第17話
「実はさ、俺母親の彼氏から暴行受けてて、家に帰りたくなかったんだよね。だから遅くまでバスケしてたの」
コートの脇にあるベンチに並んで座って、リョウちゃんは重い内容を軽い口調で話す。
周りには誰もいなくて、しんと静まった公園の中には、私たち二人だけ。
公園の周りには綺麗なマンションがいくつも建っていて、治安の良い地域であることが雰囲気ですぐに分かる。
「ルカが一緒にバスケしてくれて、嬉しかったんだ。その時だけは嫌なこと忘れられて、救われた気がした」
「……」
私は、何て言っていいか分からなくて、黙って話を聞くことしか出来なかった。
私にとっての幸せな思い出は、リョウちゃんにとって辛い記憶と繋がるんだと思うと、胸が痛くなる。
暴行を受けていたなんて、全然知らなかった。
だって、私の前でのリョウちゃんは、いつだって明るかったから――――。
リョウちゃんは、そんな小さな頃から、泣き言一つ言わずに一人で耐えていたんだ。
私は泣きそうになって、居た堪れなくて、ギュッと制服のスカートを掴む。
すると、リョウちゃんは途端に声色を変えて言った。
「それがさぁ、年齢上がるとルカのファンがすげー陰湿な嫌がらせしてくんの。あれめっちゃムカついた」
「……えっ!?」
「あ、知らなかった? ルカ人気だったからさー。中学なんて、すごかったよ。ルカのファンクラブ」
……なにそれ。全然知らない。
身に覚えがあるとすれば、バスケの試合の時には必ず不良の応援団が駆けつけてくれていたことくらい。
試合会場の中で、明らかに異質だった、あの。
「じゃ、じゃあ、私から距離を取ってたのって、そのファンクラブのせいだったの!?」
「んー、まあそれもあるけど、距離取ってたのはルカの方もじゃん?」
「私!?」
「うん」
……確かに、不良と絡むようになったリョウちゃんには何だか近づき難くて、遠巻きに見ていただけだったけど。
でも、それまでは別に私からは距離を取っていたつもりはないような。
「あ」
思い出した。
小学校高学年の時、リョウちゃんと同じ学年の怖い女子生徒たちに呼び出されて、『リョウキくんに近付くな』って言われたことを。
何で今まで忘れていたんだろう。
私はあははっと笑う。
「どーしたの?」
「思い出したの。私も同じ理由で、リョウちゃんから離れたこと」
その女子たちの話をして、リョウちゃんは「あーアイツらか」と言って、口をへの字に曲げた。
どこにでも、そういうことをする人はいるようだ。
長い間凝り固まっていたものが、解れていく感覚。
心地の良い空気が、私たちを包んでいるような、そんな気がした。
それから子犬のシロの話もした。
リョウちゃんは、あの時のことをはっきり覚えていた。
私が獣医の話をすると、
「あ、やっぱり? やっぱすごいな、ルカって」
と、大きな目をキラキラさせて言う。
「すごくはないよ。ただ、ずっと思い続けるのが、得意なだけだよ」
リョウちゃんへの、気持ちのように――――。
「いや、なろうと思ってもなれないヤツの方が多いんじゃない? そーゆーのって。よくわかんねーけど」
季節的にもう冬だけど、心が温かいからか、全然寒くない。
どころか、少し熱い。
「ねぇ、ルカ」
少し間を空けて、リョウちゃんがバスケボールを持ったまま、改まった表情でこちらを見る。
「……何?」
吸い込まれそうな目に、ドキリとする。
「さっきの、どういう意味?」
「……え?」
「今でも、俺がサヤカのことが好きか、気になるの?」
心臓が、ビクンと跳ねた。
リョウちゃんの真剣な目が、何だかいつもと違って、熱を帯びているように見えて、私は正気を失いそうになる。
「……」
「俺は……」
♪♫♪♫
突然、静かな公園に着信音が響く。デフォルトで入っている定番の音楽。
ビクッとして、リョウちゃんと目を見合わせる。
「…………誰だよ」
リョウちゃんはイラッとしたように、バギージーンズのポケットからスマホを取り出す。
画面を見て、しばらく出るかどうか悩んでいるようにスマホを睨んでいたけれど、はぁと息を吐いて、電話に出る。
「おう。――――あ?」
そして、話を聞いているうちに、みるみる顔色が変わる。
何だかただならぬ雰囲気。
電話を終えたリョウちゃんの顔は、あの時倉庫で見た顔と同じだった。
「……石島……元仲間が刺された」
「えっ!?」
石島……って、あのスキンヘッドの大男……?
私を助けてくれた、あの――――。
あの人が、刺された!?
その後のリョウちゃんの言葉に、私はさらに耳を疑った。
「――――サヤカに」




