第30話
ひさびさの投稿ですみません。。脚を負傷して療養生活をしていて、なかなか仕上げる気にならず遅くなってしまいました。。
なるべく頑張って投稿します。
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石島さんが登場して、場の空気が少し変わった。
「アラタ。お前そろそろ上がれよ」
「あ。そうでした。お先に失礼します」
リョウさんに言われてペコリと頭を下げ、空のグラスを持ってすんなりと奥へ下がるボウヤ。リョウさんはお客に対する口調と店員に対する口調を変えるタイプ、と脳内にメモ。
「リョウさん。私、イイこと聞いちゃった気がするんですケド」
タイミングを見計らって、さっきボウヤが言っていたリョウさんの動揺話をつついてみる。
「……黙っててくれない? ルカに」
「どうしてですか?」
「分かってるでしょ」
「……嫌だと言ったら?」
「君をここから帰さない」
キュッキュと布で几帳面にグラスを拭きながら、笑顔でコワいセリフを吐かれる。
隣の巨人が腕組みしながらこちらを見てくる方がもっとコワいけど。
リョウさんは黙っていて欲しい。
つまり、ルカのことが気になるけど、それは不本意だってことね。
リョウさんがルカと離れることに、ここまで頑なに拘る理由。
やっぱりそれは、生い立ちが関係してると考えるのが自然よね。
母親とその彼氏に虐待された挙句に捨てられ、愛情不足で育った過去。
傷を舐め合うように寄り添いあった恋人も亡くなってしまうという不幸の連続。
鎖で繋がれているみたいに、そこから逃れられないリョウさん。
一体どうすれば、その鎖を断ち切れるのかしら……。
「嘘ですよ。言いませんって。私が個人的なキョーミでリョウさんの心情を聞きたかっただけだから。なにより、新たな一歩を踏み出そうとする瑠夏の邪魔したくないし。瑠夏は分かってるから。リョウさんがどんな気持ちで東京に来たのか」
「……」
リョウさんの表情が微妙に変化したのを、私は見逃さなかった。
分かりにくいけど、完全に装いきれているわけでもない。私相手に、そこまで徹底する必要はないと思っているのか。
テーブル席の客が席を立ったみたいで、リョウさんは手に持っていた透明なワイングラスをしまい、無言のままレジに向かう。
そんなリョウさんを横目に、手元に置いてあるグラスに入った水を飲む。
さて、どうするかな。
「嬢ちゃん。帰るなら新と一緒に帰んな。危ねぇから」
「そうですね。そうさせてもらえれば」
お会計をお願いして、席を立つ。レジに行くと、テーブル席のお客がカードでお金を支払っている。
「またのご来店をお待ちしております」と爽やかな笑顔で、支払いの済んだ客に声をかけるリョウさん。
(うげっ。散財)
自分の順番が来て、提示された金額を見て飛び上がった。
飲み会では大体社会人男性が多く支払ってくれることが多くて、自前でこんなに支払いをするのは初めてだから。
随分オマケしてくれたみたいだけど、かなりいっちゃったなー。
当分は大人しくしてよっと。
そう決意して、「ごちそうさまでしたー。いろいろと♡」と言って、着替えを済ませて奥から出てきた新くん(金髪ボウヤ)と一緒に店を後にした。
帰り道、新くんにリョウさんとの出会いについて聞いた。というか、新くんが自分から話し出した。絶対話好きだこの子……。
二人は一年前にバーテンダーの師匠を介して出会ったそうだ。新くんはリョウさんに憧れているそうで、現在バーテンダーの修行と経営の勉強をしながら働いているらしい。
Luminousのオーナーは別にいて、リョウさんは雇われ店長であることも聞いた。リョウさんの養父である現オーナーはスパルタな人で、リョウさんはこき使われて大変らしい。オーナーの自宅はここから少し離れているけど、介護のためにほぼ毎日顔を出さないといけないみたい。リョウさんが夜に数時間休憩を取るのはそのためらしい。
リョウさん自身、まだまだ経営の勉強中で、いずれは自分の店を出したいと密かに思っていると話してくれたことがあるという。
こんなに口が軽いと、そのうち何も話してくれなくなりそうだけど。
「リョウさんって、女性関係はどうなの?」
ついでに聞いてみた。そこ何気に重要。
「まあとっかえひっかえですね。真面目に付き合う気はないってゆうか。たまにお客もお持ち帰りしてます」
新くんの答えは私の想像どおりだった。
(予想してはいたけど、なかなかのヤンチャぶりねー。客足が絶えないわけだわ)
ホストクラブで修行してたの? と思うくらい。
まあお店の経営には、人たらしというか、そういう能力も必要だとは思うけども。
でも何となく、それだけではなく、ヤケのように思えるのは考えすぎか。
本当に好きな人と結ばれない憂さ晴らし。
そんな風に思えるのは――――。
そう考えながら、新くんをチラリと見る。
(それにしても、この子情報源としてめっちゃ使える……いや頼りになるわ。顔もカワイイし、一応連絡先交換しとこ)
そう思って連絡先を聞くと、快く教えてくれた。
「じゃ。送ってくれてありがと。またいろいろ教えてね」
「はい! 綾音さんも、またお店に顔出してくださいね!」
「オッケー」
合コンで貸切にしてもいいなーとか考えながら、私は新くんと笑顔で別れた。
ご親切に、新くんは私の家の近くまで送ってくれた。なんて良い子なの。
そんなこんなで、私の長い夜は終わった。
これからの方針を決める材料集めは出来た、と。私ってばなんて親友想いなのかしら。感謝しなさいよ瑠夏!
