第1話
コンテスト用に書いた恋愛小説です。
全く違う作風の作品を書きたくて挑戦してみました。
よろしければチラ見していってください。
早く長編の続きを書けって感じですが、それは言わないでください(泣)
幼馴染のリョウちゃんは不良になった。
葛木 凌輝
一個年上で、幼稚園のボスザルで、いつも私を守ってくれていたリョウちゃんは、今は良くないことで街を賑わせるとんでもない不良だ。
地元の警察も、リョウちゃんら不良グループには手をやいているそうだ。
そんな私は、昔からリョウちゃんに恋をしている。
だって、リョウちゃんはいつだって私のヒーローだったから―――。
「いけいけー! 瑠夏! それ! レイアップシュー……イエェェェェッ!!!!」
上手くシュートをキメて、チームメイトとハイタッチする。
中学の三年間続けたバスケ。部活ではキャプテンを勤めて、全国大会にも出場した。
中学の部活仲間はバスケの強豪校に進学した子が多かったけど、私は進学校へ行った。
私には夢があるから。
獣医学部に入って、動物のお医者さんになる夢。
「しょうらいのゆめは、どうぶつのおいしゃさんになることです。あと……」
幼稚園の頃の夢の発表会。
『あと……なんだよー!』
言いかけて沈黙した私は、みんなに一斉に突っ込まれた。
『あと……』の後に続くのは……その場にいなかった『リョウちゃんのおよめさん』。結局口には出来なかったけど。
その夢は……今のところ遥か彼方の夢物語だ。
学校を辞めたリョウちゃんと、進学校へ行った私。
接点は、今でも家が近所、というだけ。
試合が再開して、早くもパスが回ってきて、リョウちゃんのことなんか、頭から消え去ってしまう。
でも、何度忘れても、忘れても、あの頃のリョウちゃんの傷だらけの笑顔が、懲りずに頭に浮かび上がってしまう。
幼稚園のいじめっ子たちに囲まれて、スカート捲られたり、鞄を取り上げられたりしてた時に、颯爽と駆けてきて、その時の大将だったでかい図体の男子と闘っていじめっ子たちを蹴散らしてくれたリョウちゃん。
『ケガない? ルカ』
その瞬間、幼い私は恋に落ちた。
あの時のあの台詞と笑顔を、私はたぶん、一生忘れない。
「瑠夏! 大活躍だったじゃん! さっすが元北中バスケ部キャプテン!!」
試合が終わって、クラスメイトの彩音が駆け寄ってくる。
「しっかし勿体ないなぁ、君! なぁんでバスケ強豪校に行かなかったのかね!?」
彩音の失礼な発言に顔を歪ませて抗議すると、彩音はごめんごめん、とチームメイトたちをチラチラ見た後、そそくさと観客席に戻っていく。
彩音は土曜講座の後、わざわざ試合を観に体育館まで来てくれたのだ。
それは嬉しいんだけど、ちょっぴり失言にはヒヤヒヤする。
大差で練習試合に勝って、顧問の先生が県大会も夢じゃないなと言う。
そう。うちの高校のバスケ部はそんなに強くはない。
強豪校へ行った中学のチームメイトたちと渡り合うことは出来ないだろう。
でも、私はバスケよりも、獣医になる道を選んだ。
高校を卒業したら、もうバスケはしないかもしれない。最後の悪足掻き(わるあがき)で、バスケ部に入った。
試合の帰り道、彩音と駅までの道を歩く。
「しっかしさぁ、瑠夏みたいな子に彼氏がいないなんて、世の中の男どもは一体どんな目ぇしてるんだろねぇ」
彩音は腰を屈めて、顎に手をやり、じろじろとこちらを見る。
いつも思うけど、彩音の仕草はかなり演技がかっている。発言も。
まあ元演劇部部長だから仕方ないのか。中学の頃は賞をもらったことがあるくらい、彩音には舞台演技の才能があるから、大げさな身振り手振りが身に染み付いてしまっているのかもしれない。
彩音は勉強も出来るし、容姿も端麗で完璧な女の子だ。運動は苦手だけど。
母親が看護師で、将来は同じ道を辿りたいのだそうだ。
私にバスケの強豪校どうのと言うのなら、彩音こそ演技の道に進まなかったことをツッコミたい。
ちなみに彩音には大学生の彼氏がいる。
「あ。分かった! 高嶺の花すぎて手が出せない腑抜けばっかりなんだぁ! アハハッ」
「そんなことないよ。私に色気がないだけだって」
「まーたまた、謙遜するのも嫌味だよ? 可愛い、運動神経抜群、成績優秀、胸がでかい、優良物件過ぎるでしょ」
