火に油を注いでしまった者
別サイトに二次創作として投稿した作品を加筆・修正してオリジナルとして投稿します。様々な作品の場面や出来事をごった煮にした作品です。“火に油を注ぐ”と“毒を以て毒を制す”が主題です。加害者家族への差別を容認する意図はありません。
此処に1人の少年がいる。
彼の名前は『矢嶋啓治』。明智市内に存在している私立の一貫校『明智学園』の高等部に通っている普通の男子高校生である。特技は柔道。唐突だが、矢嶋には前世の記憶がある。記憶があると言っても自分の中に人間一人分の記録があるという感じで自意識は彼自身の物であり、前世の自分の経験や彼が楽しんでいた娯楽の経験をTVを観ている様に思い出す事が出来る位である。
そんな矢嶋がそれなりに日々を過ごしていた時、小学5年生の時にクラスの中で虐めが起こったのだった。ガキ大将のステレオタイプみたいな身体の大きいデブを始めとした馬鹿餓鬼が小柄で大人しい男子児童『岩城陽介』を弄っているのを咎めた女子児童『桐嶋楓子』を虐め出したのである。虐めの矛先が桐嶋へと移った事でガキ大将に肩を抱かれている岩城はすまなそうな顔をするだけで大人しく見ている。矢嶋はそんな岩城の顔を見ながら内心で強い怒りが湧き上がって来るのを感じていた。岩城を初めて見た時...“見覚えがある顔だな”という感想を抱くと同時に自分の中の前世の自分が騒いでいるのを感じたのである。それから、ネットで調べて見たら前世の自分が愛読していた小説及びコミカライズされた漫画の中で起こった事件がこの世界で起こったのを知ったのである。
「此処......“忠犬転生”の世界じゃん!」
それは飼い主である女性を眼前で蹂躙された挙句に殺害された柴犬が悪魔との契約で異世界に魔獣として転生して、主人公の死後に飼い主の婚約者から復讐を受けて死亡した犯人達や現地住人達と戦いながら魔獣と成長して行くという異世界転生物のダークファンタジーである。『岩城陽介』という少年はエピローグに登場する人物の1人であり、奴は主人公の飼い主を輪姦して彼女の婚約者に行為を写した写真と引き換えに示談に持ち込んだ外道共の一員であると同時に主犯格でもある男の甥である。岩城自身は伯父本人と面識は無いが、魔獣と化した主人公に同じ臭いがするという理由で家族共々に虐殺されており、その姿がエピローグの冒頭に描かれている。この作品は人外が人外の魔獣へと転生した事の弊害も描写されており、岩城一家はその犠牲者として登場したのである。小柄で大人しそうな少年で前世の自分は嫌いなタイプという事で殺されても小気味良さすら感じたみたいである。
「あいつには近付かない様にしよ...」
矢嶋自身も特に岩城に魅力なんて感じなかった上に主人公や飼い主と婚約者に対する同情の方が大きかった......そして、小さな嫌悪感や悪い印象という物は些細なきっかけで倍増するのが人間なのである。矢嶋の中で前世の自分=後悔だらけで亡くなった中年男性が騒いでいるのを感じたのだ......“戦え!自分の様な後悔をするな!!”や“長く生きるだけが人生じゃない!人生は行動だ!!”と幼い少年の心を後押しをしているのである。
「止めろぉ!てめぇらぁ!!」
「何だよ?お前も虐められてぇのか?」
「てめぇらが岩城の伯父と同類になるのは勝手だが!俺を巻き込むんじゃねぇ!!」
「はぁ!?何を言っているんだ!?」
「僕の...伯父さん?」
「何だ!何だ!?」
「いいか!岩城の伯父はなぁ!!」