脳内で瑠夏に話しかけながらアパートの部屋の鍵を開ける。
ベッドに倒れ込んだと思ったら、気付いたら朝になっていた。
◇◇◇
――凌輝Side――
「掃除一つまともに出来んのか、お前は。ほれ、こんなに埃が」
ジジイが車椅子を乗り回して、これ見よがしに指で埃を取って回る。広い一軒家のリビングで。
リフォーム済みでバリアフリーのリビングは、車椅子ジジイのテリトリーだ。
「あ? 自宅の掃除くらいテメェでしろクソジジイ」
「おーおー、まーだ治っとらんのか、悪い不良グセが。そんなで店主が勤まるか、修行し直せ、半人前が」
ふっと指先の埃を吹き飛ばし、ジジイは憎たらしい顔で言う。
この嫌味なジイサンは俺の養父。
これでも東京で十代だった俺を引き取り、育ててくれた恩人。遠縁の親戚で、児相からの連絡で俺のことを知ったらしい。
口は悪いが、根は世話好きだ。
どーしよーもない不良だった俺に、手厚い職業支援をしてくれて、自身の資産で開業した店の店長にしてくれたんだから。
この恩は一生では返しきれないと思ってる。
どんな理由で俺にそこまでしてくれるのかは不明だけど、そんなことはどうでもいい。
ジイサンは、俺に新しい人生をくれた。
まあ介護目的って言ってただけに、それだけは死ぬほどさせられてるけど。
病気で足が悪いジイサンは、用はなんとか足せるが、一人で風呂には入れない。
施設で入る時以外は、俺が仕事を抜けて介助をする。ヘルパーが来る時もあるけど、なるべく顔を出すようにしてるのは、少しでも恩を返したいからだ。
この習慣は、引き取られてから数年間ずっと続けてる。最初は家賃代わりだと思ってやってた。
「ところで、店は順調か?」
「当たり前だろ」
「そうかそうか、顔だけが取り柄のお前を磨いて店長にした甲斐があったわ」
ハッハッハッと白い顎髭を触りながら、ジイサンは笑う。
……一言多いんだよ。
たまにジジイの金儲けの道具にされたんじゃないかと本気で思うこともある。でもそれも関係ない。
道具だろうがなんだろうが、それが俺にとって救いならそれでいい。
ジイサンが俺をどう思ってようと、それは俺には関係ないんだ。
「アパートはどうだ? 快適か?」
「まあまあな。立地は良い」
「そうだろう。お前にはあのくらい手狭が似合いだ」
ほんといちいち口の減らないジジイだ。
元々俺はこのジイサンの一軒家で一緒に住んでたが、店の開店を前に、ジイサンが突然家を出ろと言い出した。
どうせ介護するなら、多少距離があってもここから通った方が都合良いんだけど。
「ここはもうすぐ引き払うからな」
「……は?」
突然のジイサンの言葉に、俺は耳を疑う。
引き払う?
初耳なんだけど。
ジイサンはいつも、でかいことを勝手に決めて直前に報告する。
「なんでだよ」
「友人の勧めでな。高級老人ホームに入ることになった」
「は!? なに? 突然」
「ワシも身辺整理が必要になったってことよ。ここも古くなったしな」
「一言くらい相談しろよ」
さすがに俺にも関係あることだし。と思って言うと、ジイサンは眉に皺を寄せて言い返してくる。
「思い上がるな。ワシの資産をどうしようが、ワシの勝手よ。お前に口を出す権利はない」
「……」
……まあそりゃそうだ。
てことは、これからは介護は必要ないってこと?
