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第29話


――神白Side――



 俺は今、少し罪悪感を覚えている。


 目の前には肩のあたりで毛先を切り揃えた茶髪ボブヘアのスレンダーな女性。

 彼女とは大学の帰りに偶然出会ったのだが、少し挨拶を交わすだけで済ませるつもりが、喫茶店の二人席に腰掛けているこの状況に。


「尾崎さん、でしたよね。話っていうのは……」


 目の前の彼女は、メニューにおとす目をチラリとこちらに向ける。やや茶色がかった不思議な色の瞳を。


 その口角は上がっている。


「その前に注文しちゃいません? 店員さん待たせたら悪いし」


 そしてにっこりと笑う。


 今時にしては珍しい、アンティークな喫茶店。カフェではなく、喫茶店。珈琲に定評があるそうだ。

 偶然近くにあったので入ったのだが、雰囲気はなかなか良い。


「そうですね」


 スマホで注文するタイプでなく、店員が直接注文を取りに来る形式なので、彼女はそう言ったのだろう。店員がカウンターの方でこちらをチラチラ見ながら様子を伺っている。


 先に注文を済ませて、話に入る。


「話の前に、少し。私、まどろっこしいのは嫌いなので、単刀直入に言わせてもらいますね。もしかしたら不快に感じるかもしれませんけど、その時は遠慮なく言ってください」


 彼女は淡々とした口調で言う。


 このセリフを聞いただけで彼女の性格がある程度見える。本郷さんの親友だと言っていたが、なるほど。彼女は本郷さんとは随分性格のタイプが違うようだ。 


 彼女に喫茶店に誘われた時は、もちろん戸惑ったし断ろうかと思った。彼女の親友とはいえ、女性と二人きりでお茶をするのは気が引けたからだ。


 それでも誘いに乗ることにしたのは、本郷さんと“あの人”について話があると言われたからだ。



「私は、あなたがリョウさんに勝てるのか、疑問に思っています」



 そして彼女は今、まさに俺が悩んでいることを言い当てるかのように、ズバリと言うとさらに続ける。


「瑠夏とリョウさんのこと、どこまで知ってます?」


 あまりに直接的な言葉を使う彼女に圧倒されて、少し躊躇いがちに返事をする。


「大体の内容は、瑠夏……さんから聞いています。それが全体のどの程度なのかは分かりませんが」


 俺は本郷さんから聞いた内容を彼女に話す。


「やっぱり。肝心なことを何も言ってませんね。付き合ってたらいずれぶつかる壁なのに。ハッキリ言って、瑠夏の中のリョウさんの存在は強大で、簡単には勝てませんよ。まずは敵がどんな存在か、知りたくありません?」

「知りたいです!」


 言葉が口をついて出る。


 ずっと疑問だった。彼の行動の不可解さが。




 ――そして数分後、彼女が知っている限りの二人の過去についての全てを聞いて、理解してしまった。



「……」



 親からの虐待、不良になったこと、元交際相手の死、そして、本郷さんとの別れ……。



 とんでもなく重い、彼女への深い愛情を――――。



「瑠夏のことだから、リョウさんの背景については詳しく触れなかったんだろうなと。でも、それを知らずにリョウさんと瑠夏の関係を理解することは出来ないから」 

「……そうですね」



 体が震える。



『俺、結婚願望とかゼロだから。恋愛は一生その場限りの軽いやつだけのつもりだし。ルカはそーゆータイプじゃないから。君の方がルカを幸せに出来るよ。がんばってね』



 彼のセリフが脳裏にぎる。



 キスを邪魔されたことも。



 彼は、俺とは全く違う人生を歩んできている。でも、その心情を想像出来ないほど俺は子供じゃない。



 彼は本郷さんを愛しているからこそ、彼女から離れたのだと理解して愕然とした。




「それを踏まえて、瑠夏と付き合って欲しいんです。差し出がましいことだとは思いますけど、あなたが事情を知らないのはフェアじゃないと思って。瑠夏は今後、リョウさんと会うたびに苦しむことになるだろうから。瑠夏を、支えてあげてください」


 

 彼女の思いを、真摯に受け取る。



「分かりました」


 


   ◇◇◇




――綾音Side――


 

(さてと、)


 なかなかセンスのあるイタリアン風の外観の店には、『Luminous(ルミナス)』という文字が書いてある。


(ここがリョウさんの店、か)


 躊躇わずにカランカランと扉を開ける。


「いらっしゃいませー」


 平日の夕方五時前だというのに、店は混んでいる。


「一人で」

「お一人様ですね。カウンター席でもよろしいですか?」

「はい。飲みたいので、むしろその方が」

「バーの方をご利用ですね。かしこまりました。こちらへどうぞ」


 金髪のなかなか可愛い顔をしたボウヤに連れられて、カウンター席に向かう。


(へー。お洒落じゃない。節々にこだわりが感じられる)


