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4 はじめての魔法

「原田くん、今日はちょっと魔法に触れてみませんか?」


 朝の仕事が一段落したころ、いつものように紅茶を入れていたエルさんが、ふとそんなことを言った。


「俺が、ですか?」


 思わず聞き返すと、エルさんはコトリとティーポットを置き、うんうんと頷いた。


「せっかく異世界に来たのですから、一度は経験してみるといいですよ。向き不向きはありますが、気負わずにいきましょう」


 そう言って微笑むエルさんを前に、断る理由なんてなかった。


 ***


 中庭の一角。陽射しの当たる木陰にエルさんが並べたのは、シンプルな木のテーブルと椅子。そして紅茶のセット。


「……魔法って、こういうスタートなんですか?」


「飲みながらのほうがリラックスできますし」


 そんなもんなんだろうか。てっきり杖を振って炎をドカーンみたいなのを想像していた。

 エルさんは俺と向かい合って椅子に腰かけると、さっき入れていた紅茶を片手に、魔法の説明を始めた。


「魔法には、火・水・風・土・光・闇 の6つの属性があります。これらの属性単体で魔法を使っても構いませんし、組み合わせて使うことも可能です」


 そう言ってエルさんがパチンと両手を叩くと、突然、俺の頭上だけ雨が降った。

 いや、服びしょ濡れなんですけど……


「これが、水属性の魔法です。そして――」

 

 エルさんは不服そうな俺など気にも留めず、もう一度手を叩く。

 

「そして、これが火と風の融合。ドライヤーですね」


 あっという間に雨が止み、服も髪も元通りになった。


 おおお!! 異世界っぽくなってきたぞ!!


 俺は雨を降らされたことなどすっかり忘れ、目をキラキラと輝かせた。


「まずは試してみましょう。このカップの中に入っている紅茶を、頭の中で想像してみてください」


「紅茶を?」


「はい。具体的にイメージしてくださいね」


 うーん。想像してたよりずっと地味だ。

 でも、やってみることにした。


 俺はカップを目に焼き付けて、そっと目を閉じる。


 そういえば朝飲んだレモンティー、美味しかったな……


 数秒後。


「……あれ?」


 ふわりと、鼻先にかすかな柑橘系の香りが漂った気がした。


「レモンだ!」


 エルさんが驚いたように目を見開いている。

 

「エルさん? 俺、魔法、できましたよ!」


 エルさんは何も答えずに紅茶を手に取り、味を確認した。


「確かに、これはレモンティーですね……」


 ***


 エルさんによると、味を変えることは普通できないらしい。


 水魔法で水分量を操作して味を濃度を変えたり、闇魔法で成分の一部を消して味を変えたように見せることはできる。あるいはレモンの種があれば、土魔法と水魔法、光魔法を組み合わせて育てて収穫し、絞ってレモンティーにすることはできるだろう。

 だが、一度の魔法でそこに無いものを生み出すのは、6属性の魔法をどう組み合わせても不可能だった。


「これはすごいですね……私もたくさんの魔法使いを見てきましたが、こんなことは初めてです」


 エルさんはしばらく考えたあと、静かにそうつぶやいた。いつもなんでもお見通しのエルさんが初めてだと言うので、よほど珍しいことなのだろう。


 俺、とんでもない魔法使いの才能を秘めていたりして……?


 ――なんて自惚れかけたのも束の間。


 俺はレモンティーになった原因を突き止めるため、エルさんの監督のもと、風魔法や水魔法などを試してみることになった。


 さっきは俺の魔法の特性を見極めるために何の指示もなかったが、今度はどんなふうにイメージしたらいいかを教えてもらいながら、頭の中で思い描いていく。


 結果は、まぁ散々だった。


 風魔法は指先から小さな“ぶふっ”って音が出ただけだし、水温調整の魔法は紅茶から湯気が立ったかと思ったら急に氷が浮いてきて失敗。


 パンやシチューで試しても結果は同じで、その上、紅茶以外は味も変わらなかった。


「……レモンティーだけ、成功しましたね」


「いや、なんのスキルなんですかそれ……」


 俺は頭を抱えたけど、エルさんは「世界にはまだまだ知らないことがありますね」となぜか少し嬉しそうだった。


 *** 


 夕方、ダイニングの準備をしながら、俺はふと思った。


 たぶん、俺は異世界転生をして、この宿に来る運命だったんだろうな。

 だからきっと神様が、この宿で働いて生活するのに、必要な魔法を授けてくれたんだろう。

 

 そう思うと、少し心があたたかくなった。


「原田くん、今日の紅茶をシナモン風味にできたりしますか?」


 振り返ると、すでにカップを用意して待っているエルさんの姿があった。尻尾を左右に振り、ワクワクしているのが隠しきれていない。


「……たぶん、できる気がします」


 カップをそっと手に取りながら、俺は小さく笑った。

 華やかな魔法のある異世界だけど、宿は今日も変わらず、静かに小さな灯りをともしている。

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