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08 青茶の売り込み

今回は短めです。

 学院を一日休んで、担当者と一緒に王都の第四騎士団を訪問した。

 目的は、公爵家の倉庫に眠っていた青茶の販売交渉だ。

 交易の事務手続を行うクレイという担当者では荷が重いだろうと思い、御祖父様の許可を得て私が自分で交渉に立つことにした。


 第四騎士団は、王都の外の城門や市中の重要施設を担当する騎士団で、平民と関わる事が多い。

 その為か団員も平民が多く、残りも下位貴族家の出身者で構成される。

 高位貴族家出身者はまずこの騎士団には入らない。

 近衛でもある第一や、王城警備を担当する第二のように、貴族家出身者で固められている気位の高い騎士団よりも、青茶はずっと売り込みやすいだろう。

 ちなみに第三騎士団は特殊任務に就く騎士団であり、名前だけが知られているが、団長や団員の氏名、活動実態は一切明らかにされていない。


 公爵家という爵位に敬意を表してか、ラルズ・ローレンツ騎士団長が、騎士団の仕入担当者と一緒に会ってくれた。

 ローレンツ騎士団長は子爵家の三男という出自だが、騎士団長の職位に付随して伯爵位が授けられている。組織の長には権威が無いと人がついて来ないが、王城の役職では求められる権威に本人の爵位が不足する事も多いため、職位に付随して爵位が付いている。

 その役職を引退すると、職位に付随する爵位は返上される。代わりに職務実績に応じた功績によって改めて一代爵位が授けられ、爵位に応じた俸給が支払われるそうだ。


「本日ご紹介したいのは、アジェン帝国産の『青茶』というお茶で御座います」

「茶だと? 私等は茶会に勤しむ趣味も時間も無いぞ」


 騎士団長はあからさまに嫌そうな顔をした。


「騎士団へ薦めるものですから、趣味ではなく、ちゃんと効能のあるものです。今は昼も過ぎていますから、丁度それを感じて頂けると思います。ところで閣下、食事はいつも、団員の皆様と一緒に?」

「勿論だ。団員との結束を固める為にも、食事は皆一緒に摂る」


 私の質問に、騎士団長は頷いた。


「ですが、団員の皆様はいつも訓練で体を動かしておりますが……閣下は組織の長として書類仕事も多いでしょう。団員と同じものを食べていては、胃の辺りが重くなったりしませんか。そこで、まずはこれを飲んでみてください」


 そう言って、予め淹れておいた二級茶を出す。

 同じ物を三つ淹れ、まず自分が飲んでから、同じものを騎士団長と仕入担当に飲んで貰う。


「……なるほど、ちょっとすっきりするな」

「これは、なかなか」


 騎士団長は呟き、仕入担当も頷く。二人とも。興味は持ってもらえたようだ。


「書類仕事をする方々だけで飲んでいては、他の団員からも不公平の声が出るでしょう。しかし書類仕事より訓練の比重が多い団員は数も多く、量が必要です。そこで、等級を落としたお茶も用意しています」


 次に、三級茶を淹れて出す。


「先ほどのお茶よりは香りも少ないが、これでも少しすっとするぞ」

「多少物足りないですが、飲み口はこちらでも悪く無いですな」


 二人は、まあそれなりの反応を示す。


「ただ、騎士団に賓客を招く時は、最初のお茶でも少し心許ないでしょう。そう言うお客様用に、実は等級のもっと高い物も用意してございます」


 最後に一級茶を淹れる。

 本当はこの上に特級という等級があるが、これはアジェン帝国でも王侯貴族にしか出回らない物なので、ここでは開示しない。


「む。これは……紅茶とはまた違って香りが良い」

「高位の方々を招いた時でも出せそうです」


 騎士団長と仕入担当は頷き合う。


「物は良いのは分かった。だが、一度団員達の反応も見たい。後は、価格次第だな」


「こちらが価格表になっています」


 団長が食いついて来たので、価格表を提示する。


 三級茶は価格を低めに抑えていて、利益はほとんど無い。ただし、次回以降交易量が増えるなら、単位当たりの輸送費も下がり、多少は利益が良くなる。

 二級茶は三級茶の倍の値段に設定している。

 一級茶の価格設定は二級茶の更に三倍と高額だが、販売できる量は少ない。


「お試しでという事でしたら、まずは……二級茶を二十杯分と、三級茶を百杯分、この半額でお渡しします」


「お試しの分だが、二級茶は四十……いや、五十にできないか」


 即座に、騎士団長が二級茶を増やせと言ってきた。

 書類仕事の多い面々には、胃もたれが緩和される効果に食いつくだろうという、事前の予想が当たった様だ。


「分かりました、お試しとしてその量を半額でお渡しします。仕入交渉は、お試しの後で改めて」

「わかった。それで宜しく」


 私と騎士団長は握手を交わした。


「公爵家とはいえ学院生がやって来ると聞いて、お遊びなら叩き出そうと思っていた。だが、貴方は既にやり手ですな」


 騎士団長は握手したまま、もう片方の手で肩をバンバンと叩いて来る。

 鍛えられた騎士団長の張手は中々強烈だ。痕が残らなければ良いが。


「いえいえ、閣下にそう褒めて頂いても、私はまだ若輩者ですよ。皆様が治安維持に精勤されているお手伝いが出来れば、それで光栄です」


 痛みを堪えながらそう答えた。

 


「ファルネウス様が、あれほど交渉上手だとは思いませんでした」


「こちらの目的と相手の目的を数値化して仮定して、妥協点になりそうな所に向かって条件を積み上げる。その場の交渉は、妥協点の認識合わせと微調整でしかない。本当の勝負は交渉する前に終わらなければいけない。それを、公爵家の教育で学んだだけだよ」


 帰りの馬車の中で実務担当者クレイの述べた感想に、私は返した。


 今回、等級が上の物ほど、利幅が大きくなる価格設定をした。

 一級品や、今回売らなかった特級品は、騎士団を訪れた高位貴族家の中で話が広がれば良い。

 これらは利幅こそかなり大きいが、高級感を出す為にも、あまり多くを仕入れる事はできない。

 特に、特級品は王家のみに売る想定だ。


 三級品は利幅の低い撒き餌だ。


 騎士団に本当に売りたかったのは、定期的に仕入が発生し数を捌ける割に、利幅が大きい二級品。

 濃い食事と書類仕事に胃をやられる面々にとって、手放せない茶になって欲しい。



 後日の正式な交渉では、無事、第四騎士団との定期納入契約を締結することができた。

 二級品は若干値下げを要求されたものの、毎月の納品量はこちらの想定を超え、三級品の半分を上回った。成約すればクレイにも成功報酬を出すと言っておいたので、帰り道の馬車の中でクレイはホクホク顔だ。

 ちなみに、御祖父様の許可を得て私名義の商会を既に作っており、そこを通して納品する契約形態になっている。

 そのため、この取引によって私の懐に利益の一部が入ってくることになる。


 今回の青茶の様に、売り先に困って倉庫に眠る品々の情報を留学生達から聞き、売り先を開拓していけば、私が事業を回し大きくしていると認識される。

 そしていずれ、この商会に実体を持たせ、婿入りしても交易事業の実権を握るつもりだ。


 そう考える今の自分も、きっとホクホク顔をしているだろう。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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