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ストーリーと違う

 エリスたちが本塔前に着いた時、他の学科から避難してきた院生は本塔1階のフロアに入り、講師たちが怪我人のトリアージをし、魔法薬学科の講師たちは、怪我人に魔法薬を配布していた。

 もともと治療魔法が使える者は少ない。その多くが応用魔法科に所属しているため、エリスを含めて講師たちはすぐに治療に当たることになった。レオンは、治療魔法が使えないので、外で講師の手伝いだ。

「パンデールさん、こっちもお願いします!」

 エリスは、呼ばれるままに治療をして回っていた。

「わかりました!」

 エリスは駆け寄りながら、自分の胸の中のざわめきを押し殺そうとする。

 本来なら研究棟の事故なんて起きない。

 ゲームの流れなら、あれは魔法薬学科の平民の女性講師が止めるはず。

 どういう流れだったか……エリスは記憶を辿る。

 面白いことを観察するのが好きな彼女が、暇だったことから興味本位で研究棟に行くのだったか。そこで偶然にも事故の原因を排除してしまうとか、どうとか。それが元で黒幕?に目をつけられて、王太子であるユリアスに相談して、仲の良かったエリス――自分が巻き込まれる形でユリアスとの関係が縮まる。確か、そういう流れだったはずだ。

 それなのに、研究棟の事故は起こった。

 女性講師の行動に、自分は関係していないはず。では、なぜ事故は防がれなかったのか。

「――パンデールさん?」

 エリスは、ハッとして目を上げた。

 怪我が治った女性の院生が、不思議そうな顔でエリスをめている。

「大丈夫ですか? 疲れてますよね」

 エリスは、慌てて笑顔を作った。考えに夢中になって、手が止まっていたらしい。

「あ、大丈夫です! ごめんなさい、もう痛くありませんか?」

「はい、ありがとうございます!」

 女性はペコリと頭を下げ、次の院生に場所を譲る。

 エリスは、頭を一振りして、災害即応隊が来るまで怪我人の治療を続けた。


 *

 

 災害即応隊が建てた天幕の中には、不安な顔の院生、励ます事務員など、たくさんの人がいた。その天幕の片隅で一休みしながら、エリスはぽつりとつぶやいた。


「――ストーリーと違う」


 研究棟事故を止めるはずの女性講師が、事故を止めなかった。そのせいでこの惨状。そして、ユリウスのストーリーも進まない。そもそも、ユリウスが自分から離れていく。

 

 ――シシリア・ミラ・リュミエラ


 エリスは息を呑む。ユリアスが最近よく訪ねるという、魔法薬学科の講師。研究棟事故を止める女性講師も、魔法薬学科だ。その女性講師が「シシリア」? いや、その講師は平民だ。「シシリア・ミラ・リュミエラ」は、明らかに貴族の名前だ。学科が同じ講師。何か関係があるのだろうか。

 そういえば、「シシリア」の近くには、いつもアーシェルが側にいるという話を聞いた。

 名前だけが一人歩きして、エリスの中で形を持たない不安になって積もっていた。

 その時、ひどく落ち着いた声がした。

「エリス、ちょっと失礼」

 額にコツンと硬い感覚。

 下にあった視線を上にすると、小さな水筒をたくさん持ったカディルの顔があった。彼の右手は、水筒を一つ持ってエリスの目の前に差し出されている。

 いつもは好奇心でいっぱいの黒い瞳は、今は場に似つかわしくないほど穏やかだ。

「はい、ちょっと飲んでね。ずっと治療を頑張っていたんでしょう? エリスも体調崩しちゃうよ?」

「あ……ありがとう」

 エリスは、素直に水筒を受け取り一口飲んだ。

 口の中に、甘くまろやかな何かが広がり、驚いてカディルを見る。

「え、これ、何? 水じゃないの? 果実水か何か?」

 エリスの隣に座ったカディルは、楽しそうに笑った。

「いやいや、水だよ。正真正銘、ただの水。よっぽど疲れていたんだね。お疲れ様」

 目を丸くして驚き、もう一口飲んでみると、本当にただの水だった。

「――でも、美味しい」

 エリスは、少しだけ頭のモヤモヤが薄れた気がして、ほっと息をついた。耳にも周りの喧騒が戻ってくる。

 エリスがお礼を言うと、カディルは「どういたしまして」と優しく微笑んだ。

 いつもは好奇心に溢れ、子供っぽい表情をしていることが多いカディルも、こんな表情ができるのだな、と見惚れていると、彼の瞳に好奇心の光が戻ってきた。

「――それで、エリス。“ストーリー”って何?」

 カディルの不意打ちに、エリスは口に含んでいた水を吹き出しそうになって、必死で尊厳を死守した。

「あれー? 大丈夫?」

 うずくまるエリスの背中を、カディルが優しくさすった。

「……だ……っ! 大丈夫……ありがとう」

 もう一度「どういたしまして」と言ったカディルは、にこやかに続けた。

「エリス、また面白そ……悩み事でもあるのかい? 俺でよかったら相談に乗るよ」

 やっぱり、なんか思ってた「カディル」と違うんだよな、とエリスは思う。

 ゲームの「カディル」は、好奇心旺盛ではあるが、その好奇心がきっかけで「エリス」と出会い、様々なエピソード経て好奇心から好意に変わるキャラクターだった。しかし、目の前の「カディル」は、魔法が失敗するエピソードやら小鳥を助けようとして川に落ちるエピソードやら、色々クリアしてきたのに一向に好意に変わる気配がない。

 内心で首を傾げながら、エリスはなんとか笑顔を作った。

「ううん、大丈夫。魔力をたくさん使ったから、疲れちゃったみたい」

「そう? もし何かあったら、言ってね?」

 エリスが本日三度目のありがとうを言うと、カディルは別の話を切り出した。

「――ところで、エリスって“リュミエラ先生”のこと、何か知ってる?」

「――え……?」

 また、“シシリア・ミラ・リュミエラ”?

「さっき、魔法薬学科の院生に聞いてさ。俺たちとそう歳は変わらないのに、かっこよかったって」

「そ……そうなの?」

「割れた窓ガラスから院生を守って、冷静に対応してたって。すごいね」

「そう……」

「この前、彼女と話した時は――」

「話したの!?」

「話したよ? その時は、興味に振り切った貴族のお嬢さんっていう感じだったけど、いろんな顔がありそうだね。エリス、彼女と話したことはある?」

「……ない、わ」

 エリスは、なんとか声を絞り出した。

「そっかー。まあ、学科も違うし、エリスも魔法薬学取ってないもんね」

 エリスの顔色が悪いのに気づいたのか気づいていないのか、カディルはあっさりと言った。

「変なこと聞いてごめんね。――じゃあ、ゆっくり休むんだよ」

 そう言って、カディルは他の人のところへ行き、水筒を配った。


 エリスの胸がざわつく。

 ユリアス、アーシェル、そしてあの異国の王子まで。

 

(なんで……“シシリア”ばかり……? もしかして……)


 エリスのモヤモヤは、どんどん膨れ上がっていった。

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