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第8話


 それからしばらく大通りをブラブラして、日が暮れ始めてきてから目的地へ向かうため、表通りの奥へと歩く。


 ――――“裏通り”。


 含みを込めてそう呼ばれている場所の入り口まで来て、私たちは立ち止まった。


 ネオンが光る夜の通り。


 〇〇(地名)の裏通りと言えば、キャバクラや居酒屋、ホストクラブなどいわゆる大人の店が多いと言われている場所だ。家族連れや学生には縁のない場所。


 何だか怪しげな香りのする通りを、表通りから覗き込む。


「この先、なんだよね?」

「うん。地図で見た感じ、そうだと思う」

「私らがここをウロウロしてたら取って食われそうね」


 あははっと綾音は笑うけど、冗談になってない。だって本当にそんな雰囲気だから。


 表通りも、昼間は家族連れや学生のような人たちが多かったのに、日が暮れてくるとサラリーマンっぽい人や大人のカップルが急激に増えた気がする。周囲では居酒屋の呼び込みのお兄さんの声が響いている。

 何だか露出度の高い格好をしている女の人も増えたような。勧誘なのか、スーツの男の人がキャミソールみたいな服を着ている女の人に声をかける光景も目に入ってくる。


 急にぶるっと体が震えた。何か立ち入ってはいけないような、そんな雰囲気がして、私は蛍光ピンクがやたら目に付く怪しい通りから後退あとずさる。


「瑠夏?」


 綾音が後ろに下がった私を見て、声をかけてくる。


「だいじょぶ?」

「……う、うん。あの、綾音。やっぱり、やめない? キャバクラなんて。私たちには縁のないところだよ」

「何を今更。せっっかくここまで来たのに、タダでは帰れないでしょ〜? 交通費にランチ代、アイス代が無駄になっちゃうじゃん!」


 綾音は行く気満々で、私の話には聞く耳を持たない。


「大丈夫! 私が先に行ったげる!」


 そう言って綾音が裏通りに入ろうとした時。


「――えっ!?」


 私は目を疑った。


 目の前の薄暗い裏通りの奥から、こちらに向かって歩いてくる人物を見て――――。


(――――リョウちゃんっ!?)


 顔立ちを見て、明らかにリョウちゃんだと分かる。


 こちらには気付いていない様子で、リョウちゃんらしき人と何人かの男の人が連れ立って歩いてくる。いつものラフな格好と違って、全員黒いスーツを着ていて異様な雰囲気だ。


 私は慌てて通りに入ろうとしていた綾音の手を引いて、走ってその場から離れた。


 「またこのパターン!?」と綾音が叫ぶので、少しだけ走って適当なところで止まり、直ぐ側にあった店に入った。


「いらっしゃいませ〜」


 そこはチョコレート屋さんで、明るい照明と甘い匂いが私の興奮を和らげてくれる。

 さっきまでの怪しい雰囲気との落差で、余計に店内が明るく平和に見える。


 はぁと息をついて、その可愛らしい茶色とピンクが主体の内装の店内で、強く掴んでいた綾音の手を離す。

 制服姿の店員さんが不思議そうに私たちを見ている。私の表情が少し硬いからかもしれない。


「もう〜なんなの〜?」


 気を取り直して、店内の壁沿いに置いてあるチョコレート菓子を見るフリをして、抗議する綾音に私は小声で事情を説明する。


「え!? リョウさんが!?」

「うん。間違いなくリョウちゃんだったと思う。黒いスーツ着て、いつもと雰囲気は違ったけど」


 私は生まれつき視力が良い。見間違いなんかじゃないはず。

 私に合わせて、綾音も声を小さくする。

 

「どーゆーこと?」

「……分かんない。もしかして、リョウちゃんもここで働いてる……のかな」

「……でもさ、確か18歳以上じゃないと働けないはずじゃない? ああいうとこって。リョウさんは一個上なんでしょ?」

「……そっか。じゃあ違うのかな」

「まー通りの全部がそういう店ってわけじゃないだろし、普通にバイトしてる可能性もあるかもだけど」


 私たちは疑問を抱いたまま、結局何も買わずにチョコレート屋さんを後にした。

 もちろん近くにリョウちゃんがいないかをチェックしてから店を出たんだけど、表通りのどこを見回してもリョウちゃんの姿は見当たらなかった。


(どういうことなの……? リョウちゃん)


 結局、リョウちゃんに遭遇してしまう危険もあるので、私たちは目的の『サヤカさん』を見るのを諦め、大人しく帰路に着いたのだった。


「なんかフツーのデートになっちゃったね〜」


 綾音が帰りの電車の中で言う。


「別の情報は手に入ったけど」


 そして付け加えるように言った。


「……リョウちゃんは、あそこで何してたのかな」

「それが疑問だよね〜。別れたとか言って、実はまだ『サヤカさん』と繋がってるとか?」

「お店のある通りにいたのは、偶然じゃないと思う」


 私が神妙な顔をしていたのか、綾音が覗き込んでくる。


「心配?」


 ――心配、なのか。彼女でもないのに。


 確かに私はリョウちゃんのことが好きだけど、ここまでする必要があったのかと言われれば、なかったとしか答えられない。


(ていうか、さらにストーカーっぽい!)


 今日の自分の行動を思い返して、ずんと頭が重くなる。


 綾音が言い出したことだけど、それに乗っかったのは自分だ。リョウちゃんの元カノ――『サヤカさん』がどんな人なのか、気になったのは事実、なんだよね。


 

 綾音と電車で別れ、重たい気持ちで家に帰って、寝る準備をしてからベッドでスマホを開いた時、私の心臓は飛び上がった。


『今日、〇〇(地名)にいた?』


 リョウちゃんからのメッセージが来ていたから。


 心臓のドキドキが止まらない。


 思わずスマホを持つ手が震えてしまう。


 リョウちゃんから連絡が来たという出来事にも、その内容にも。


(見られてたんだ……)


 どう返そうか、私は考えを巡らせる。

 嘘をついても疑念を持たれるだろうし、ここは正直に認めようと思う。ただ、その理由については絶対に言わないでおこう。友達と遊びに行っただけだと言って、疑われることはないはず。

 第一、今日のいつどこで見られていたのかは分からない。


 そう思って、私はすぐに返事を返した。


『うん。いたよ』


 するとすぐに返信が来た。


『そっか。じゃあ見たよね?』

『何を?』

『俺』


 そこまでやり取りして、あの裏通りで私がリョウちゃんを見つけた瞬間を見られていたと確信する。気づいていないと思ったけど、バッチリ見られていた。


 あれが本当に私だったのか、リョウちゃんは確かめに連絡してきたんだ。

 

 どう返そうか迷っていると、すぐにリョウちゃんから続けてメッセージが来た。


『別に悪いことしてるわけじゃないから』


 なんだか釈明のような、そんなメッセージを見て、私はじんわりと胸が熱くなるのを感じた。


(私に誤解してほしくないって思ってるのかな)

 

 都合よく受け取ってしまいそうな内容に便乗して、私はまるでリョウちゃんの彼女になったかのような気分で、返信をしてしまった。


『うん。分かってるよ』


 それからリョウちゃんからの返信はなかった。

 ちょっと調子に乗りすぎたかな、とかいろいろ考えたけど、リョウちゃんはあっさりしてるから、と無理矢理納得してスマホを手放した。

 持っていた疑念も、なんかもうどうでもいいやという気になった。

 リョウちゃんがそう言うなら、全部信じたいと思う。


 そうして私はお気楽にも、幸せな気持ちに包まれたまま、眠りに落ちたのだった。




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