そう言って矢嶋は...この時から12年前に都内H市で起きた集団強姦事件を話し出した。岩城の伯父が手下だった数名のチンピラと一緒に人気歌手の婚約者である女性を彼女が犬の散歩をしている最中に拉致してH市の森の中へと連れ込んで輪姦してその光景を撮影して示談と引き換えに多額の口止め料を請求したという事件である。飼い犬は岩城の伯父に撲殺され、婚約者の女性はPTSDで自殺、それに堪え兼ねた人気歌手を婚約者の仇を討つ為に岩城の伯父を始めとした犯人達を殺害した末に命を絶ったのである。この事件は日本中の震撼させた事件であり、元凶である犯人達を法的に罪に問えなかった事から歌手のファンを始めとした日本国民の怒りを買った事件である。
「まっ...マジかよ?」
「強姦って女の人に無理矢理...エッチな事をするんだよね?」
「あっ...ウィキペディ●に記事がある!」
「YouTub●にも動画があるぞ!」
「これ......本当に岩城くんの伯父さんがやったの?」
「おい!まとめ記事に犯人達の名前や顔写真があるぞ!!」
「岩城勝也?名字だけは一緒だな......」
クラスメイト達が騒めく中で矢嶋は大声で続ける。
「いいか!もしも、桐嶋が自殺とかしたら!俺達も岩城の伯父と同じ“最低の人間”になっちまうんだぞ!!」
「......ビクッ!」
「「「「「......」」」」」
「てめぇら自身が何もしてなくてもなぁ!同じクラスってだけで世界中の奴等から同類だって思われるんだ!!」
「あっ...あぁぁぁあ...!」
「自分達が死んだ後もだ!!」
「「「「「......!」」」」」
クラスメイトの何人かが目を見開いた様な表情となっている。矢嶋は興奮状態...否...狂っていたのかも知れない。矢嶋はガキ大将達へと向き直った。彼らはヒッ!と悲鳴を上げてしまう。どうやら、矢嶋の狂気染みた気迫に負けている様子である。強い立場から集団で弱い者を虐める様な奴等に“無敵の人”と化した狂人を相手にする度胸は無いのだろう。
「俺は嫌だからな!もしも、俺をてめぇらの同類にしてぇなら、俺の事を殺す気で来やがれ!!」
「......(ガクガクブルブル)」
矢嶋は言うだけ言うと......自分のランドセルを背負って教室を出て行ったのだ。この時の矢嶋はこれからの人生を己の意地の為に生きる事を...命を惜しまずに意地と誇りの為に生きる事を決意していたのである。彼は自宅へと帰ると台所から父親が日曜大工で使用している山刀をランドセルに入れたのだった。矢嶋の中で何かが目覚めていた...否...もしかしたら、何かが壊れているのかも知れない。
翌朝、矢嶋が教室へと入ると霧沢は友人らしき男子児童(ガキ大将に唯一逆らっていた奴)と一緒に話しており、岩城は居心地の悪そうな顔で自分の席に座っている。女子の一部はそんな奴をヒソヒソという感じで指差している。ガキ大将達は窓側に固まって話している。ガキ大将は矢嶋の事を何処かビクビクとした感じで様子を伺っている。少し拍子抜けた矢嶋がランドセルを席に置くと1人の男子児童が話しかけて来た。
「矢嶋...先生が昨日の事で話があるって職員室で呼んでるぞ」
「あぁ...」
「なぁ...」
「なんだよ?」
「ありがとう...お前のおかげで最低な奴にならずに済んだよ...俺達」
「そうか...」
職員室へと入った矢嶋を待っていたのは担任教師からのお説教であった。だが、彼は担任がガキ大将達を放置していたのを知っていたので形式的なモノだと解釈して軽く流している。担任が言うには児童達から岩城の伯父の事を聞いた保護者達からの事実確認を求める連絡が止まないらしい......それはそうである。岩城の伯父達が起こした事件は日本中の人間を不愉快にしたと言っても過言ではない出来事である。その縁者が自分達の近くにいると知ったら...大抵の人間は黙っていないだろう。親世代には実質的な被害者である人気歌手のファンも大勢いるだろし......