「そんなことないって」
褒められるのは苦手。
なんて言ったらいいか、分からない。
「美人、演技力抜群、成績優秀、モデル体型、って言われて、彩音ならどう返す?」
「えええー! ありがとー! 分かってても改めて言われると嬉し〜い♡ って返すかな?」
「そ、そっか」
彩音の性格は私と全然違う。
だからこそ、毎日新鮮で勉強になる。
私も、彩音みたいに素直な性格だったら良かったのに。
そしたら、毎日リョウちゃんに会いに行けたかもしれない。
距離が出来ることも、なかったかもしれない。
彩音と電車で別れて、最寄り駅から家までの道を歩く。
商店街を通り過ぎて、団地の近くまで来る。
リョウちゃんの家がある団地。毎日の通学路。
少し肌寒くて、紅葉した木の葉が植え込みの周囲に積もっている。まとまっているから、誰かが掃除したんだろう。
古びた団地の建物は三棟あって、塀はない。手前から一棟、二棟、と順番に通り過ぎていく。リョウちゃんの家は三棟にある。
私の家は、この先の住宅街にある一軒家だ。
三棟の近くの歩道を通った時、何となく団地の方に目をやって、体がビクッと跳ね上がる。
なぜなら、団地の建物と植え込みの間の道路に、ベッタリと赤い血の跡がついていたから。
「え……!?」
何かを引きずったように、血の跡は続いている。
その先に視線を這わせて、「ひぃっ」と思わず声が出た。
植え込みの中に、男の人が倒れていた。
「だ、だ、大丈夫ですかっ!?」
怖いながらも、そんな場合じゃないと急いで駆け寄る。
仮にも(獣)医学部に進もうという人間が、このくらいでビビってはいけないと自分に言い聞かせ、男の人の意識があるかを見ようと顔を覗き込むと、見覚えのある綺麗な造形が目に飛び込んできた。
「リ、リョウちゃん!?」
「ん……」
僅かに瞼が動いて、リョウちゃんらしき男の人は呻いた。
「しっかりして!! 何があったの!?」
見ると額と鼻と脚から血を流している。鼻の血はまだ完全には止まっていなさそうだ。額の傷は深くなさそうなので、道路の血は鼻血と脚からの血だろう。
「め……」
「『め』!?」
「し……」
「え!? め……し……?」
「腹……減った……」
ぐうううう〜
直後、辺りに熊の唸り声のような音が鳴り響く。
周囲には人気がなくて、その轟音を私一人で聞く。
(もしかして、お腹が減って倒れた拍子に怪我して血溜まりを作ったの!?)
私は唖然としつつも、冷静に対処せねばと立ち上がる。
「も、もう! とにかく家に入らないと! ほら、立って!」
素早くジャージのポケットに入っていたティッシュを取り出して、リョウちゃんの両鼻に詰める。せっかくの美形が台無しだけど、仕方ない。
リョウちゃんの腕を自分の肩に回して、何とか立たせる。リョウちゃんは私に寄っかかりながらも歩いてくれたので、そのままリョウちゃんの家まで二人三脚のようによろよろと歩いた。
小柄ながらも毎日筋トレもしているし、鍛えているつもりだけど、やっぱり自分より一回り以上大きな男の人の体は重い。
リョウちゃんの家は、三棟の一番手前の階段を上がった三階にあって、塗装の剥げた手すりを掴みながら、懸命に階段を上った。三階に着くと、向かい合わせに扉が二つあって、左側の扉のノブを回すと、鍵が開いていたのでそのまま力任せに扉を開ける。
「すみません! どなたかいませんか!?」
リョウちゃんを支えたまま玄関で呼びかけるが、応答がない。
部屋の中はしんとして、人の気配はしない。
ひどく散らかっている様子で、空き缶がそこら中に転がっている。
「誰もいないよ?」
突然、耳元でリョウちゃんが囁くように言ったので、思わずヒャッと背筋を伸ばした拍子に、肩に回したリョウちゃんの腕を離してしまい、リョウちゃんは私から滑り落ちるように玄関に転がった。
いたた……と言いながらもリョウちゃんは立ち上がらず、そのまま寝そべってしまった。
「た、食べ物はある!? あるなら私はもう帰るね!?」
「……なぁんにもない」
「……」
狭い玄関の床に寝そべったまま、幅の広い横目でリョウちゃんは動揺する私の心を見透かすように、じっとこちらを見つめて言う。
「な、何にも!?」
「うん。なぁんにも。ついでにだぁれもいない」
「おばさんは?」
