第14話
「よし! じゃあさ、今からリョウさんに連絡してみよう!」
「えっ!?」
綾音はまた突拍子もないことを言う。
「だぁってさ、いつまでも連絡を避けてたら、縮まるモンも縮まらないでしょ」
「そ、今からって、こ、心の準備が」
「だーから、電話しろってわけじゃなくて、じっくり考えてメッセージを送ればいいんじゃん?」
「そ、そんなこと言われても」
私はうーんと頭を抱えてしまう。
あの一件から、まだ三日しか経っていない。
リョウちゃんを取り巻く状況がどうなったか分からないし、別れ際のリョウちゃんの表情を思い出してしまって、連絡を無視されてしまうんじゃないかっていう恐怖もある。
リョウちゃんは、明らかに私に関わって欲しくなさそうだった。
このまま関係を絶とうと考える可能性だって、無くはないと思えてしまう。
今朝の夢も思い出す。
もし、リョウちゃんからハッキリと別れを告げられてしまったら――――。
「で、出来ない! 今は無理だよ!」
少し大きな声で私が言うと、綾音は真面目な顔で、
「スマホ貸して」
と言って、上を向けた手のひらをこちらに差し出して来る。
「え?」
「スマホ。出して」
「な、何で?」
「私が文章考えたげる」
「い、いいよ!」
「ダーメ! このまま逃げ続けてどーするの!? リョウさんの全てを手に入れたい♡とか言ってた癖に(言ってない)! ダメ元でも連絡取らなきゃ、グズグズしてるとサヤカさんって人とより戻されちゃうよ!?」
……う。
それは嫌だ。
ズブリと核心を突かれて弱気になった私は、しぶしぶメッセージ画面を開いたスマホを綾音に渡す。
そういえば、『男は追っかければ追っかけるほど逃げたくなる生き物なの』とかなんとか言ってなかったっけ?
「考えるだけだからね!?」
念押しする私を尻目に、『いい子、いい子』と言いながら、慣れた手つきで人のスマホを操作する綾音。
「あ。送信しちゃった」
ペロッと舌を出しながら、明らかな確信犯は、用済みになった私のスマホをはい、と返してくる。
ある意味お約束なのに、なぜ渡してしまったのだろうと後悔する。
「ええっ!? ちょっと! 何て送ったの!?」
慌てた私の言葉に、綾音は悪びれもせず答える。
「『話したいことがあるから、今日会えないかな?』って」
「はぁっ!? 『話したいこと』って何!?」
「それは自分で考えなさいな」
「もー! 無責任!!」
私が涙目で返ってきたスマホを握りしめていると、ブブッとバイブが鳴った。
通知を見るとリョウちゃんからの返信だった。
「や、ちょっ、どーしよ……」
「開いてみてよっ。早く早くっ」
無責任に楽しそうな綾音をキロリと睨んで、私は恐る恐るメッセージを開く。
『いいよ』
リョウちゃんからの返信はたった一言だけだった。
それでも、私の心臓はビクンと弾む。
「『いいよ』だって! 良かったじゃん、瑠夏!」
スマホを覗き込んだ綾音が歓喜する。そんな綾音にムッとした表情で言い返す。
「良くない!! 『話したいこと』なんてないから!」
「ほんとに? 話したいこと、ないの?」
意味深な目線を送られて、うっとなる。
いや、言いたいことは沢山あると言えばある、んだけど。
そして肝心なことを思い出す。
「そ、そうだ! 今日、って学校の帰りはお母さんが迎えに来るから会えないよ」
「うちに泊まりなよ。リョウさんにはうちの最寄り駅まで来てもらえばいいじゃん。ちょうど金曜だしさ。瑠夏のママには、私から話したげる」
綾音は間髪入れずにとんでもないアイデアを出す。
こういう時の頭の回転速度で、綾音に勝る者はいないと思う。
確かに、それなら問題なくリョウちゃんに会えそうな気がする。
(で、でも、一体何の話をすればいいのよ!?)
