爆心地
シリアス回が続きます
研究棟へと続く石畳は、ところどころ隆起し、焦げ跡を残していた。
あの衝撃から、既に三十分が経過している。
近づくほどに、焼けつくような熱気と、金属の焦げる臭いが鼻を刺す。
今日の朝まで、学院で最も静かな場所だったはずの研究棟は、いまや、黒煙を噴き上げる巨大な火柱と化していた。
「……ひどい」
シシリアは思わず息を呑む。
建物の半分以上が吹き飛び、残った壁も黒く煤け、至るところで青白い爆炎が脈打つように揺れている。
まるで内部で魔力が暴走し続けているかのように、時折、深い地響きと閃光が走った。
「爆発、まだ続いてる……! なんてこと……」
ニナが奥歯を噛む。
その瞳の奥には、混乱とは異なる鋭い光が秘められていた。
研究棟の正面には、二十余名の講師が集結した。指揮を取るのは副学院長だ。
「魔導理論科は炎を抑え込め! 魔導技術科は研究棟を障壁で囲め! 軍が来るまで被害を拡大させるな!」
「「「了解!」」」
半数の講師が一斉に散ってく。
「魔法薬学科と応用魔法科は、四人一組で建物内の制圧と人命救助だ!」
「「「了解ッ!」」」
残りの半数も、すぐに呼応する。魔法薬学科、応用魔法科が二人ずつ、三つのチームが、走りながら自然に出来上がった。魔法薬学科は防御、応用魔法科は治療担当だ。
救護班が研究棟に走り出した時、水流の奔流が頭上を走り、建物の外壁へ叩きつけられた。
雷鎖の魔法が、瓦礫と梁を持ち上げ、崩落を食い止める。
そして複数の巨大な防護障壁が重なり、内部で起こり続ける爆発の余波を受け止めた。
講師たちは研究バカ揃いだが――実力は王国随一。
日頃は自分の研究にしか興味がない彼らだが、その研究場所の危機となれば、実力は遺憾無く発揮される。
「一人でも多くを救え! 行くぞ!」
魔法薬学科長が音を置き去りにする速度で突入し、講師陣が続いた。
シシリアとニナ、アーシェルは、応用魔法科講師二人と共に、崩れかけた研究棟の廊下を早足で進む。
「――誰かいますか!?」
「助けに来ました! 音を立ててくださいっ!」
五人は声を上げながら、一つ一つの部屋を確認していった。
時折り爆発音が鳴り響き、時には上かも横からも木材や石材が降ってくる。シシリアは防護障壁を五人の周囲に張り巡らせ、ニナが探索魔法を展開する。
内部は外観以上に酷い。
通路は至るところで崩れ、足元の床石は高熱で溶け、魔導灯は破裂して散乱している。
そのたびに青白い魔力がパチパチと火花を散らしていた。
「――助けて……誰か……っ!」
研究室の奥から、男性の悲鳴が聞こえた。
「今行きます! 頑張ってください!」
シシリアが、研究室の奥へ声をかけるが、その研究室の手前は天井が大きく落ちていた。床には棚や器具の他にも大きな瓦礫が散乱し、奥が見えないほどになっている。
この中から男性の要救助者を助け出せるだろうか。
「私が行って、彼を自力で動ける程度に回復してこよう。もしものために、一人つけてくれ」
応用魔法科講師の一人、アムスが提案した。
「俺が行きます」
名乗りを上げたのは、アーシェルだった。
「この瓦礫の中で何かあったら、力のない女性では対応できないかもしれませんから」
――ドン……ッ!
