6 秘境の宿屋にお嬢様?
ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、真っ白なマントをまとい、長いサラサラの金髪を風になびかせる少女だった。
整った顔立ちに、スッと通った鼻筋。明らかに高価そうな装飾品を身につけている。
そしてなにより、圧が強い。
「泊めてくださるわよね? お金ならあるわ!」
「えっと、ご予約とかは……?」
「してたら言ってるわよ。さっき山道で馬車が故障したの。こんな田舎に宿なんて期待していなかったけれど、まあまあね」
なにその上から目線。
思わず口を開けてぽかんとしていたら、少女はツカツカと中に入ってきた。
「空いてる部屋は? 私は埃と虫がダメなの。
それと、ベッドはふかふかでお願い」
「……とりあえずお荷物を、お持ちしてもよろしいですか?」
「え、いいの? ありがとう」
一瞬だけ目を丸くした彼女は、すぐにツンと顔を戻した。
今、素が見えたな……?
「まずは、フロントでチェックインの手続きをさせていただきますね。お名前、うかがっても?」
「……エイラよ」
「フルネームで――」
「エイラさんですね。本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」
名字を聞こうとする前に、なぜかエルさんが口を挟んできた。
もしかしたら聞かない方がいい事情があるのかもしれない。
営業で身につけた空気を読む能力だけは1人前の俺は、余計なことは言わず、そのままエイラを部屋に案内した。
案内したのは、いちばん日当たりがよくて、掃除を終えたばかりの部屋。
俺がひと通り設備の説明をすると、エイラは「まあまあね」とか「悪くはないわ」とか、ブツブツ言いながら荷物を置いている。
気に入ったかな……?
俺はそっとドアを閉め、部屋をあとにした。
***
その日の夜。
エイラは部屋でひとり、窓の外を眺めていた。
「悪くはないわね」
そう呟いて、そっとベッドに横になる。
ふかふかの布団が、いつの間にか彼女の目元の硬さをほどいていた。
(……明日には出ないといけないわよね)
そう思いながらも、彼女の指先は、なぜか枕の端をぎゅっと握っていた。
***
ミレナのチェックアウト時間は、宿泊客の都合に合わせて融通はするが、基本的には午前10時だ。
連泊客以外は午前中にはチェックアウトを終えるし、こんな辺境で連泊する変わり者もほとんどいないので、昼食はだいたいエルさんと2人で残り物を食べている。
しかし、エイラはこの日、昼になっても部屋から姿を見せなかった。
心配になって部屋をノックしても、鍵がかかっていて返事は無し。もう少し待って出てこなかったらマスターキーで鍵を開けようかと話していたとき、エイラがダイニングに姿を現した。
彼女はすました顔で、椅子に腰掛けた。完全に連泊するムーブ。
「……おはようございます。昼食、すぐ用意しますね」
「ええ、よろしく。あと、昨日のディナーで出してくださったパン。まあまあだったけど、余らせて捨てるくらいなら、少し多く食べてあげるわ」
ツンの圧がすごい。
でも、昨日のパンの皿、多めに入れたのに空っぽだったんだよな。気に入ったのかな。
厨房で昼食を用意していると、エルさんがひょっこり顔を出した。
「おやおや、エイラちゃん、もう帰ったかと思ったけど?」
客のことを、エイラちゃん……?
タメ口だし、いつも礼儀正しいエルさんにしては珍しいな。
だが、エイラはそれについては特に気に留めることもなく、必死に言い訳を並べた。
「……馬車の修理がまだ終わらないのよ。私だってこんなところ、今すぐにでも出たいくらいなんだけど、仕方ないから、あと一晩だけ泊まってあげる」
馬車はとっくに治っている。
「ふふ、そうかい。歓迎するよ」
エルさんは笑って、ひょいっと尻尾をふった。
エイラは少し目をぱちぱちさせていた。サモエド成分にやられたか?
まぁそんなことは置いておいて、食事のあとは掃除だ。もちろん、従業員の俺の仕事。誰もいなくなったダイニングで1人モップを振り回してると――
「ちょっと、それ違うわよ。角のところにホコリが残ってる」
「あっ……え、いつからいたの?」
「最初から。雑な掃除は許せないの。私、潔癖なのよ」
そう言いながらエイラはすっとモップを取り上げ、慣れた手つきで床を拭いた。
お嬢様なのに、動きに無駄がない。ていうか、妙に手際いい。
「もしかして、掃除とか慣れてる?」
「……うるさいわね。趣味よ、趣味」
ツンッ!
でも、その耳、ちょっと赤いぞ。
「じゃあ次は食器洗いも趣味ですか?」
「調子に乗らないで!」
皿を投げられそうになって、慌てて謝った。
***
次の日の夜。
エイラはまだリビングで紅茶を飲んでいた。
「……不思議な味ね。今回の味が一番好きかも」
「ほんと! 桃のフレーバーをイメージしてみたんだ」
「ふーん。ま、悪くないわ」
いや、けっこう気に入ってる顔だな、それ。
そしてまた、何も言わずに部屋に戻っていく後ろ姿。エイラはおそらく14歳くらいだろう。中学生ほどの年齢の少女が、何泊もこんなところに1人で泊まっていていいのだろうか?