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第3話


 日曜日はどこにも行く気がしなくて、ずっと家にいた。

 リョウちゃんとの会話が一日中頭から離れなかった。


 そして月曜日の学校での昼休み。


 突然、二年の先輩に呼び出されて告白された。

 早めにはっきりしないと失礼かと思って、その場で丁重にお断りした。


「なぁんで断っちゃうかなぁ!? サッカー部のエースじゃん!! 文武両道のイケメン!! あれでダメなら全員ダメじゃんか!! 分かった! 男どもがヒヨってんじゃなくて、瑠夏が理想高すぎるんだ! ってちょっとお嬢さん、聞いてる!?」


 先輩と別れた後、待ち構えていた彩音に校舎裏へ連れて行かれ叱責されつつも、ぼーっとそれを聞き流す私。


「え……?」

「信っじらんない! この舞台で鍛えた私の声量が聞こえてなかった!? 一体どーしたのよ! 今日! なんからしくないよ!? おかしーよっ!?」


 彩音にそう言われて、確かにおかしいと思った。

 何故か勉強にも身が入らない。こんなこと今までなかったのに。


 それが一昨日久しぶりにリョウちゃんと会ったことと、無関係なわけがないと分かってる。


「……ねぇ」


 それまでとは打って変わって静かに、するりと体を寄せてくる彩音。


 校舎の裏側にある階段の片隅に座る私達を、気に留める人はいない。


「何かあったんでしょ? もしかして、男絡み?」


 彩音はいつも妙に鋭いけど、そっちに話を持っていきたい魂胆からの質問だと分かった上で、敢えて肯定してみる。


「……うん」


 すると待ってましたとばかりに、分かりやすく歓喜する彩音。


「え!? マジで!? 他に好きな人がいるってこと!? 歳上!? 歳下!? もしかして先生とかー!? きゃー!」


 両頬に手を当てて一人で盛り上がる彩音を見て、何となく恥ずかしくなる。さっきまで全力で推していたサッカー部の先輩のことは、綺麗さっぱりどうでも良くなったようだ。


「もう! 大きな声で言わないでよ。恥ずかしいから」

「誰も聞いてないって。で? 誰誰? 瑠夏のハートを射止めた罪な男は?」


 わくわく、という効果音が聞こえてきそうなほど前のめりになって目を輝かせた彩音を前に、私は少し尻込みして小さな声で言う。


「だ、誰にも言わないでよ?」

「あったり前じゃんか! 勿体ぶらずに早く言いなよ〜!」


 くねくねと奇妙に身にくねらせる彩音から目を逸らして、覚悟を決め小さな声で告白する。


「……幼馴染のリョウちゃん」


 一瞬、しんと静まる彩音。

 チラリと再び目を合わせて、彩音の目から輝きが薄らいでいくのを見る。


「……それは何者?」


 彩音の表情から、なんだ自分の知ってる人物じゃないのか、とでも思っているような落胆を感じる。


 私はリョウちゃんとの関係と、一昨日の出来事を彩音に話した。


「で、今は学校辞めて不良で、親はいない団地暮らし、と?」


 彩音は先程以上に、明らかな落胆の表情を見せる。


「瑠夏」


 そして言う。


「やめときな?」


 ポンポン、と向い合わせで私の左肩を叩きながら。


「……何で?」

「不良に憧れる時期は、確かにある。私にもあった」


 うんうん、と頷きながら彩音は続ける。


「でも分かってるでしょ? 瑠夏とは釣り合わない。あんたは優等生で、相手は不良。それもかなり厄介な事情持ちの。……付き合えたとしても、絶っ対に幸せになれないよ?」

「そんなの、分かんないじゃない」

「いや、分かる」

「……そんな言い切らなくても」

「いい? 瑠夏。世の中は不公平に出来てるの。その人もそれが分かってるからこそ、拒否したんでしょ。イケメンだかなんだか知らないけど、その人が言うように住む世界が違うんだよ。せっかく向こうから距離を置こうとしてくれてるんだから、さっさと忘れた方がいいよ。断言出来る! 警察沙汰になるような人物にロクなのはいない!」

 

 いつになく真面目に、彩音は私を説き伏せようとする。こんなに真剣な彩音は初めて見たくらい。


「ただその“リョウちゃん”って人は、あんたのことを大事に思ってるんだろうことは分かるよ? 根は良い人なのかもしれない。でもさ、それはあんたの前だから、だったんじゃない? 線を引かれてたから丁寧だったんだよ。取り繕ってたのかも。だって別の女の人にはちょっと乱暴だったんでしょ?」


