8 ミレナの新顔
「……それで、あの子はどうするの?」
夕方、エルさんが帰ってきて、俺たちはリビングでちょっとした会議を開いていた。
テーブルの端には、ミルクを飲みながらキョロキョロしているちびっこ。昨日のパン泥棒だ。
「お名前は?」
「カイルです!」
カイルは元気な声でそう答えると、エルさんはふむふむと頷いた。
「帰る家は?」
「……」
言葉を濁すカイルに、エルさんはじっと視線を向けた。でも、なにも追及せずに、柔らかく笑う。
「なら、うちにいる?」
「「えっ……!」」
俺とエイラの声がハモった。
「だって、空き部屋はあるしね。原田くんももう慣れてきたし、手伝ってもらえばいい」
「ぼく、がんばります!!」
カイルは机に乗り出さんばかりに目を輝かせた。
「ほら、エイラちゃん。また仲間が増えたよ」
「……仲間??」
「君もまだしばらく、帰りたくないんでしょ? ならうちにいればいい。その代わり、ちょっと仕事を手伝ってもらうけどね」
そう言ってエルさんは、エイラの前に紅茶のカップを置いた。
「……子どもはうるさくてあまり好きじゃないんだけど、仕方ないから面倒を見てあげるわ」
相変わらずツンデレだなぁ。
そんなことを言いながら、いつの間にかカイルのカップにミルクをおかわりしてるの、バレてますけど。
***
その日の午後から、カイルのお手伝い体験が始まった。
「よーし、雑巾がけいってみよー!」
「おー! 裕也お兄ちゃん、見ててね!」
カイルはちょこまかと動きながら、ピカピカに床を磨いていく。やる気がすごい。
でも、途中でバケツをひっくり返したり、雑巾で顔を拭いたり、見ててハラハラする場面も多い。
そのたびに、後ろからエイラがツカツカと歩いてきて、無言で手を出して助けてくれる。
「……子どもって、ほんとに手がかかるわね」
「めっちゃ面倒見てるじゃん、エイラさん」
「うるさい」
***
夜。
エルさんとともに、全員分の紅茶を用意する。
「今日は、仲間が増える味にしてみてよ」
「どんな味ですかそれ」
「飲んでからのお楽しみということで」
エルさんがイタズラっぽく笑う。
いつもなら味をイメージして魔法をかけていたが、今日は「仲間が増える味」というよくわからないオーダー。
どんな味になるのか想像もつかないが、まぁやるだけやってみよう。
俺は目を閉じて、エイラやカイル、そしてエルさんの顔を思い浮かべる。
よし、できた。
「美味しいじゃない!」
真っ先にカップを手に取ったエイラが、珍しく素直に感想を述べる。
俺も飲んでみると、ほんのり甘くて、でもちょっとだけスパイスの効いた味だった。なんか、不思議と安心する。
「ねえ、裕也お兄ちゃん」
カイルが隣で、ポツリとつぶやいた。
「ぼく……ほんとに、ここにいていいの?」
「もちろんだよ。歓迎するよ、ミレナへ」
エルさんも、エイラも、それぞれ無言で頷いた。
こうして、ちょっと不思議な宿「ミレナ」は、またひとつにぎやかになったのだった。