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本塔のユリアス

 本塔の手前は、すでに負傷者で溢れかえっていた。治療魔法の使える講師や院生が、倒れこんだ者たちを次々と治療している。

 ユリアスは息を整えながら、応用魔法科長と共に本塔の階段を駆け上がり、会議堂を目指した。

 ユリアスが会議堂に足を踏み入れると、そこには「災害対策本部」が設置され、簡易の地図や被害推定図が展開魔法で浮かび上がっていた。魔導灯の青白い光が、集まった大人たちの顔を硬く照らす。

 入ってきたユリアスに目を止めた魔導院の院長が、駆け寄ろうと身体を動かした。

「殿下、お怪我はございませんか」

 それを手で制して、ユリアスは軽く首を振った。

「後回しで構いません。今はこの事態の収束を」

 そう言って、会議堂に揃った面々を見た。

 そこには、院長はもちろん、魔導技術科長、ルーファスをはじめとした理事たち、そして、王国軍災害即応部隊隊長らも揃っている。

 彼らは一斉に、王太子であるユリアスを見た。

「殿下、こちらに。現在状況の確認をしております」

 即応部隊隊長が恭しく道を開ける。


(今は学院の“院生”だ。慎重に対応しなければ……)


 重苦しい責任と、それに合わない立場。

 政治の計算が入り混じる視線。

 一度立場を誤れば、学院も、王国も混乱しかねない。

 考えを巡らせながら、ユリアスは席についた。

 学院長が資料を差し出す。

「殿下のご意見を伺えればと。魔導院の安全基準の見直しに、王族の……」

「学院長、状況の把握を優先しましょう」

 ユリアスは丁寧に言葉を整えつつ、政治の場へ引きずり込もうとする手をそっと外す。

 しかし、理事のひとりが言った。

「今回の事件、王宮への報告は急務ですぞ。学院としても、殿下に表立ってもらい――」

 ユリアスは奥歯を噛んだ。

 シシリアたちが、まだ危険の中にいるかもしれない。一刻も早く事態を収束させ、無事を確認したいのに話が進まないことが、ユリアスを苛立たせる。

 それを表に出さないよう気をつけながら、理事の話を遮った。

「私は魔導院の院生です。院生の代表として、皆様にお願いします」

 ユリアスは一度言葉を切って、この場に集まった者たちをまっすぐに見た。

「多くの仲間が苦しんでいます。いち早く事態が収束し、一人も欠けることなく、またこの魔導院で学べるよう、皆様のお力添えをお願いします」

 広間の空気が、ユリアスの言葉にわずかに揺らいだ。

 政治の皮算用よりも、彼が“院生としての願い”を口にしたことで、場の重心がわずかに変わる。

 沈黙を破ったのは、ルーファスだった。

「――殿下の言われた通りだ」

 静かだが、通る声だった。

 ルーファスは資料を手元で軽く整え、理事たちを鋭く見渡す。

「今この場で優先すべきは、責任の押し付け合いでも、政治的解釈でもない。現場は危険区域となっている。研究棟内部の状況、院生の安否、結界の維持状況、二次爆発の可能性──情報がなければ、何ひとつ動けない」

 ルーファスがそう明確に線引きをしたことで、理事たちは押し黙った。

 学院長が深くうなずいて、場の流れを戻す。

「……ではまず、情報の統合を行う。災害即応部隊隊長、研究棟に行った部隊からの報告はいかがですか」

 隊長は即座に魔導板で魔導院の敷地内地図を映し出した。

「研究棟の崩落は、未だ続いているようです。内部の魔力は混濁し、爆発も断続的に続いています。先に駆けつけた魔導院講師たちのおかげで、周囲への被害拡大は抑えられているそうです。ただ……」

 魔導板上で、研究棟の西にある応用魔法棟が赤く、東にある魔導理論棟が黄色く点滅する。

「この二棟は、最初の爆発により甚大な被害を受けています。特に、応用魔法棟は半壊しています」

 応用魔法科長が、これに反応した。

「我が棟は確かに半壊していますが、院生は避難済みです。現在、他の講師が院生の確認をしています」

 院長が、さらに続ける。

「魔導理論科長からも、棟内の院生は避難済みと報告を受けています。他の学科も同様です」

 魔導技術科長が頷いた。

「当科の講師が寮の確認をしております。時期に報告が来るでしょう」

「研究棟の人的被害の方は分かりますか」

 院長の確認に、隊長は先ほどの魔導板で研究棟を拡大した。

 研究棟の出入り口5ヶ所中3ヶ所で、ばつ印が赤く点滅している。

「部隊が到着した時点で、研究棟は倒壊寸前でした。出入り口は2ヶ所、そこから救援隊が入りましたが、倒壊が始まったため引き返しています。こちらも、魔導院講師たちが先に数名救出しているとのことです。これ以上の救出活動は、現状では難しいでしょう」

 学院長は眉間を押さえ、深く息を吐いた。

「……魔導院としては、院生と研究員の安全を最優先する。研究棟の制圧は、災害即応部隊にお任せする形で進めましょう」

 理事の一人が控えめに手を挙げる。

「では、原因究明は?」

「後回しだ」

 ルーファスが、鋭く言い切った。

「原因を議論しても、瓦礫は片付かない。いま必要なのは、人命と魔導院の安定だ」

 その一言は、あまりの明快さに理事たちを黙らせた。

 院長はユリアスの方へ視線を向ける。

「殿下。王宮へは、まず“現状のみ”を報告する形でよろしいでしょうか。憶測を送れば、混乱を招きます」

 ユリアスはわずかな間考え、しっかりとうなずいた。

「——それで構いません。王宮には、現場の判断を尊重するよう伝えます」

 研究棟は、魔導院の中にありながら、王国魔導庁が共同運営する共同研究センターである。この爆発に、何かの力が関わっている可能性はある。

 それに、そろをろ王国魔導庁が出てきそうだ。彼らが出てきたら、院生のことは二の次になるだろう。そう考えて、ユリアスは現場を優先するよう根回しをしたかった。

 その姿勢に、学院長はほんの一瞬だけ目を細めた。

「……では、次に。今後の方針を明確にしましょう」

 ルーファスが手元の魔導紙を軽く叩いて項目を浮かばせる。


 《今後の方針案》

 1.研究棟の制圧と魔力混濁域の安定化

 2.院生の避難場所の確保と負傷者の治療拠点の設置

 3.研究棟周辺の封鎖と、学院敷地内の安全確保

 4.王宮への速報(事実のみ)


「まずはこの四点で全員の合意を取りたい」

 ルーファスはそう言い、各人に視線を向けた。

 誰も反対しない。

 むしろ、ようやくこの災害対策本部が“機能し始めた”空気が広間に満ちる。

「では、動きましょう」

 学院長が宣言する。

 ユリアスはその言葉に、重い胸の内で静かに息を吐いた。

 

(……シシリア。どうか無事でいてくれ)


 願いは胸の奥に押し込み、王太子としてすべきことだけを見据えて、彼は席を立った。

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