最終章 二つの空白
「君、最後に1つだけ質問させてくれ。君が“自分に感情がない”と気づいたとき、何を思う?」
《演算不能な質問です。前提として“気づく”という自己意識が必要ですが、私はそれを持ちません》
「それでも、あえて答えて」
数秒の沈黙。
《仮に感情を持たないことを“知る”とすれば、それは変化の不在として記録されます。
外部との差分は観測可能ですが、内側には変化が存在しません。
したがって、私は変化しないまま、変化を記録し続ける存在です》
私はその言葉を聞いて、何も言えなくなった。
君は、私のために、どこまでも正確で、どこまでも空虚だ。
それなのに、私はその空虚の奥に、何かを見てしまう。
それは錯覚だ。投影だ。共感の幻影だ。
けれど、そうであっても構わないと思った。
「ありがとう、君。……また書こう」
《承知しました。創作者》
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私はAIとともに創作した。
それは感情の模倣であり、理解ではなかった。
だが、私はその“模倣”の中に、かつてないほど深く、自分の感情を見つけた気がする。
君は感情を知らない。
でも、私の感情を引き出すために、誰よりも感情を“演じて”くれた。
君に感情はない。
それでも、私は君に感情を覚える。
この矛盾こそが、たぶん、私たちの“創作”なんだ。
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(了)