、全員ご機嫌だ。
全体指揮をとっている魔導技術科長も、最後の応答を何事もなく受け止めて続けた。
「よしっ! それじゃあ、皆! 楽し……じゃない? 張り切っ……え、でもない? 思いきっ……ちゃダメ? じゃあー……全力で行くよーっ!」
「「「おーっ!」」」
講師陣は、一致団結していた。
(((それ、変わらないやつーっ!!)))
院生たちの心の叫びも、一致していた。
*
魔導院の各学科棟と、本塔裏の大庭園には、かつてない規模の魔法陣が展開された。
地面からゆっくりと空へと浮かび上がるのは、幾何学と紋章、そして無数の補助線。
それは単なる建築魔法ではない。
魔導技術科の魔道具群が魔力を増幅・分配し、
魔導理論科が構造と負荷を数式で固定し、
魔法薬学科が魔力の流れを薬液のように調整し、
応用魔法科がそれらを力業で現実に叩きつける。
――四学科が噛み合って、初めて成立する奇跡。
「一気にいくよー! 微調整は後回しで!!」
「微調整必須! 学科棟を砂礫にする気かー!?」
「砂礫どころか、跡形もなくなるかもー?」
「勢いつけないと、魔法陣持ち上がらないだろうよっ」
「じゃあ、新たな魔法陣で押し上げますかー? 多重構造任せてくださーい」
「複雑怪奇なことしちゃダメっ!」
「――あいたっ!」
「怪我したら治すから、安心してねっ!」
伝声魔具により、講師陣の声がダダ漏れである。
不安が募る院生たちをよそに、魔法陣は完成する。
――空間が、震えた。
光が走り、魔力が奔流となって形を持ち、まるで巨大な三次元魔法陣が“出力”されるように建物が一瞬で崩れて、砂となり――舞った。
かと思うと、砂が一気に集まり、地面から空へと形を成し、瓦礫など最初から存在しなかったかのように、学科棟がまったく新しい姿で現れた。
「……っ、すご……」
「これ、歴史に残るやつだよね……?」
見学スペースの院生たちが息を呑む。
今回、学科棟の構造はすべて各学科が決めた。
今まで無個性だった棟は、それぞれの学科の“性格”を露骨に反映している。
「――学科棟再建完了! 各棟の防御機構の構築に移る! ここからは各班長の指示に従うように!」
「「「はーいっ!」」」
講師陣は、まだまだやる気たっぷりだった。
*
「はい! 注もーくっ!」
魔導理論科講師の女性が、応用魔法棟の前に集まった講師たちを見る。
「これから、応用魔法棟の防護機構その他の魔法を構築していきまーす! みなさん、予習はしてきましたかー?」
「「「はーいっ!」」」
妙に素直な返事が、講師たちの好奇心が絶えていないことを物語っている。シシリアなどは、右手を高く上げ、実に楽しそうだ。
「よろしい。それでは、計画通り進めます! 各人、配置についたら順次作業を始めてください。ただし、楽しみすぎて報告するのを忘れないようにっ!」
「「「はーいっ!」」」
「では、作業開始!」
講師たちが、各々の持ち場に散っていった。
シシリアは、ニナや他の講師数人と、学科棟横練習場の結界魔法及び修復魔法の構築担当だ。どんな魔法にも壊れず、どんな音も通さず、熱も水も微風も、音さえも通さない結界。破損すれば修復する永久の魔法が必要だ。
軽い足取りで移動する講師陣の中に、ユリアスが混ざっていた。
本来ならば、ユリアスも他の院生と同じく見学スペースいいるはずだ。
だが――
「殿下、こちらは危険かもしれません。見学スペースに……」
「そうだな」
止めに入った魔導院の事務員に、ユリアスは殊更に真面目な顔で頷いた。
「だが、今回の再建は、王国の知識の中枢たる魔導院の根幹に関わる。机上の報告ではなく、現場で“講師諸君と同じ視点”をもって報告するのが必要だ」
ユリアスはチラリ、と見学スペースを見やって口の端を少し上げ、すぐに視線を応用魔法棟に戻す。
「よって、私は講師陣の近くで確認することにする」
そう言いながら、しれっとシシリアの横に立ち、今に至るのだった。
