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03 コーネリアの受ける教育の問題

 婚約の頃には、座学は自国語や算術等の基礎を終え、私の教育は歴史と貴族系譜、領地経営、そして外国語に重きが置かれ始めた。外国語に重きが置かれたのはルハーン公爵家らしいと言えるが、私が交易に興味を示した事にも拠る。

 一方で公爵家には実技の教育もあり、そちらは小さい頃から重点を置いて取り組んだ基礎体術を終え、剣術、馬術、そして応用体術が加わった。

 今まで習っていた基礎体術はいわゆる体の基礎作りで、応用体術というのは『いかなる場面においても、危機に瀕しても生き延びるための体捌き』らしい。

 段階が進めば、船に乗っての訓練もあると言う。

 この辺りは、海洋交易を主とするこの家らしいと言える。


「これからの実技教育は当家の秘匿技術でもあるので、みだりに他人に教えぬ様にな」


 教えてくれる御祖父様からは、応用体術を始める前にそう告げられた。

 ルハーン公爵家といえば交易と言われる。交易相手国の言葉に強い事が理由に挙げられるが、それだけではなくこうした秘匿技術にも拠る部分があるのだろう。

 公爵家の教育が求めるのは『危機に瀕しても生き延びるしぶとさ』ではないだろうか。

 私はそう思って、その為に色々な知識を蓄え、状況判断を鍛え、いざという時の体捌きを鍛えている。


 婚約の際に父が『技術を盗んで来い』と私に命じたのは、このカダイフ伯爵家の秘匿技術の習得を指すのだろう。

 婿入り相手のカダイフ家が長けているという外科医療技術を学び、それを広めることも私に求められる役割なのかと私なりに理解した。



 婚約以後も、次兄や私が領地邸で過ごすのは変わらない。

 王都でのコーネリアとの交流は、手紙のやり取りで事前に会う日が決まるため、それに合わせて私が王都へ伺うことになる。

 公爵領は王都から比較的近いためそれでもあまり支障が無いのだが、教育を受ける量が増えてしまい、余り頻繁にはコーネリアに会いに行けない。

 顔合わせの時を教訓に、侍女達が私の気付かない所でコーネリアに嫌がらせをする可能性を懸念した。そこで、次は彼女を公爵邸に招く事は避け、私の方からカダイフ伯爵邸を訪問した。


 伯爵邸では、使用人達が私に向ける目線には表情が無く、歓迎されていたかどうかは分からない。

 ただ、少なくとも、顔合わせの際のフランやニアのような嫌がらせは全く無い。


 コーネリアは年末の社交シーズンに合わせて王都にやって来て、初夏が来る前に領地に戻るそうだ。彼女が王都にいる間は、一月か二月に一回程度会えそうだ。

 だが、彼女が領地に帰れば会う事が出来ず、手紙でのやり取りとなってしまう。

 コーネリアに直接会える機会はなかなか貴重なものになりそうだった。


「本当のところ、社交シーズン以外は領地に居たいのですが、嫡子教育に適した家庭教師が領地近隣では雇えなくて」


 とはコーネリアの弁。

 ただでさえ、伯爵家以下の貴族家では家庭教師になり得る人材を家臣として抱えておくのは難しい。増してや、彼女の家の領地は王都から遠く離れている。

 嫡子教育は高度な内容を含むもので、それを教えられる家庭教師は常に需要があるものでもなく、彼等彼女等が住まうのは必然的に、貴族が集まる王都とその近隣に限られる。


「そのおかげで、私もこうしてコーネリアに会う機会が増えるのは有難い。婿入りする身としては、私もカダイフ伯爵家の事をもっと学びたいのだが……家で用意されている教育がなかなか厳しくて、カダイフ領まで行く時間が取れなくてね」


 私がそう言うと、コーネリアは首を振った。


「私共は、他の貴族家ほどの領地の広さも、人口の多さもありません。領地の事は、婿入りしてから学んでもすぐ終わってしまいますわ。父もそうでしたし。それに、私もファルネウス様とお会いできる機会は嬉しいですわ。手土産に頂く紅茶も楽しみです」


 そう言ってコーネリアは笑った。

 急に嫡女となったコーネリアだったが、当主教育だけではなく、領地に帰れば出身氏族由来の教育も多く受けているそうだ。彼女には多くの教育が施されているが、それらに真面目に取り組む様子が会話からも伺えた。


 私は、もう一つの手土産を見せた。


「気分を害してしまったら申し訳ないが……こういう本を、読んだことはあるだろうか」


 見せたのは、貴族女性用の礼法教本。家に写本が幾つかあった物を、御祖父様の許可を得て一冊持ってきたのだ。

 コーネリアは首を横に振る。


「顔合わせで王都の邸にお招きした時に、家の侍女達の目線にコーネリアが悔しそうにしていたので、何とかしたいなと思っていた。家の書庫を探したら写本が幾つか出て来てね。コーネリアの役に立てるかなと思って持ってきた」


