第6話
次の日、綾音に昨夜の出来事について話すと、『無事で良かったぁ〜!』と抱き締められた。
「“ブライツ”って、なんか聞いたことあるような〜」
その後、そう言ってうーんと額に人差し指を当てて、漫画のキャラクターのように考える素振りを見せる綾音。
「あ! そだ! あれじゃん! ちょっと前に話題になった不良グループ同士の喧嘩で、勝った方のグループ!」
ああ。病院送りになった人が多数いたっていう……。勝ったというか、怪我人が少なかった方? 高校の同中出身の子から聞いた話では、そういえばそんな名前だったかも。
私の地元の中学は少し不良の多い地域にあった。自宅近くはそうでもないけど、最寄り駅周辺の治安は良くない。
だから、不良同士の喧嘩なんてしょっちゅう。
でもその中で、あの一件は警察が動くほどの騒ぎになった。
「って、そのグループがリョウちゃんのグループなの!?」
「そうなんじゃない? “ブライツの頭”って言ってたってことは、リョウさんはその不良グループのリーダー」
「嘘!」
確かにリョウちゃんはよく悪さをしたとして警察にお世話になってるらしいけど……。
「不良の中でも筋金入りってことだねー、リョウさんは。こりゃ抜け出すのは至難の業ね」
綾音は何故か楽しそうに言う。
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
じとっと綾音を見ると、綾音もこちらを見てニマッと笑う。
「だあってさ、同じ不良なら中途半端なのじゃなくて、とことんな方がよくない? 結局、どんな組織でも上にいる人間は何かしら才覚があるのよ。しかもイケメン」
綾音はイケメンであれば何でもいいような気がするけど。
理由は後付けで。
だって最初に言ってたことと全然違う。
「でも暴力はやだな。病院送りになった人がたくさんいるって。何でそんなことになっちゃうんだろ」
「その世界にはその世界の人にしか分からないルールってモンがあるんじゃない? そこは下手に首突っ込まない方がいーよ。瑠夏は瑠夏の生活を大切にして、リョウさんが近付いて来るのを待てばいいの。ルカが地雷踏んだ件を考えても、その方がいいと思う!」
綾音はリョウちゃんを見てからというもの、妙にリョウちゃんよりの意見を言う。
「近付いて来なかったら?」
「そん時はそん時! 潔く身を引く!」
「……やだ」
もうすぐ休み時間が終わるから、トイレから出ないと。
手洗い場の鏡の前でぶうたれた自分の顔が映ってる。
「あんね、瑠夏。イイこと教えてあげる。男は追っかければ追っかけるほど逃げたくなる生き物なの。だから、追いかけて来ないなら、追いかけたくなるように仕向けるの」
「どうやって?」
「ズバリ、気がありそうな素振りを見せてから、一気に引く!」
「ええ!?」
「これが効果的なのよ〜。本気で好きなら追いかけちゃ駄目! 追いかけさせるの!」
「なにその高等テクニック」
一体どこで覚えたのか、綾音の言葉にはいつも驚かされる。
自分にはそんなのは無理だと思ったところで、授業開始のチャイムを聞いて急いで教室へ戻る。
その日は綾音の武勇伝を散々聞かされて、放課後――――。
部活が終わって帰路につく。
最寄り駅付近を、スマホを握りしめて一人警戒しながら歩いていた時のこと。
ふと見覚えのある長い金髪ストレートヘアが目を入った。
「あ! あんた!」
コンビニ近くの電柱の前で、パーカーのポケットに手を突っ込んでスマホを見ながら立っていた女の人が、私に気付いて眉を寄せながら近付いて来る。
(あの人……リョウちゃんの部屋にいた人)
女の人が目の前に来た時、私は一応ペコリと頭を下げた。
(確か、“りさ”って呼ばれてたような……)
女の人は腕を組んで、私をこれでもかというくらいジロジロ見てくる。今日はスポーティなパーカーにカーゴパンツを履いた格好をして。相変わらず化粧は濃いめだ。
(な、何……?)
「あんた何? リョウキの何なの?」
そして機嫌悪そうに、突然直球ストレートを投げてきた。
「……え、と、幼馴染、ですけど」
それに対し、正直に返す。その答えに女の人は不服そうだ。
「“おさななじみ”ぃ? ふぅん、ただのおさななじみが料理作って部屋に泊まるんだぁ?」
そして顔を傾けながら歪ませる。その仕草はどこぞのヤクザのよう。
「いえ、泊まってません、けど」
「……」
女の人は心底面白くないという顔で私を見る。頭のてっぺんから足の先までを舐め回すように。そして急にふっと勝ち誇ったように笑う。
「知ってる? リョウキの彼女。沙也加さんっていうの。今は距離取ってるけど、リョウキは結局沙也加さんのモノだから。別れた時めっちゃ荒れてたし」
――――沙也加、さん?
私は記憶の中からそのワードを探すけど、どこにも見当たらない。
初めて聞いた名前。いやもちろん、名前自体はありふれているんだけど。
(もしかして……リョウちゃんが言ってた『付き合ってた子』……?)
一つの解答が出た。
最近別れたというリョウちゃんの“彼女”。
その答えが出てから、徐々に私は混乱する。
別れたけど、またよりを戻す可能性があるってこと?
『今は距離取ってる』って、どういうこと? 完全に別れたんじゃないの?
混乱が表情に出ていたのか、それに満足したように、りさという女の人は饒舌になる。
「その顔じゃ知らないみたいだね。じゃあ教えてあげる。沙也加さんはねぇ、リョウキの前のブライツのカリスマリーダー。リョウキがグループに入った時から、リョウキを可愛がってんの。今は“A《エース》”ってキャバクラのナンバーワンキャバ嬢してんだけど、美人で強くてあたしらの憧れ。あんたみたいなガキ、勝ち目ないから」
ふふんと笑って、女の人は満足そうにする。
(なんで笑ってるんだろう。この人もリョウちゃんのことが好きなんじゃないの?)
違和感を感じながらも、私は確実にショックを受けてる。
空き缶が散らかった部屋を思い出したから。
『何も食べてない』と言っていたリョウちゃん。その理由は、彼女と別れてショックだったから――――?
ずんと頭が重くなる。
「せいぜいセフレが関の山だって」
あははっと笑った女の人が、なんで笑ってるのか理解出来ない。だってリョウちゃんの彼女は自分じゃないのに。
自分の知り合いがそうってだけで、なぜ勝ち誇るのかが分からない。
馬鹿らしいのと腹立たしいので、無言で女の人の横を通り過ぎて歩を進める。
「うざいからリョウキの周り、ウロウロすんなよ」
後ろから追い打ちをかけるように言う女の人の声を無視して、早足で家へ向かった。
団地の横を通り過ぎる時、無性に泣きたくなって、涙目のまま逃げるように走った。