この家はでかいし、立地的にも売ったらかなりの金額になるだろう。
ジイサンは定年前はいいとこの会社の役員だったらしいし、今もたまに仕事はしてる。
だから俺を引き取る余裕があったんだろう。さらにジイサンは独り身で、配偶者も子供もいない。昔家庭を持ってたらしいけど、早くに離婚したと言っていた。
高級老人ホームってやつがどーゆーモノか不明だけど、十分なサービスを受けられる資産はあるはずだ。
口を出す権利がないと言われたらもっともだし、これ以上言うことはないか。
「死ぬまでお前の世話になるつもりだったんだがな。気が変わった。お前はワシの資産を増やすために店の仕事に専念しろ」
……そういうことか。
介護目的で引き取った養子が別の資産を生みそうだから、そっちに路線変更したわけか。
「言われなくとも稼いでやるよ。毎日豪遊出来るくらいにな。楽しみにしてな」
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「ジイサン、施設に入んのか」
「……高級老人ホームだと」
開店前。厨房で下準備中の石島に、今朝のジイサンとの会話について話す。今日はヘルパーが来るから、出勤前にジイサン家に寄ってきた。
石島は大体の事情を知ってる。
サヤカが死んだ事件の後、俺はブライツを解体させた。
サヤカの死に関わった奴らに制裁を下した。
奴らのスマホを取り上げたら、そこから決定的な証拠が出てきた。
許せなかった。
首謀者の藤田をはじめ、全員が罪のなすりつけ合いをするのを見て、こんな奴らのせいで死を選ぶ羽目になったサヤカを想うと、もっと何倍も酷い目に遭わせてやりたいと心底怒りが湧いた。
俺と似た境遇で育ったサヤカは、俺の鏡だった。
サヤカを救えなかった俺は、俺自身も救えない。
全てが終わった後、入院中の石島に会った。補足しておくと、奴らを警察に突き出さなかった。サヤカの名誉のために。その代償は十分に支払わせた。
石島は俺を批判しなかったし、「悪ぃな」とだけ呟いた。
俺がやっていなければ、石島が同じことをしていたという意味だろう。
俺は石島に別れを告げて、生まれ育った地を後にした。
全てが白紙に戻った。
俺はもう、何も背負わないと決めた。
母親のことも、サヤカも、ブライツも……――――ルカのことも。
不幸にするくらいなら、最初から背負わない方がマシだ。
救われないのは、自分一人で十分だから。
――――だがその二年後。突然、石島は調理師免許を持って、俺の前に現れた。
東京のレストランへの就職が決まったからだ。
石島はサヤカに惚れてた。
サヤカを守れなかった後悔は、俺よりも深いはずだ。
それでも、コイツは立ち直った。
今回店を出すに当たって、石島は元いたレストランを辞めてまで俺の元に来た。
傷を舐め合うつもりはなかったし、俺達はそういう感じじゃない。
だけど、コイツは来た。
ジイサンのことは、そん時に詳しく話した。
石島は老人にも甘い。
何度かジイサンの自宅に介護を手伝いに来た。意味分かんねーけど。
ジイサンに気に入られて、すぐに話がまとまって、石島ともう一人先に決まってた料理人に新しい店の厨房を任せることになった。
「お前に迷惑かけねぇためじゃねぇか? あのジイサン、そういうとこあるだろ。特にお前に対しては」
「さーな。ジジイの考えてることは分かんねーし、分からなくていい」
石島は、前は無表情だったけど、最近は少し表情豊かになった、と思う。ほんの少しだけど。
口元を僅かに緩めながら、石島は調理台に向かい、トマトやセロリ、タマネギ、じゃがいもなどの野菜を小さくカットしては、バットにいれる。
「大事にしろよ。せめてジイサンだけは」
含みを持たせた言い方で、石島は言う。
石島も荒れた家庭で育って、両親の離婚後ずっと支え合って生きてきた妹に先立たれた身だ。
「ジイサンと結婚するみたいだな、俺」
「おい。笑かすな」
石島は全然笑ってないように見えるが、手元がちょっと震えてるから、笑いを堪えてるのか。
「変な言い方するからだろ。昨日のアレのせい?」
――――含みを持たせたのは。
昨日店に来た女。
ルカの友達の。
「……なかなかやっかいな女だぞ、あれは。大人しく黙ってるとは思えん」
「めんどくさ。アラタの奴がまた余計なこと言ってんだろなぁ。てか、なんでこんな状況になってんの? ルカと二度と会わないために俺、東京に来たんだけど」
「これも運命だろ。諦めろ」
「どっちの意味?」
「お前が決めろ」
野菜の下処理が終わり、バットを冷蔵庫にしまった石島は踵を返すと、俺に背を向けて今度は牛肉と赤ワインを取り出す。
ワインの栓を開けると、ブドウの芳醇な香りが仄かに香ってくる。イタリア産のネッビオーロ。高級ワインバローロの代わりだ。
石島の作るブラサート・アル・ネッビオーロは店の看板メニューの一つだ。
『どっちの意味』……?
実を結ばないまま何度もルカに会う皮肉な運命を諦めろ、か。
自分の意地を捨てろという意味か。
――――決まってる。
俺はルカを不幸にしないために離れた。誰が何と言おうと、その考えは変わらない。
俺とルカの線は交わらない。
俺の渇きは、一生直らない。
満たされることはない。
俺のこの渇いた人生に、ルカを巻き込めない。