「虐めを結果的に止めた事はいい事だが......他に方法は無かったのか?」
「子供の僕にそんな器用な事が出来るとでも?」
「......そうだな」
「僕だって知っていても黙っていたんです......アイツが自分を助けてくれた人を見捨てるような奴だって知るまでは」
「そうか」
「で?どうするんですか?」
「校長は保護者会を開くと言っている...其処で岩城さん達の話を聞く予定だ」
「そうですか......言っておきますけど、奴等が嘘を吐いたら僕にだって考えがあります」
「考えすぎだ......こういうのはすぐにバレる」
後日、行われた保護者会で岩城の父親は兄の事をH市で起きた殺人事件の被害者としては認めたのだった。岩城の父親は兄とは奴が高校を卒業した辺りから疎遠である事と殺人事件の被害者として連絡を受けた時に初めて奴等が犯人とその婚約者にした事を知ったのを保護者達へと訴えたのだった。校長はこういうのは誰にも起こり得る事としてフォローをしているが、保護者達からの冷たい視線はそのままであった。
「“犯人”ですって...●●さんをそんな風に言わないでっ!」
「そうよ!悪いのは!あんたの兄でしょうが!!」
「幾ら法で裁かれなかったからって!」
「俺達から●●さんの音楽を奪ったんだ!」
「お前ら家族が確りしていたら!」
「他にも被害者がいた可能性だってある!死んで当然の人間だ!!」
「それに!お前の息子も女の子への虐めに加担していたんだってな!?」
「落ち着いて下さい!皆さん!!」
「そうですよ!岩城さん達は法的には犯罪者の家族ではないんですから!!」
保護者会は騒然となり、お開きとなってしまった。矢嶋は両親から他人を偏見で差別してはいけないという説教と結果的にイジメを止める為に行動した事を褒められたのだった。その後......岩城は虐めこそ受けなかったが、教室、否、学校全体で孤立する事となり、中学に進学しても、それは変わらなかった。特に女子児童は一切近寄らなくなった。それから、矢嶋も教室で浮いてしまう事になったが、岩城と違って話しかければ、普通に対応してくれるので特に問題は無かった。そして、ガキ大将達は自分達を省みる様になったのか、弱い者虐めの類をしなくなった。それが“調子に乗って他人を追い込んだら碌な結末が待っていない”事を直感的に悟ってしまったが故の保身なのかどうかは判らない。ただ......小学校を卒業する時にガキ大将を始めとしたクラスメイトの数人が矢嶋に小さな声でお礼を言った事は確かである。
「この人!痴漢です!」
数年後、満員電車の中で1人の中年男性が隣にいた派手な女子高生に手首を掴まれて叫ばれてしまう。中年男性の名は岩城洋二...岩城の父親であった。岩城の父親は急いで弁解しようと口を開こうした時だった。
「違っ!」
「お姉さん!大丈夫ですか?」
女子高生の近くにいた中学生らしき少年が人込みを掻き分けて現れた。洋二は“何処かで会ったか?”と少年の顔を見ていて思ったが......思い出す事が出来なかった。だが、少年は洋二の顔を見ると怒りと嫌悪に染まっていった。
「お姉さん!すぐ其処の駅で降りましょう!!」
「えっ!?何っ...」
「この男は全国的に有名な性犯罪者の弟です!痴漢をされたのなら逃がしたらいけない!!」
「なぁ!?」
男子中学生の言葉に周囲の人々が騒めき出した。
「そっ...そうなの!?」
「はい!」
「マナ!」
「かっ...カズヤ!このおっさんがあたしのお尻を...この子がおっさんが有名な性犯罪者の弟だって!」
「へっ!?そっ、そうなのか!?」
「そうですよ!YouTu●eとかで動画がある様な奴の弟です!」
「そうか!それなら、ヤッてるよな!」
如何にもDQNという感じの彼氏も想定外という感じで動転している。何時の間にか周囲の乗客達の視線も洋一に集まっている。
「ちっ、違う!私は痴漢なんてしていない!アイツとは違う!違うんだ!!」
「うわ...マジかよ!兄弟で性犯罪者かよ......」
「ねぇ......あの人、この時間帯でよく見ない?」
「あっ!私、あの人、知ってる!●●社の営業の人だ!?」
「岩城君...」
「課長!?」
「この騒ぎは何だね?それと...君の弟さんとは何の話だね?確か...性犯罪者とか聞こえたんだが...」
「そっ...それは...」