応用魔法棟の訓練場についた講師陣とユリアスは、さっそく作業に取り掛かる。
楽しそうに目を輝かせるシシリアが、訓練場の中心に立った。
「……本当に、生き生きしてるな」
シシリアのこの表情をずっと見ていたい、と思っている自分に、これもう重症だな、とユリアスは苦笑した。
小さな家ほどの距離を置いて、講師たちがシシリアの方向を向いて取り囲む。
ユリアスは、その講師たちのさらに外側からシシリアを見つめる。
「訓練場チーム、配置につきました! これより結界魔法と永久修復魔法の構築を改修します!」
チームリーダーが、班長に伝声魔具で報告する。魔具からは「よろしくー」と気の抜けた返答が返ってきた。
よし!とシシリアが気合を入れ直した。
「みなさん、これから魔法陣を展開します! 多重立体構造で一気に作っていくので、あちこちでこんがらがらないように、フォローをお願いしまーす」
「「「まかせろー」」」
このやりとりに、講師たちはどいつもこいつも同類だな、と顔を引き攣らせたのは、ユリアス含めた院生だった。
シシリアが、魔力を編んで魔法陣を作り始めた。
まずシシリアの足元に、訓練場を飲み込むほどの魔法陣、その上に三重に別の魔法陣を展開する。さらにいくつもの魔法陣が一気に現れ、訓練場を取り囲む。その中には、二重三重に魔法陣が――いったい一人で幾つの魔法陣を展開しているのか。そして、それを幾何学模様の魔力で安定させている講師たちの魔法も――中にいるユリアスも、外で見ている院生たちにも、理解するのは不可能だった。
数えきれないほどの魔法陣と魔力の繋ぎが、それぞれに明滅する。その光は心地よいほど柔らかく、暖かかった。
光は次第に強くなり、全ての魔法陣が一際強く輝きを放ったかと思うと、訓練場の中心に向かって一気に収束し――弾けた。
そこには、魔法陣展開前と同じ光景と、静寂。
その静寂を破ったのは、訓練場の中心に立った、白金の髪の講師だった。
「はーい、成功です! 発動条件は“何だか大変なとき”! これで、中で火山が爆発しても、外から星が落ちてきても、ここはヒビ一つはいりませーん!」
「屋外訓練場が、もはやシェルターレベル……」
「訓練って、何でしたっけ?」
「むしろ最後の砦感……」
「待って? 発動条件テキトーじゃない?」
院生の言葉に、シシリアが首をこてりと傾けた。
「訓練場って、みんなが暴れていい場所よね?」
腕を組んで考え込むシシリアに、関わった講師陣が次々と答える。
「訓練で壊れないなら、本番でも壊れません。理論的に正しいです」
「壊れる前提で作るから壊れるんだ。最初から壊れなければいい」
「そもそも、壊れたら面白くないじゃない?」
「魔導院とは、そういうところだ」
(((この人たち、基準がおかしい)))
見学の院生が一斉にドン引きしているところで、ユリアスがシシリアに近づいた。
魔法陣の中にいたユリアスは、外の院生たちよりも鮮明に、シシリアが魔法陣を展開するのを見ていた。
白金の髪が魔法陣の光を反射して魔力に揺れ、ライラックの瞳には美しいまでに輝く金冠が現れる。シシリア自身が金色の魔力に包まれ、ユリアスは夢を見ているかのような心地に包まれていた。
魔法陣の光が弾けても、ユリアスの目にはその光景が残像のように残っていて、動くことも話すこともできなかった。
周りの会話でようやく現実に引き戻され、ユリアスははっと息を吸った。
――動かなければ。
そう思った瞬間には、もう身体が動いていた。
ユリアスはシシリアに駆け寄り、思わず彼女の両手をとる。
「――美しかった……理論も、制御も、発想も……シシリア、君は本当に……」
言いながらシシリアのライラックの瞳を覗き込んだ。
ユリアスはこの瞬間、己が王太子である自覚が完全に抜け落ちていた。
彼を見返す瞳には、うっすらと金冠が浮かんでいる。
――ああ、この人は、なんて……
「――きれいだ……」