 コーネリアは驚いている様子。


「写本とはいえ、市販ではありませんでしょう。そんな貴重なもの、宜しいのですか?」


 御祖父様の許可を得て、進呈する積りで持って来ている。

 私はコーネリアに頷いた。


「御祖父様の許可は得ている。元々が公爵家の嫡子と婚約が決まった相手の為に、贈り物として家から渡すために用意している写本らしい。コーネリアは公爵家に入る訳では無いけど、周りに侮られまいと頑張っている君の助けになればと思って」

「あの……見せて頂いても、宜しいですか」


 コーネリアがおずおずと尋ねる。私は頷き、彼女に教本を渡す。

 教本を受け取って、彼女はペラペラと中身に目を通し始める。


 私も事前に目を通したが、元々が教師の居ない時に自己学習できるよう作られたもので、手本となる図解が入った分かり易い作りになっている。

 それを見たコーネリアの目には……徐々に、涙が浮かび始める。


「あ、有難う、ございます……。家庭教師には、及第点を貰っては居るのですが……披露した時の周りの、反応からしたら、まだまだだって……本当は、判って居たのです……。でも、何がいけないのか、判らなくて……」


 彼女の所作が、年齢に似合わず拙かった理由はこれか。

 私は、思った事を言ってみる。


「そもそも、コーネリアに手配された家庭教師の質が、あまり良くないのかもしれない。その者が手配された経緯は分からないけど……その本は、家庭教師が教えてくれない部分を補えるだろうか」


 コーネリアは泣きながら頷いた。

 私は彼女にハンカチを差し出す。

 カダイフ家が侮られる現状では、あまり質の良い家庭教師が来てくれないのか、他の理由で雇えないのか。そんな中で、何が良くないのかを誰も教えてくれず、暗中模索だったのだろう。


「その本に書いてあるのは礼法だけなのだけれど、その分では他のマナーも怪しいかも知れない。今度、他のマナー教本も探して持参しよう」

「すみません……有難う、ございます……」


 彼女からの手紙を見る限り。マナー教本も必要だろうと思っていた。

 彼女は、止まらない涙をハンカチで拭きながら、礼を述べた。


 その後も、彼女が王都にいる間に何度かカダイフ伯爵邸を訪れた。

 礼法教本は大いに役に立ったようで、次会った際には所作が改善しているのが見て取れた。

 次に私が持参したのは令嬢用の作法教本で、それも受け取った彼女は喜んだ。

 ざっと目を通した彼女が『知らなかった作法が幾つもある』と述べた所を見ると、やはり家庭教師の質は余り良くないようだ。


 家庭教師には組合組織があるようだが、カダイフ伯爵家にはその組合組織に伝手が無いそうで、カダイフ家が日頃お世話になっている家から手配されてくるらしい。

 ちゃんとお付き合いしてくれる家が少ないながらもある事に、少し安堵した。


 そうして勉学に励む彼女だが、少ないながら自分の時間が持てたときは、邸の庭に咲く花を楽しんだり、色々な本を読んだりしていると言う。

 花と言っても、王都社交界を行き交う高位貴族令嬢達の様に、薔薇などを好む訳ではないらしい。王都近隣とは植生の違う領地に咲く南国の花を好んでいて、王都の伯爵邸でも育ててはいるが、気候が違い過ぎてなかなか花が咲かないと言う。

 あと、貴族令嬢達の間で流行っているという恋愛小説を少し読むのだと言った。

 彼女が好きだと言う物が知りたくて、彼女の読んだ恋愛小説を一度見せては貰ったが、登場人物が浮ついた、まともな貴族ではあり得ない行動をするその様に付いて行けなかった。