悩みに悩んで、あっという間に放課後が来てしまった。
あれから少しリョウちゃんとやり取りして、放課後に綾音の家の最寄り駅で待ち合わせをすることになった。
「あ、尾崎ですー。先日は泊めていただいて、ありがとうございましたぁ。実は、母がぜひ瑠夏さんをうちに招待したいって言うもので。はい。はい。いえいえ! うちとしては大歓迎で! はい。ありがとうございます! またぜひお邪魔させてくださいっ。それでは……」
私のスマホでつつがなくお母さんと電話した綾音は、ピースサインを送って来る。
私が綾音の家に泊まって良いか、確認の電話をした後のことだ。
綾音から再びスマホを受け取って、お母さんからのオッケーをもらう。
お母さんは、全く何も疑っていなかった。
(さすが綾音)
綾音の言うとおり、トントン拍子に事が進んでいく。
その後、学校の最寄り駅から、綾音の家の最寄り駅まで電車で移動した。
待ち合わせ時刻よりも随分前に駅に到着したんだけど、それでも心臓のドキドキはすでに最高潮だ。
「ねぇ、何を話せばいいと思う!?」
「知らない」
私の必死の質問を、綾音は素っ気なく切り捨てる。
(うう。酷い……綾音が言ったことなのに)
あれからいろいろ考えたけど、私の『話したいこと』が分からない。
一体何をリョウちゃんに話せばいいの!?
「ヒント。瑠夏がリョウさんに一番伝えたいこと」
唐突に、綾音が人差し指を立てて言う。
(私が、リョウちゃんに一番伝えたい……こと?)
「……って、何!?」
「んも〜、瑠夏ってば、勉強は出来るのにそういうとこ、お・バ・カ・さん」
ピンとおでこを指で弾かれる。
何だか古風な表現……とか思いながらも、私の頭にはさらにハテナが浮かぶ。
「だ、だって、私がリョウちゃんに一番伝えたいことが何なのか、ほんとに分からないんだもん」
何を言っても、リョウちゃんに線を引かれていることには変わりない。
本当は、リョウちゃんが離れて行ってしまうのが怖い。
だから、今以上に何かをしたくないと思ってしまう。
下手なことをして、さらに距離を取られたくないから――――。
「瑠夏の本当の気持ち、リョウさんにハッキリ伝えなよ」
仕方ないなぁという表情で、綾音が言った解答を、私は呆然と聞く。
私の……本当の……気持ち?
って……まさか。
「告白しろってことっ!?」
思わず大声を出してしまい、周囲を見回して口を噤む。
「それしかないでしょ? 逆にそれ以外に言うこと、ある?」
あまりの衝撃に、体の力が抜けていく。
そんな。
面と向かって告白しろ、なんて。
「で、出来ないよ!」
「じゃあサヤカさんにとられて終わり、だね」
綾音の言葉は容赦ない。
どんどん容赦なくなって来る。
「聞くけど、リョウさんが瑠夏に『繕った綺麗な姿だけを見せる』のは何でか分かる?」
前に私が言った言葉を借りて話す綾音の大人びた横顔が、いつになく真面目で、私は様子を伺うように上目遣いになってしまう。
「そ、それは、私を妹みたいに思ってる、から?」
「瑠夏自身が《《そう》》だから、じゃない?」
こちらを見た真顔の綾音にドキリとして、何も言えずにいると、
「じゃ。私はそろそろ消えるから。頑張ってね〜。時間は気にしなくていいから」
と、ヒラヒラと手を振って、本当にどこかへ行ってしまった。
『瑠夏自身が《《そう》》だから、じゃない?』
綾音の言葉が脳に響く。
私自身が、繕った綺麗な姿だけをリョウちゃんに見せている……?
リョウちゃんが、私に見せているように……?
ますます頭が混乱する。
リョウちゃんとの待ち合わせにはまだ時間があるけど……中途半端な時間に一人取り残されるのは、あれこれ悪い想像をしそうで心細い。
刻一刻と待ち合わせの時間が近付いてきて、心臓のドキドキが止まらない。
もう周囲を見る余裕もない。
今日はジャージでなく、スカートの制服姿なので、ふくらはぎの半ばから膝上までの露出した脚が冷えて、震えてくる。
リョウちゃんに告白?
そんなこと、出来るわけない。
だって、小さい頃から一緒にいて、リョウちゃんは私がそんな風に思ってるなんて、全然考えてないはずだから。
そんな私から告白なんてされたら、リョウちゃんはきっと困惑する。
ただでさえ距離を取られてるのに――――。
人前じゃなければ、思いっきり頭を抱えて座り込みたい。
それほどに、私の精神は限界に達していた。
――――その時。
「ルカ?」
背後から、リョウちゃんの声が。
途端に緊張のあまり、故障したロボットのように、私の体はショートしてしまったのだった。