 私はあの時のやり取りを思い出す。


『何度も言わせんな? 帰れ』


 確かに、あの時のリョウちゃんは怖かった。すぐに元に戻ったから気にしないようにしていたけど、あれが本来のリョウちゃんなんだろうか。


「本性は瑠夏には見せてないと思うよ? その人からしたらさ、可愛い妹みたいな感じなんじゃない? 恋愛対象って感じじゃない気がする」 


 ぐさっと彩音の言葉が胸に突き刺さる。


 それは私も思ってた。


 頭をくしゃくしゃされたり、妙に優しかったり。


 なんだか幼稚園や小学生の頃に戻ったみたいで、体は成長してるけど関係性は全く変わってない。


(私は今のリョウちゃんをカッコいいと思ったけど、リョウちゃんは小学生の私と重ねて見てたのかな……)


 彩音は私の反応を見るように、じっと見つめてくる。そして漫画みたいにふーむと顎に手をやる。


「でもそれは私もなんだか癪だなぁ。この瑠夏が恋愛対象として見られないのは悔しい気がする。今日の先輩も報われないよねぇ」


 どこからか先輩が都合よく再登場させられて、何だか気の毒だ。


「ちょっとさ、その『リョウちゃん』をチラ見させてよ。どんなイケメンなのかちょっとだけ興味あるから。会わないよ? 見るだけ!」


 彩音の思考は分からない。


 反対しているかと思えば、リョウちゃんを見に行きたいって。


 あれよあれよと、放課後にリョウちゃんを見に行くことを約束させられてしまった。




 そして放課後。

 部活が終わるのを待っていた彩音と共に、家の最寄り駅で電車を降りる。もう辺りは薄暗い。


「団地に行ったからってリョウちゃんがいるとは限らないよ? というか会えない可能性の方が高いから!」


 と、どれだけ言っても彩音は引き下がらない。


「こうなったら意地でも顔を見てやる! 先輩よりイケメンなんて一体どんな顔よ?」

「先輩よりイケメンなんて言ってないから」

「いやいや、先輩が眼中にないってんなら相当レベルが高いんでしょ。あーカメラ持ってくればよかったぁ」

「何言ってんの」


 呆れながら、私は団地を目指して歩を進める。いつの間にか彩音の中のリョウちゃん像のハードルがかなり上がっている。


 団地に着いたものの、リョウちゃんどころか敷地には人がいない。

 この団地も昔は満室だったのに、今は空き家が増えているらしい。


「どこが“リョウちゃん”の家なの?」

「この三棟の三階の部屋」


 三棟の一番近くの階段下まで行って、リョウちゃんの部屋の窓を見上げる。

 明かりは点いていない。留守のようだ。


 彩音が残念がるので少しの間待ってみることにする。なるべく人目につかない少し階段から離れた植え込みの近くに、二人で座り込む。一応隠れているつもりだ。思いっきり怪しいけど。


 ヒソヒソ声で話しながらリョウちゃんを待つ。ダメ元だから、彩音が音を上げたら帰るつもりだ。

 話がヒートアップして彩音の声が徐々に大きくなってきて、「しっ」と人差し指を口元に立てた時、

 

「……ルカ?」


と、背後から男の人の声が。


 ビクッとして勢いよく声がした方を振り返ると、私たちの隠れている植え込みの後ろの二棟側の道路から、上下グレーのスウェット姿のリョウちゃんが、商店街のコロッケ屋の袋とスマホを持ってこちらを見ていた。


「リョ、リョウちゃん!!」


 驚いてでかい声が出てしまう。そして思わずスクッと直立で立ち上がる。


「何してんの?」


 同じく驚いて振り返った彩音も立ち上がり、急に少女漫画のヒロインのように、キラキラと目を輝かせる。


「あ! はじめましてぇ! 私、瑠夏の親友の彩音と言いますぅ。瑠夏がいつもお世話になっておりまぁす」


 そして前のめりになって両手を胸の前でがっしりと組み、いつもより数段高い声を出す。

 

 そんな突然の彩音の豹変ぶりに私は仰け反る。


「ちょ、ちょっと彩音」

「瑠夏の幼馴染なんですよね? ふふふっ。話に聞いてたとおり、いや、それ以上のイケメンでおみそれしましたぁ。今度ぜひ一眼レフで写真撮らせてくださいね! その道の人間にちょっとコネが……ゴホン、いえいえ、こっちの話。あ、良かったらこの後……」

「ちょっとやめて、彩音! ごめんね、リョウちゃん! それじゃ!」


 あからさまに怪しく座り込んでいたことへの言い訳が思いつかないし、変なことを口走りそうな彩音を黙らせるため、その場からとにかく逃げるしかなかった。顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

 リョウちゃんはどう思っただろう。想像するのが怖い。


 リョウちゃんの方を振り返らずに、一心に彩音の手を引っ張って走る。


「ちょ、瑠夏! 待ってってぇー」

 