 歩きながら、店内を見回して感心する。リョウさんが内装のコーディネートに関わったなら、いいセンスしてるわ。


「繁盛してるんですね」

「ありがとうございます。おかげさまで」


 席について、可愛い顔をした金髪ボウヤはにっこり笑ってメニューをこちらに渡すと、お辞儀をして一旦奥へと下がっていく。


(高校生かしら) 


 幼い顔立ちだけど、礼儀はきちんとしているし、案外歳は近いのかも。


 そう思いながら周囲を見渡してみるけど、リョウさんらしき人の姿はない。


 少しすると、金髪ボウヤがいくつかの料理を客の元に届けて、その足でまた別の客のレジを済ませた後、注文を聞きに来る。


(うわぁ忙しそ〜)


 そこまで広くはない店でも、これだけ席数があれば一人で回すのは大変だろう。


(他に店員いないのかしら)


「あの〜、店長は?」


 金髪ボウヤに聞いてみる。


 すると、ああ、と何故か納得するようにボウヤは言う。


「すみません、店長は今休憩を取っていて」


 その顔を見て思った。リョウさん目当てで店に来たミーハーな客と思われたな、と。


 ま、あるイミそうなんだけど。


「あ、私、ちょっとした知り合いで。いつ頃戻って来ます?」


 そう言うと、ボウヤは少し困った顔になった。


「あー……日によって違うのでちょっと分からなくて。申し訳ありません」


 あー。こう言う客が他にもいたか、と察した。


 じゃあいいです、と言って、適当に料理と飲み物を注文した。『飲みたい』と言っておいたから、長居してもおかしくないでしょう。


 リョウさんが戻って来るまで待つつもりで、料理を食べ終わった後もカウンターの隅で一人お酒を煽っていると、奥からコック姿のいかつい大男が出てきて思わず二度見してしまった。二メートルはあるんじゃない!? 他のカウンターに座る客も同じように彼を凝視している。


 金髪ボウヤが彼のことを『石島さん』と呼んでいるのを聞いて、なーんか聞き覚えがあるような? と思う。


 すぐに奥に引っ込んでしまったから、まあいいやと思い出すのを諦めたんだけど。


 八時まで粘って、ようやくリョウさんが姿を現した時には、かなりのグラスが空いていた。


「あ。リョウさん」

「……あれ? どっかで会った?」


 飄々と何食わぬ顔で奥から現れたリョウさんは、他の客の相手をしながら近付いてきて、隅に座る私を見つけた。


 髪が伸びて、さらに大人っぽい雰囲気にアップグレードされたリョウさん。


 私の顔を覚えてるのかどうなのか、怪しいけど。だってほとんど面識ないんだから。私はバッチリ覚えてるけどね! 

 どちらかというと今のは、お客の女の子にとりあえず言っておくセリフ的な。

 でもまあいいや。


「お久しぶりで〜す」


 うーっすという飲み会のノリでグラスを掲げる私に、リョウさんは水を入れてくれる。


「飲み過ぎじゃない? 大丈夫?」

「だいじょぶでぇ! いや、だいじょぶです」

「何言ってんの?」

 

 ぷっと可笑しそうに笑ったリョウさんの顔は、天上界の神かというほどの神々しさだった。


(やっぱ神だわ〜)


 うっとりとそのミカエルの如く美しい顔面を眺める。あ、ミカエルは天使だった。


 リョウさんの背後に、美しい天上界の風景が見える。


 やばい。思考が現実逃避し始めた。


 早いとこケリつけないと。


 入れてくれた水を一気飲みして、リョウさんに話しかける。


「リョウさん、忙しい?」

「うん、まあまあね。なんで?」

「ちょっと話したいなぁと思ってぇ」

「じゃあちょっと待ってて。お客さん捌いてくるから」

 

 リョウさんはそう言って、一旦奥に引っ込んで料理を両手に持ち、テーブル席に持って行く。

 その後カウンター席の客にカクテルを作る。


 思わずおお、と思う手さばき。


 これは相当修行したな。


(リョウさん、あの時はバーテンダーの修行してたのかな?)


