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1-1 目覚ましってやつは鳴ったり鳴らなかったりする

登場人物

大道寺勇木 主人公 高校2年生


 朝、俺はペダルを踏み込み駅に向かって全力疾走中だった。自宅が山を背に街の端っこに位置するため、道中のスピードで到着時刻が変わりやすい。


 とはいえ既にいつも乗る電車は出発している時刻である。しかし、遅刻者には遅刻者なりのプライドというものが存在する。普段は使わない近道を酷使し、駅工舎へと躍り出た。


 だが、ラッシュを過ぎたはずの時間にしてはやけに人が多い。


「えー、本日如月駅にて事故がありダイヤが乱れております。復旧まで暫くお待ち下さい。えー、本日如月駅にて……」


 どうやら事故が起きていたらしい。これで正々堂々大義名分をもって遅刻することができるらしい。心中踏ん反り返り、重役気分でも味わうかと携帯に手を伸ばした瞬間、――不意に視線を感じた。


 振り向くと雑踏の奥、ひとりの女性がいた。長い銀髪に、まるで絵画から抜け出したかのような独特な雰囲気。そこだけが異世界のようにさえ感じる。


 もっとよく見ようと『力』に手を伸ばした途端に、その姿は消えていた。


「……?」


 力を行使する前に消えた。彼女は一体……。


 すると訝しむ俺の思考を遮るように、駅員の声が耳に響いた。


「臨時列車を運行致します。えー、時間は――」


 前後無人の校門をくぐり、まずは職員室に向かう。クラス替えから早一ヶ月、この春で俺もこの高校の二年生である。慣れた手つきで遅刻者名簿に名前と遅刻理由を記入する。


 颯爽と退出し歩き出すと、俯き顔の暗い女生徒がいた。嘆息し、俺は彼女に挨拶をする。


「……おはよう、遅刻魔さん」


「うぅ、違うんですぅ。遅刻じゃなくて、寝坊じゃなくて、目覚ましが……。はっ! 先輩でしたか、おはようございます」


 彼女の名前は望月(もちづき)愛依(あい)。ぴっちぴちの一年生であるが、既に今年度の遅刻回数で俺とデッドヒートを繰り広げている、見た目にそぐわぬ強者(つわもの)である。