 彩音が慌てて言うのを無視して、急いで団地の敷地を出た。


 そのまま自宅まで彩音を引っ張って行ってしまった私は、ハッと我に返って立ち止まり彩音の方を振り返る。


「酷いじゃん! 瑠夏ぁ! もう、体力オバケ!」


 見ると彩音はゼハゼハと肩で息をしている。結構なスピードで走ったから彩音の脚は限界に達したようで、ペタリとその場で尻もちをつく。


「もう歩けなぁい」


 へばる彩音の体を支えて何とか立たせて家の中へ連れて入る。


「あらぁ、いらっしゃい」


 玄関でちょうどエプロン姿の母に出くわした。するとそれまでへばって私にしがみついていた彩音が、突然シャキッと自立する。


「あ! 遅い時間にお邪魔してしまって申し訳ありません。私、瑠夏さんのクラスメイトの尾崎(おざき) 彩音(あやね)と言います」


 母を前にして、先程のリョウちゃんへの自己紹介とは打って変わってペコリとお行儀よくお辞儀をする彩音を見て、その豹変ぶりに開いた口がふさがらない。


「ああ、よく瑠夏の話に出てくる“彩音”さんね? 良かったら夕飯一緒にどう? 後で車で送ってくわよ?」

「え! いえいえ! とんでもない! どうぞお構いなく……」

「そんなこと言わずに、ねぇ? もう暗いし、お腹空いたでしょ? 遅い時間に若いお嬢さんを一人で帰すわけにはいかないし。なんなら親御さんさえ良ければ泊まっていってもいいのよ?」

「ええ〜そんなぁ、……良いんですか? 本当にすみません。ちょっと母に聞いて来ます」


 なかなかに押しの強い母と、まんざらでもない彩音。

 母はどうやら彩音を気に入ったみたいだ。


 確かに遅くなってしまったし、彩音を走らせてしまった責任も感じる。泊まってもいいならその方が安心だ。


 結局、彩音は夕飯を一緒に食べてうちに泊まることになった。




「“リョウさん”。あれは相当な逸材よ」


 顔中に保湿シートのパックをして、ふふふっと彩音は私のベッドにうつ伏せに寝そべり不気味に笑う。


 スモークピンクのカーペットの床に体育座りをしたパジャマ姿の私は、じとっと彩音を見る。


「どういう風の吹き回し? あんなに反対してたのに」

「あれだけのイケメンだとは思いもよらなかったのよ! あれは先輩、足元にも及ばないわ! あの色気! とても一個上とは思えない。相当な修羅場を潜り抜けて来たと見た」

「修羅場って……。確かにリョウちゃんの家は複雑で、大変だっただろうとは思うけど……」

「それよ! リョウさんは不幸な境遇によって仕方なく不良になったのであって、好きで警察のお世話になってるんじゃないのよ!」


 よくもまあそこまで意見を180度覆せたものだと感心する。


 彩音のイケメン好きは知ってたけど、まさかここまでとは。


 まあ彼氏に内緒でアイドルの追っかけをしてるのは知ってるけど。


「瑠夏!」


 いつの間にか正面に来ていたパック姿の彩音に、ガッチリと両肩を掴まれる。


「私は応援する! あの国宝級イケメンはあんたに相応しい!」


 はぁ、と私は言われるがままに声を漏らすことしか出来ない。


「問題はどうやってリョウさんを悪の道から救い出すかだけど……」


 彩音の言葉を聞いて、すっと現実に引き戻される。


「私はそれで余計な発言して拒否されたんだよね……」


 リョウちゃんの家での会話を思い出して、チクリと胸が痛んだ。



『お姫様の気持ちは乞食には分からないし、乞食の気持ちは、お姫様には分からない』



「リョウさんからしたら余計なお世話ってことか。でも好きでそうしてるわけじゃないって言ってたんでしょ?」

「うん……。お母さんに出て行かれて、一人で生きて行かなくちゃいけなくなったんだよね。……リョウちゃんの家のテーブルにさ、お金らしきものがあったんだよね。それって、お母さんが残してくれたもの……じゃないのかも」

「え!? どういうこと!?」

「……何か悪いことをして手に入れてるお金、とか」


 悪い想像をしてしまう。


「カツアゲ……とか!?」

「……分かんないけど。みたいな。だってさ、お母さんが出て行ったのって最近のことじゃないみたいだし、男の人と出て行ったのにそんな大金置いていくかな? ……リョウちゃんが不良になるしかなかったっていうのは、そういう意味なのかも」

「……」

「……」


 二人で無言で顔を合わせる。


「そりゃ警察のお世話になるわ」


 ボソリと彩音が言った言葉を、私は顔色悪く聞いた。


 結局何も解決策が思いつかないまま寝る準備をして、彩音が先に寝てしまったので私は一人ベッドの中で悶々として、あまり寝付けないまま朝を迎えてしまったのだった。




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