第18話
石島が、サヤカさんに、刺された……?
あまりの衝撃的な事態に、さっきまでの雰囲気は一変してしまった。
リョウちゃんの表情は険しい。
「……悪い、ルカ。ちょっとまずい事態になった」
「うん」
不良グループの事情は私には分からないけど、人が刺されてまずくないわけがない。
もしかすると、死んでしまうかもしれないのだから。
リョウちゃんにとっての、かつての仲間が――――。
「行かないといけないんだよね。私は今日友達の家に泊まるから、ここで別れて大丈夫」
「ごめん」
「ううん」
せっかくの二人の時間だけど、仕方ない。
さっき言いかけたリョウちゃんの言葉がすごく気になるけど……。
――――その時。
リョウちゃんの手からバスケボールが落ちる。
そして、するりとベンチの上にある私の手に重ねられる、リョウちゃんの骨張った大きな手。
――――え?
気付くと、すぐ目の前にリョウちゃんの顔があった。
冬の風がリョウちゃんの前髪をサラサラと優しく撫でる。
見慣れたはずのリョウちゃんの顔は、何だか別人みたいだった。
その薄い唇が、私の震える唇にそっと触れたのを認識しながらも、私は放心したまま、動けずにその状況をただ受け入れていたのだった。
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「えーっ!! すごいすごい!! やったじゃん、瑠夏!!」
綾音の家は、公園のすぐ近くのマンションの最上階だった。
電話で話しながらラグジュアリーなエントランスまで行くと、綾音が迎えに来てくれた。そこまでの下りは何をどうしたんだったか、よく覚えていない。とにかく頭が混乱していたから。
綾音の両親は、今日は祖父母の元へ手伝いに行っていて帰らないらしい。
だから『時間は気にしなくていい』と言っていたのかと納得する。
家にお邪魔させてもらって、今日のことを全て話し終えた後の先程の綾音の反応だ。
「それにしても、タイミング悪すぎるって! その電話! リョウさんの台詞を最後まで聞きたかったぁ〜」
綾音は私の代わりに不満を吐き出してくれる。私もそう思ってた。
「まあでも! キス出来たんだからそれはそれで良かったのか」
軽く口にされるだけでその事実を再認識してしまって、顔が熱くなる。
本当に、私はリョウちゃんと――――。
「これで決定的だねー! リョウさんはサヤカさんよりも、瑠夏の方に気持ちがあるってことが」
サヤカさんよりも、私の方に……。
ぼっとまた顔と体が熱くなって、両頬を両手で包む。
赤飯でも炊く? とか言って茶化してるけど、綾音が本当に喜んでくれているのが分かる。
やっぱり、綾音が正しかった。
あの時、無理矢理にでも連絡を取って良かった。
勇気を出して、サヤカさんのことを聞いて良かった。
もし躊躇していたら、今の状況にはなっていないのだから。
「次会った時は告白出来るねー! もしかしたらリョウさんの方が、はっきり言ってくれるかもよ? きゃー!」
自分のことのように興奮する綾音を見て、何だか愛しい気持ちが膨らんでくる。
「綾音のおかげだよ! ほんとにありがとう」
えへへっと顔を見合わせて笑う。
「……ところで、リョウさんの方の事情はどんな感じかな?」
「……どうだろう。刺された人の状態によるかな。重体なら大変だし……。流石にニュースになりそうだね……」
事件の話になって、スッと頭が冷静になる。
そんなことがあったのに、恋愛ごとで喜ぶなんて不謹慎だったのかもしれない。私にとっては、大事件ではあったんだけど。
「サヤカさんが刺したってことは、警察に捕まるのかな?」
「……さあ。リョウちゃんは、まずい事態になったって言ってたけど……」
「そりゃあまずいわ。グループ解散の危機じゃない?」
「厳密には、今はリョウちゃんとは別のグループみたいだけど、どうなんだろう」
いくら綾音と不良グループについて話していても、どちらも何も事情を知らないのだから、想像の域を出ない。
ただ、あの石島という人が、回復することを祈るだけ。
この事件が、私たちの運命を大きく変えることになるとは、この時の私には知る由もなかった――――。