アーシェルが言い終えないうちに、遠くで爆発音がした。
振動が響いて床が小刻みにゆれる。
パキッパキッという音を聞いたシシリアが、天井を見上げると、研究室の天井の梁が斜めに沈み込み、破片がじわりと軋んでいた。梁がゆっくりと降りてくる。
シシリアは、咄嗟に頭上に防護障壁を張った。
障壁が天井に到達した瞬間、ぱきり、と梁が障壁に重みを預けた。
他の四人がシシリアの行動に気づき、視線を天井に向けた。
「エル、崩れるわ! 早く行って……っ!」
横でニナも防護障壁を展開する。
「ロウゲン! アムス先生のフォローを! ビルロウ先生! 守りの風を!」
「わかりました!」
緩やかな風に守られたアーシェルとアムスは、崩れかけた研究室を奥へ滑り込んだ。
「――た、助けて……っ!」
声の主は、倒れた本棚の下に足を挟まれた若い男性だった。周囲には焦げた薬品瓶や魔力の残滓が散乱し、空気が不安定に揺らいでいる。近くにはもう一人、頭から血を流して倒れている女性がいた。
アムスは、反応がない女性に駆け寄ったため、アーシェルは男性の方へ行き、片膝をついて声をかける。
「大丈夫。今すぐ助ける」
「すみません、彼女繋ぎ止めるのに必死で、魔力が――」
なるほど、女性が命を落とさないよう、魔力を注いで出血を止めていたのだろう。アムスを見ると、男性の方を見ていた。
「こちらは大丈夫です。あなたのおかげです」
男性は、ほっとした表情でうなづいた。
「次は、あなたの番です」
アーシェルは言って、重力操作空間を展開し、男性の足を挟んだ本棚をゆっくりと浮かせた。その間に、アムスが男性を引っ張り出す。それを見届けて、またゆっくりと本棚を床に下ろした。
男性の怪我をアムスが治したとき、シシリアの声がした。
「二人とも、早く! 建物が持たないわ……っ!」
みしり、みしりと、建物が軋む。アーシェルとアムスの周りにあった守りの風が広がり、要救助者の男女も包み込んだ。
アーシェルは、アムスに手伝ってもらって女性を背負い、男性はアムスの支えで移動した。
ようやく研究室を出た、その時――
ゴウッ、と低い音が建物全体に響き渡った。
「――来るッ!! 上っ!!」
ニナが叫ぶ。
アムスは男性を引っ張り、アーシェルは女性を背負ったままシシリアとニナの元に滑り込む。
ビルロウの守りの風が、七人をすっぽり包み込み強く吹く。
シシリアとニナが両手を広げ、防護障壁を全力で展開する。
全てが同時に起こり、同時に、天井の別の部分が軋みを上げて崩れ落ちる。
轟音とともに瓦礫が降りかかる――
破片が跳ね落ちる音が鳴り止んでもなお、建物は細かく震えている。
「だれも怪我をしてませんか!?」
ビルロウの確認に、全員が「大丈夫」と答えた。
「次の崩落が来る!」
ニナが鋭い声で言い、研究室の奥を指差した。
「左の壁に避難通路、まだ生きてる! そこから外へ抜けられる!」
「了解! 移動する!」
風魔法が得意なビルロウを先頭に、男性を支えるアムス、女性を背負うアーシェル、そしてシシリア、ニナの順で通路を進む。シシリアは、防護障壁を展開しては解いてを繰り返し、全員のスピードに合わせて通路を障壁で覆い続けた。シシリアとニナが防護障壁を解いた後方で鳴り響く崩壊音を聞きながら、シシリアは一瞬、研究棟の奥――最初の爆発の中心と思われる方角を見つめた。
そこだけ、魔力が妙に濁っている。
(……これは、ただの事故じゃない)
そう思った彼女の横で、ニナが目を細めた。
「行くわよ、シシリア!」
「……ええっ!」
六枚の光の盾が、重なるように前方に展開しては後方で消える。まるで七人と共に移動しているかのようだ。
続けて、瓦礫の下敷きになった女性を見つけ、ニナが瓦礫を吹き飛ばす。
ビルロウが応急処置をしてアムスが背負う。男性はニナが支えて移動する。
ようやく外に出たシシリアが振り向くと、研究棟はほとんど原型を留めていなかった。
駆けつけた魔導災害庁の人員も協力して炎を食い止めているが、新たに起こる爆発に終わりが見えない。
先ほどシシリアたちが出てきた通路も、すでに潰れている。
中に入った三つのチームのうち、一つは先に出ていたようで、怪我人を王国軍の災害即応部隊に託していた。
シシリアたちのチームも怪我人を任せ、副学院長の元に報告に行く。
壁を破って脱出した最後のチーム――魔法薬学科長のチームも、数人の救助者を抱えていた。
この日、研究棟にいたのは三十二名、そのうち助け出されたのは、十名だけだった。