「貴族としてはあり得ない行動ですが……そんな、恋焦がれる様な気持ちへの憧れがあるのです。ファルネウス様とは政略ですが、その中でもこんな関係になれたらと思います」


 そう話すコーネリアが可愛らしい。


「私は、コーネリアの事は大好きだよ」

「わ、わ、私は……恥ずかしいので、ご勘弁を」


 私が素直な気持ちを返すと、赤くなり恥じらう彼女も愛らしい。



 カダイフ伯爵の王都邸では、庭の四阿にて、私の持ち込んだ紅茶を二人で味わう事が多かった。

 四阿の周りを生垣が囲っていて、周りから見え難い作りになっているのだが、その生垣を形作る植物は、公爵家の領地邸でも、王都の邸でも見た事が無い葉の形をしていた。

 コーネリアがそろそろ領地に帰ると言う頃。珍しく気温が高い日が何日も続いたためか、訪れた伯爵邸の生垣には鮮やかなピンクや紫の花がついていた。

 彼女がその花を好んでいると聞き、折角なので、その花を観賞するため四阿でお茶をすることになった。


「領地では気候の関係で薔薇が育ちませんので、向こうの邸でも薔薇の代わりにこの花を植えているのです」


 そう言ってコーネリアは、生垣に咲くその花を眺めている。


「近くで眺めても良いだろうか」


 彼女は頷いたので、席を立ち生垣に寄ってみる。

 生垣によって種類が違うのか、紫やピンク、オレンジ色の花が咲いている。

 薔薇ほどでは無いが、茎にはところどころ棘が生えている。世話をする際には、薔薇と同じように怪我に気を付けないといけない様だ。


「初めて見る花だが、これは何というのだろう」

「ブーゲンビリアといいます。色のついた部分は花弁ではなく花を守る葉で、それに包まれた小さい部分が本来の花だそうです。もっと暑い地域の植物で、王都で咲くのは夏の間でも本当に暑い時期だけなのですが、今年は少し暑いのでこの時期でも咲きました。他にも白や赤といった色があって、様々な色で年中咲いているのを見るのが好きなのです」


 このブーゲンビリアの事を話しながらうっとりとする彼女。

 カダイフ領はこの国のかなり南部、砂漠に近い一帯だと聞いている。王都よりはかなり暑いのだろう。


「コーネリア嬢は、この花も、領地の事も大好きなのですね」


 私の言葉にコーネリアは破顔する。


「ええ。南の暖かい気候と、年中花の咲く領地の事が好きなのです。私にとっては社交シーズンの王都はかなり寒くて苦手なのですが、嫡子教育の家庭教師はこの時期にしか雇えないので」


 言われてみれば、彼女も当主ルピア様も、社交シーズンの衣装はあまり肌を露出させない物が多かったなと思い到る。


「であれば、今度王都に戻ってきた時には、着ていても暖かい工夫を凝らしたドレスなどを贈らせてください」

「まあ。楽しみにしていますわ、ファルネウス様」


 薄っすらと頬を赤く染めて、コーネリアは答えてくれた。

 その色が、周りに咲き誇るブーゲンビリアの花の様で、私も思わず赤くなってしまった。


 その時、生垣の一つから、がさっと音がした。

 何かと思って音のする方を見ると、生垣の向こうにコーネリアより小さな女の子がいるように見えた。


「リューラ!」


 コーネリアが叫ぶ。ということは、コーネリアの妹?


「す、すいません。御姉様達を邪魔してしまって」

「……折角ですから、こちらに出てきてファルネウス様に御挨拶なさい」


 コーネリアは、その女の子に出てくる様に促す。

 生垣の向こうから出て来た女の子は、コーネリアよりも当主ルピア様に近い、浅黒い肌の色をしていた。母親似なのかクリッとした黒目に、母親と同じ黒髪。

 歳は見た感じ、コーネリアより数歳若い感じだ。


 コーネリアはドレス姿だが、リューラ嬢は動きやすいワンピース姿だった。

 それに、腰には用具入れのついたベルトを巻き、その用具入れには剪定鋏などが入っている。

 生垣のブーゲンビリアの剪定を自らしていたのだろうか。


「コーネリアお姉様の妹の、リューラと申します。宜しくお願いします」


 一見庭師手伝いの様な恰好だが、リューラはカーテシーをした。

 以前のコーネリアの様な、少し拙いもの。

 

「初めまして、リューラ嬢。お姉様のコーネリアと婚約しています、ルハーン公爵家三男ファルネウスです。宜しくお願いします」


 彼女なりにちゃんと礼儀に則った挨拶をしてくれる。

 拙さはあるが、そもそもコーネリアの二歳下で、大目に見て良い歳である。

 それにそもそもカダイフ家の家庭教師の質は怪しい。


 なので、私もきちんと御挨拶する。


「お初にお目に掛かりますが、リューラ嬢はこちらの邸に普段居られるのですか」


「今年は暖かいので、今回初めてお姉様を領地へお迎えに王都へ参りました。お姉様がお世話になっております。私はなかなか王都には来られないので、次お会いするのはお姉様の結婚の時かもしれませんが、お忘れにならないで頂ければ嬉しいです」


 そう言って、リューラ嬢は私に頭を下げた。

 確かに彼女のこの肌の色は王都では目立つだろう。カダイフ家が蔑まれている現状では、王都の社交界では忌避されてしまうかもしれない。


「その時は、私の方から領地にお伺いすると思います。その際は宜しくお願いします」


 そう言うと、何故かコーネリアもリューラ嬢も微妙な顔をした。


 彼女達の、この時の表情の理由は分からなかったが……その訳を私が知るのは、ずっと後の事になるのだった。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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