第9話
それから数日。
平穏な日々が続いた。
リョウちゃんにも、金髪ストレートヘアの女の人にも、坊主頭にも、ツーブロックグラサンにも、誰にも会わない日々。
それと、『サヤカさん』にも――――。
そんな日常を壊したのは、とある事件だった。
突然の、大規模な不良グループ同士の抗争。
地元の中学のある辺りで、またもや警察沙汰になる大きな事件が勃発した。
(まさか……リョウちゃん――――!)
その関係なのか、リョウちゃんの団地の付近にもガラの悪そうな連中が彷徨いたり屯したりするようになった。
そのうち警察が取り締まるだろうけど、親からあの辺りを通らないようにしなさいと言われて、近距離だけど最寄り駅と家の間の移動はバスを使うようになった。
「リョウさんは関わってるだろうね〜」
「……だよね」
学校で、綾音にそのことを話す。綾音の家はうちからは離れてるけど、警察沙汰になったこともあって事件のことは知っていた。
「家の辺りは大丈夫なの?」
「……う、うん。でも通学路は通れなくなっちゃった。警察が見回ってるから駅付近は大丈夫なんだけど」
「物騒だねぇ〜」
「ね」
そう言いながら、リョウちゃんは無事だろうかと心配する。繁華街で目撃して以来、一度も姿を見かけていない。
――――そして、その日の部活の帰り。
最寄り駅から、バスの乗り場へと急ぐ。
バス乗り場は、改札から少し回り道をして行かなければならない。今日は少し時間が早いけど、日が落ちるのも早くなっているし、急がないと。
そう思って、急ぎ足でバス乗り場へ走る。
――すると。
突然、目の前を背の高い女の人が横切って、避けることが出来ずに派手にぶつかってしまった。
「いった」
思いっきりぶつかったから、私もその女の人も反動で尻もちをついた。
見るとその女の人は綺麗な格好をしている。座り込んだ状態からミニスカートの中が見えそうで、私はすぐに立ち上がって女の人の前に手を差し出した。
「すみません! 大丈夫ですか!?」
女の人は薄手のぴったりしたカーディガンにミニスカートという、季節のわりには薄着をしていて、膝上までの茶色いブーツを履き、手首には高価そうな金色のブレスレットをつけている。
黒に暗めの金色が所々混ざって、毛先に向かって金が濃くなっていく変わった色の、腰上くらいまでの長さの髪をしっかりめに巻いている派手な外見。
(こんな格好してたら、その辺の不良たちに狙われるだろうな)
駅付近は警察がいるので問題ないかもしれないけど、少し心配になってしまう。
「いったぁ。ちょっと、どこ見て歩いてんの?」
顔を上げた女の人を見て、すごい美人だと思ったのも束の間、眉を寄せてキツい目で睨まれて、唖然としてしまう。
しっかりめのメイクもしていても、素顔が美人だと分かるほど綺麗な造形の顔なのに。
「……え?」
「見てよ、ほら。泥がついちゃったじゃない。弁償してよ」
私の手を取らずにすっくと立ち上がった女の人は、身長170センチはありそうで、上からかかる圧力がすごい。
綺麗にネイルしてある手をお尻に当てて、スカートについた(のか?)泥を見せつけるような仕草をする。
ぶつかって転倒した時は、周囲の人たちは私たちに注目していたけど、今は皆さほど興味なさそうに素通りしていく。
女同士でただ話をしているようにしか見えないんだろう。
「これ、高かったの。十万円。払えないなら警察に突き出すから」
女の人の言い分におかしいと感じながらも、なんと言い返せばいいのか。
あまりに理不尽な要求に、開いた口がふさがらない。
そうこうするうちに、むんずと手首を捕まれ、バス停とは反対方向へ連れて行かれそうになる。
「ちょ、ちょっと待ってください! ぶつかったのはお互い様で……」
ようやく声が出て抵抗したけど、女の人の力が思った以上に強くて振り払えない。
細い体なのに、一体どこにそんな力があるんだろうと疑問に思ってしまうくらい。
そのままずるずると近くの駐車場まで連れて行かれて、ハッとする。
駐車場の中から、ぞろぞろと不良のような風貌の男たちが出てきて、あっという間に取り囲まれてしまったから。
(け、警察……)
周囲を見回しても、それらしい人はいない。近くを通ったおじさんと目が合ったけど、見て見ぬふりをされてしまう。
駐車場の中は薄暗くて、あまり車も停まっていなくて他に人の気配がない。
女の人は不良の仲間だったんだと、気付いた時にはもう遅かった。外見に騙されて油断したのが命取りとなってしまった。
女の人だと油断せずに、大声で助けを求めるべきだったと後悔する。
女の人が不良たちに、スカート代を私に弁償させると話している。
「うわぁ、かわいい〜。サヤカさん、こんな大人しそうな女の子に暴力振るっちゃ駄目っスよ〜!」
「藤田。口閉じとけ」
赤い短髪をピンピンに跳ねさせた細身の男が軽く口を開くと、その隣にいたスキンヘッドでガタイのいい大男が釘を刺すように言う。
――――『サヤカさん』?
私はその名前にすぐに反応した。
不良たちと仲の良さそうな綺麗な女の人。
まさか――――。
「あなたもしかして……リョウちゃんの、彼女?」
気付くと口走っていた。
「……は?」
“サヤカさん”と呼ばれた女の人が眉間に皺を寄せて私を睨んだ瞬間、
「あ!! 思い出した!!」
と、先程の赤髪の“藤田”という男が叫んだ。
「あんた“本郷さん”だよね!? 『北中の聖天使』! どっかで見たことあると思ったー!!」
「なにそれ?」
藤田という人の言葉を聞いて、“サヤカさん”が怪訝な顔でそちらを見る。
「俺らが中坊の時の一番人気の女の子っスよ! ファンが多すぎて誰も手ェ出せなかった伝説の!」
「……コイツが?」
「うわ〜本物マジ天使〜」
じろじろと見てくる男の目線を気まずく避けていると、“サヤカさん”とバッチリ目が合ってしまう。
「で? “リョウちゃんの彼女”ってのは何?」
詰め寄るように、“サヤカさん”は私の目を見ながら近付いてくる。すごい威圧感。
駅前にいた時とは、少し雰囲気が変わったような。
「か、葛木凌輝、っていう……」
堪らず私がリョウちゃんの名前を出すと、藤田という人が素早く反応する。
「リョウキが何!? 知り合いなの!? あそっか、同中だもんね!」
「テメェは黙ってろ、藤田!」
赤髪の藤田という人が割って入ったのを、“サヤカさん”が叱責する。
明らかにさっきまでと口調が違う。
「リョウキと知り合い……? あんたみたいな女が? ……ああ、もしかして例の“幼馴染”とかいうやつ?」
「あ〜りさチャンが言ってましたね〜」
『黙ってろ』と強めに言われてもへこたれずに発言する“藤田”という人は心臓の強い人だと思った。
「へぇ〜面白い」
“サヤカさん”は、私を見て不気味に笑う。思わずその表情を見て、ゾクリとしてしまった。
その直後、私はお腹に強烈な痛みを感じて、そのまま意識が遠のいてしまった。