 瑠夏と行った裏通りで、リョウさんを見かけたことをふと思い出す。


「ねぇ、リョウちゃん。あたしもリョウちゃんと喋りたい〜」


 同じくカウンター席に座るOLっぽい二人組のお姉さんたちのうちの一人が、リョウさんに甘えるように話しかけた。


「いいよ。でも順番ね〜」

 

 チラリとこちらを見るお姉さんの目が完全にライバルを威嚇するソレで、何を勘違いしてんだか〜と思いながらも、


「いいですよ、そちらに譲ります」


と、おおらかな人を装ってみた。


 あの人たちの前で瑠夏の話出来ないし。


 するとお姉さんはゴキゲンになって、リョウさんと話し始める。


 彼女は〜とか、休みの日は何してるの〜とか、ナンパしに来たんかいというようなくだらない話ばかり。


(しょーもな。早く終わらないかな)


 リョウさんも大変だ。お客さんだからいちいち相手しないといけないし。うまく躱してて流石だけど。


 ホストのようにチャラくなってるのは、この四年遊び尽くしたからかな、と想像する。瑠夏から聞いたリョウさん像は、そんなじゃなかった気がするから。


 さすがに九時を回ると、客足は少なくなってきた。平日だしね。


 十時まで粘って、テーブル席にチラホラと、カウンターが私だけになったタイミングで、再びリョウさんに話しかけた。酔いは大分覚めてる。

 あのお姉さんたちは、リョウさんを口説くのに失敗してスゴスゴと帰って行った。ざまあみろ。


「お待たせ。えっと〜、名前何だっけ?」

「綾音です」

「あーアヤネちゃん。なにを話したいの?」

「瑠夏について」

「……」


 さすがに誰のことか分かったのか、一瞬リョウさんは目を瞬かせる。


 そんな顔もステキ。


「あー思い出した。ルカと一緒にいた子かー。ルカがどうかしたの?」


 でもすぐに元に戻る。さすがリョウさん。仮面は外さないか。それならもう一撃。


「瑠夏に彼氏が出来て、どう思ってるのか知りたくて」


 一切オブラートに包んであげない攻撃。

 リョウさんは張り付いた営業スマイルを崩さない。

 でも、僅かに手応えありと感じた。


「君、変わってるって言われない?」

「言われます。褒め言葉と受け取ってます」


 うふふとこちらも笑顔で返答する。


「なんか、コワい空気感なんですケド」 


 いつの間にかグラスを下げに来たらしい金髪ボウヤが、私の隣で棒立ちしている。


 お子様は帰る時間なんじゃないの?


「キミ高校生? 大学生?」


 ノリで聞くと「僕、十九歳の社会人で、社員なんです」と言われた。

 そうなんだー。それは失礼しました。と心の中で謝っていると、


「本当に知り合いだったんですね。先程は失礼しました」と謝罪を返された。礼儀正しい子だ。

 聞くと、やはりリョウさん目当てで来る女性客が後を絶たないそうで、何とかリョウさんと話そうとあの手この手を駆使されるらしい。人気ナンバーワンホストか。


「“ルカさん”って、あの黒髪美人さんですよね?」


 そして何故かボウヤはそのまま話に入ってくる。コワい空気感とか言ってたくせに、なかなか大胆。


「知ってるの〜?」

「“ルカさん”が彼氏さんと初日に来店された時、店長が珍しく動揺してたので覚えてます」


 あらら。


「リョウさん、動揺してたの?」

「……してないよ?」

「してましたよ」

「……」


 食材落としたり〜皿を割ったり〜らしくないことばっかりして、あと無駄にイラついてましたと部下にバラされるリョウさんを見るのが、やだ、なんか楽しい。

 

 瑠夏と再会して、それも男の子と一緒に来店したのが、そんなにショックだったの〜? とおちょくりたいのを必死にガマンする。


 かつて私もリョウさんに怒り心頭だったんだけど、この情報だけで許せちゃうくらいよ。

 

「あの後石島さんに聞きましたけど、店長の“大事な人”なんですよね? あの人」 


 そしてさらに金髪ボウヤが追い打ちをかける。いいぞ、もっとやれ!


「アラタ。そろそろ黙れ」

「はい」


 だけどリョウさんに威嚇されて、すんなり黙りこむ金髪ボウヤ。


 “大事な人”、とな? それは今でも?


 それは穏やかじゃありませんねぇ?



 それはそうと、“石島さん”。思い出した。あの事件でサヤカさんに刺された人だ。


 瑠夏が攫われた時に危害を加えられないよう、守ってくれた人でもあるそうだ。


 瑠夏の中でいい人なら、私にとってもいい人よね。


 そして、同じ不良グループ出身の、リョウさんと気持ちを共有出来る人、か。


 なんでここにいるのか、という疑問は一先ず置いておく。


 すると突然、奥からぬっと巨人が姿を現した。


「あ、石島さん」

あらた。余計なことを言うんじゃねぇ。リョウキにとってはデリケートな問題だ」


 すごい迫力。出てきただけで圧倒的存在感。リョウさんとは違う意味での大物感がある。




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