「って、それどころじゃないんです! こ、これ以上寝坊したのがバレると、生徒指導室行きなんですぅ。せ、先輩は遅刻理由、なんて書きましたか……?」


「俺は電車の遅れって……。いや、今日はほんとに遅れてて――」


 すると「それだぁ!」と、彼女は職員室に飛び込んだ。


 早寝しているらしいが難儀なものである。まあ寝る子は育つと言うし、将来的にはいいのかな。


 あれ、でも確か望月って徒歩通学じゃなかったっけか……。


 こそこそと途中入場した授業がようやく終わった休み時間、安堵の息を吐くと隣人の秋時雨(あきしぐれ)冬馬(とうま)が話し掛けてきた。


「相変わらずの遅刻率だな、ユウ」


「好きでしてるんじゃない。それに今日は電車が遅れてたんだ。よって不可抗力。寝坊してるやつと同じにしないでくれ」


 まあ本当はただの寝坊なのだが。しかしどうして目覚ましってやつは鳴ったり鳴らなかったりするのだろうか。


「あれ、そうなの? 他の電車組は普通に来てたように見えたけど……、ってそんな話をしにきたんじゃなかったわ。アリアさんのことちっとは教えてくれよー」


「なんだ、まだそんなこと言ってるのか。知らんもんは知らん」


 アリアさんとは隣のクラスの女生徒である。長いツインテールが特徴だ。


「去年同じクラスだったんだろ、お前ら。つーかそれ以上に、お前とアリアさんが話してるところ見たっていう目撃情報が多いんだよ。なあ、俺の恋路を応援すると思ってさー」


 ……接点は外にはバレないんじゃなかったのかよ、アリア。


 なおもそう気持ち悪く懇願してくる秋時雨某。全く、新学期早々変なやつと親しくなってしまったものだ。


「なぁ、頼むよー。俺としてはやっぱ声を掛ける理由が必要で、そのために――」


 しつこい冬馬の処理に追われながら、俺は次の授業の準備を進めるのであった。


 放課後帰宅途中、老婆が重い荷物を持って歩いているのが見えた。一年前の俺なら素直に手を貸したが、今はどうも居心地が悪い。


「あら、助けないですか。あの時みたいに」


 坂城(さかき)アリア、隣のクラスのツインテールが微笑を浮かべ立っていた。


「今のご時世、若者がお婆さんの手助けをすることぐらい、普通だと思いますけどねぇ」


 相変わらず癪に来る言い方をする。そもそもの原因を作った張本人だというのに。


「もっとも、『力』を使うのは許しませんけど」


「分かってるさ……!」


 アリアの方を見やることなく強く言い放ち、俺は駆け出した。


 老婆の荷物を届け終え、夕暮れの中を歩く。ガキの頃は遊び場だった自宅横の空き地を過ぎ、荒れた庭先には目もくれず簡素な鍵を取り出した。


 この家の住人は俺、大道寺勇木(だいどうじゆうき)ひとりだけとなった。母さんは俺が生まれてしばらくして死んだ。顔は知らない。親父も十年ほど前に事故で死んだ。


 独りになった俺の面倒を、他人である隣の婆さんが見てくれた。だがその婆さんも俺が中学の時に死んだ。残されたのはこの一軒家と、大人になるまでには充分な金銭。


 いつからか定かではないが、俺には不思議な『力』がある。分かりやすく例えるのなら、それはコップに入った水だ。この力は万能で、すくって自身の身体を強化することも超能力のように自在にモノを操ることもできる。


 しかし問題点が二つある。一つ目は回復手段がわからないこと。野ざらしに置かれたコップに気まぐれに降る雨が水かさを増してくれるように、気が付いたら回復している。


 二つ目は最大容量が決まっていること。コップの大きさは決まっていて、それ以上はどうやっても増えることはない。つまり、俺にできる限界は既に決められているのだ。


 夕食時、鍋に入れた水が沸騰するのを手持ち無沙汰に待つ。高校生かつ男の一人暮らしであるが、生活に不便はない。世の中便利になったものだ。


「……って、あれ?」


 しかしいつの間に切らしていたのか、黒胡椒(ブラックペッパー)がなかった。あれがないとラーメンとしての本質を失うと自負している。すぐに沸かせていたお湯の火を止め、コートを羽織る。


 近場のスーパーまでは徒歩で十分ほどかかる。道が複雑に入り組んでいるため、自転車を使ってもそう時間は変わらない。


 最短距離である狭い道や塀の上を足早に進む。人の往来の多い道ではないため、必然的に街灯の数は減り暗さが増す。


 不意に、背後に不穏な気配を感じた。


 明らかに息を殺し気配を消している。素早く知覚強化を済まし相手の動向を探る。アリアには決して無理をしないよう釘を刺されてはいるが、そんなもの既に俺の眼中にはない。


 撒くために足に力を入れようとして、――それは消えた。


「ッ⁉」


 芯を貫かれたように振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。そして正面にはスーパーがあった。


 ……気にせい、だったのだろうか。まぁ今朝も変なやつを見たし、俺が敏感になり過ぎているだけなのかもしれない。


 最短経路で買い物を済ませ退店。しかしなんということだろうか、またもや誰かが後をつけている。


「なんなんだ一体……」


 明らかに先ほどとは違うド素人の気配。相手にするのも面倒だ。俺は来た道を戻るため、脇道へと全開で駆け出した。


「……なっ!」


 慌てて追いかけてくる二人を目視し、最短路を行く。するとすぐにT字路に辿り着いた。


 見れば、両車線から車が同時に向かってくる。普段のこの時間なら大した交通量じゃないはずだが、今はついている。


「お先ッ!」


 瞬足で渡り切ると、車が列をなして行き交う。これなら当分渡れないだろう。尾行を撒けたことに満足し、俺は帰途に就いた。

登場人物

大道寺勇木 主人公 高校2年生

望月愛依  後輩  高校1年生

秋時雨冬馬 同級生 高校2年生

坂城アリア 同級生 高校2年生

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