私はリョウちゃんの母親を思い浮かべる。明るい茶髪ロングヘアで、いつもミニスカを穿いていたお母さん。そういえば、幼稚園の頃以来見かけていない。リョウちゃんの家は母子家庭で父親はいないらしい。
「ずーっと前に出てった。金だけ置いて。男と。俺は、ずっと一人ぼっち」
またもやじーっと見つめられて、うっとなる。両鼻に詰めたティッシュが間抜けで、何だかほっとけない気持ちが私の心を占める。
さっきまでの動揺は少し和らいで、次第に同情が顔を出す。靴を履いたまま、寝そべったリョウちゃんの顔の真横の床に、私は腰を下ろした。
「一人……なの? 生活はどうしてるの? ……まさか、だから学校辞めたの!?」
少し前のめりになって私が言うと、リョウちゃんは寝そべったまま、うはっと笑う。幼稚園の頃と同じ笑顔で。
「質問攻めー」
ドキッとして、やっぱり私はこの笑顔が好きなんだと実感する。鼻にティッシュ詰めてても。
それにしても、すごく久しぶりなのに自然に話せてるのが不思議。
不良なのに、そんなの全然感じさせないくらい、今のリョウちゃんの雰囲気は柔らかい。
昔からマイペースな性格だったけど、こんな姿を目にすると、このリョウちゃんが本当に街を騒がせる不良なのかと疑ってしまう。
実際、悪そうな連中とツルんでるところは
見ても、リョウちゃん自身が悪さをしているところを見たわけじゃない。
大きめの黒のトレーナーに同色のダボダボの膝が破けたズボンを穿いて、母親と同じ明るい茶髪が肩までかかったリョウちゃんの外見だけを見れば、確かにヤンチャそうに見えるけど。
それでも、あの時と少しも変わらない、屈託のない笑顔がここにあった。
「じゃあリョウちゃん、うち、来ない?」
気付くと私はこう口走っていた。
リョウちゃんは一瞬、大きく目を見開く。
「ヤだ」
そして速攻で断られる。
「な、何で!?」
「だって俺素行悪いから。ルカのママとパパに嫌われるのヤダ」
“ルカ”
久しぶりの響きにじーんとする。
低くなったリョウちゃんの声。
高い身長。分厚い体。大人っぽい顔。
あの時とは外見は違うのに、中身は全く変わっていないように思えた。
家が近いから、今までも全く会わなかったわけじゃない。
小学生の頃は普通によく遊んだし、中学生になったリョウちゃんも見たし、話したこともある。
でも、不良グループとツルむようになってからは、明らかな距離が出来た。
両親も、最近は全くリョウちゃんの話をしない。
「で、でもさ、ご飯ないんでしょ? どうするの?」
「ルカ、なんか作って?」
突然の無茶ぶりに、私は仰け反る。
「え!? つ、作る!? 私が!?」
自慢じゃないけど、私は料理をほとんどしたことがない。
料理上手な母への引け目か、何となく普段はしない。
そんな私の心情を察してか、リョウちゃんは軽く言う。
「あ、出来ない? 材料もないか。じゃあなんか買ってきて。そこの机の上の金で。俺今動けないから」
リョウちゃんが寝そべったまま指さす先には低いコタツ机があって、その上に空き缶と共に茶色い封筒が置いてある。なかなかの分厚さだ。そこにもし現金が入っているのなら、かなりの金額になると思われる。
そんなものを置いたまま、鍵を閉めずに家を出るなんて、正気の沙汰じゃないと思うが、ひとまずそれは言わないでおいた。
「な、なんで私が!?」
「今までさ、付き合ってた子が全部やってくれてたんだけど、一昨日派手に別れちゃって。そっからなぁんにも食べてないんだ」
「つ……?」
唐突に、脳に電撃を食らったような衝撃が走る。同時に得体の知れぬ感情が沸々と湧き上がってくる。
『付き合ってた子』……?
一緒に住んでたってこと?
そんなの聞いてない。
……いや、当たり前なんだけど。
『一昨日から何も食べてない』というワードはもはや聞こえなかったかのように、『付き合ってた子』という言葉が私の脳内を激しく駆け巡る。
そしてそれは徐々に明確な怒りの感情に変わっていく。
「なんで私がそんなことしなきゃならないの!? 私はリョウちゃんの彼女じゃないんだから、そんなことしないよ!! 傷も大したことなさそうだし、私、帰るね!!」
部活のバッグを持って立ち上がり、私はそのままリョウちゃんを置き去りにして玄関のドアを勢いよく閉めた。