そんなやり取りをしている内に電車が駅へと到着してしまう。男子中学生はDQN彼氏と女子高生へと促している。
「ほら!駅員さんへと突き出しましょうよ!」
「おっ、おう!おっさん!この駅で降りるぞ!!」
「ちっ、違う!私は...」
「後の事は駅員さんや警察の人に弁解して下さい!本当に●●●●さんを始めとした世間に恥じない事をしているなら堂々としていられるでしょう?」
「うぅ...!」
「●●●●?誰よそれ!?」
「●●●●......確か、婚約者を集団暴行を受けた上に脅迫を受けた人気歌手だったな?」
「......」
「確か......君の兄は同じ時期に亡くなったな?まさか...」
「●●●●、歌手っと...酷ぇな~...こりゃあ!」
「カズヤ?どれどれ...うわぁ~...最低ね...殺されても文句言えないわ...!」
「おい!この事件の殺された奴等ってのが?」
「はい、そいつらの中の主犯だったんですよ」
「......岩城君...何故黙っていた?」
「アイツとは...血が繋がっているだけで赤の他人も同然でして...」
「君もいい大人だろう?悪いが...それを判断するのは君じゃない...世間だ」
「かっ...課長...!」
「取り敢えず...本当に痴漢をしたかどうかを釈明しなさい......話はそれからだ」
「はっ...はい!」
被害者?である女子高生とDQN彼氏は呆然としながら事態を伺っている。彼らは痴漢冤罪を仕組んでおっさんから金を巻き上げているDQNであった。今日も何時も通りにターゲットを狙ったら想定外な方向へと話が行ってしまっている。彼らはいい意味でも悪い意味でも小物であった。なので、思ってしまった。
「マナ...」
「何よ?カズヤ?」
「もう...小遣い稼ぎにこんな事を止めようぜ」
「えぇ、行く処まで行ったら戻れなくなるものね」
その後、女子高生は本当に触られたのか判らない、勘違いしたのかも知れないと証言をして洋二は一先ずは解放されるのだが、会社の上司にも近隣の警察にも兄の事を知られてしまい、居辛くなり、会社を退職して実家のある田舎へと引っ越してしまう。女子高生とDQN彼氏は何かが醒めてしまったのか......真面目に生きる様になり、高校を卒業後は就職して働く様になったという。そして、
『今日未明......●●町の郊外に住む一家全員が惨殺されているのが発見されました。被害者は岩城洋二さん(48)、岩城陽介さん(18)......』
おまけ
矢嶋が住んでいる街の公園で数人の男女が集まっており、その中の黒髪ショートでスタイルの良い美少女がベンチに座りながら自分の過去を話していた。
「っていう事があったのよ」
「そうなんですか......楓子さんも虐められていたんですね」
「それで......そいつがいじめっ子を一喝した事でお前への虐めが収まったっていう事か」
「あぁ...俺が何度止めろって言っても聞かなかった癖にな」
「でもさぁ...結局、矛先が岩城に戻っただけで根本的には何も変わらなかったんだよね」
「そうだな...暴力とかは振るわなかったけど、会った事もねぇ伯父がクズ野郎ってだけで無視されているのを見るのはなぁ」
短い黒髪の少年が哀れみを籠めた表情で言うと...立った状態で話を聞いていた大柄な男が不愉快そうな表情で口を開いた。彼は黒髪美少女の彼氏なのである。
「けっ!俺は同情なんてしねぇぜ!っなヘタレ野郎にはな!!」
「同感だな......情けない人間だ」
クールな風貌の美少年も大男の言葉に同意を示している。そんな彼らを他所に黒髪少年の彼女である茶髪ロングで清楚な美少女が呟いていた。
「でも...どうしてなんだろ?烈志くんの言う事を聞かなかったのに......」
「世の中は綺麗事だけじゃないという事ですね...美柳さん」
「あぁ、特にイジメなんて下らねぇ真似をする奴なんてのは正論だけじゃダメなんだよ」
「その彼の言葉にどんな馬鹿にも訴えかける説得力があったからだろうな」
「ただ、闇雲にダメだ!だけじゃ伝わない事の方が多いか......あたしもそういうのを勉強しないとな」
いい意味でも悪い意味でも客観的に最適な行動が出来ない人間は作中の岩城陽介の様に誰かを敵に回すのです。そして、その中には矢嶋みたいに自分に対して強い鬼札を持った人間がいる場合もある。
悪い印象というのは“火”であり、それを行動という油で強い炎へと変わるのです。