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ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


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33 王都への帰還

 私達は、ジュレーン達の先導により、コーネリアを連れて砂漠の端まで戻った。


 コーネリアは、邸の中でベッドに寝かせて休ませる。

 その間に、ジュレーンに依頼し、ガンド達を邸に呼んで貰った。

 ジュレーンが、コーネリアが帰って来たことを伝えたのか、ガンドは村の者達全員を連れて邸にやって来た。


『姫様を、助けてくれて有難う!』

『有難う!ジュレーンもリョナも、よくやった!』

 村の者達は口々に、私達やジュレーン、リョナへの感謝を述べる。



 その日の夜は……やはり、隠れ住む守り手の者達が全員邸に集まって、宴となった。

 コーネリアも私にもたれ掛りながら、無事を祝う言葉に感謝を述べていた。


 ここの邸の大騒ぎが聞こえたのか……森の向こうから会いたくない三人がやって来た。

 コーネリアの体が強張るのを感じ、私は彼女を安心させる為、肩に手を置いた。


『どうした、この騒ぎは……ひ、姫様……!』


 バダウェイ氏は悪態をつこうとしたが、コーネリアの存在に気付いて驚く。

 ジャッディン氏、ロックソン氏も言葉が無いようだ。


『ちょうどいい。お前達も含めて、王国側の氏族に対する和解案を伝えよう』


 そして、私は氏族のオアシスで伝えた内容を、ここでも話した。


『で、では……私達も、王国への帰属と、就職を』

『他の二人は、どうするのだ』


 そう言うロックソン氏に、私は他の二人に話を振る。


『私も、できれば、帰属させて頂きたく』

『王国に帰属させて頂きます』


 ジャッディン氏もバダウェイ氏も帰属を求め、私は頷いた。


『付き従う者達も、同じか』


 三人に付いて来ている若者たちに水を向けると、彼等もまた帰属を求めた。


『貴方達の意志は、判った』


 私は溜息を吐いた。

 私は、彼等に二度、慈悲を示したが……ついぞ、それに気づかなかった。

 彼等には、きっちり罰を受けて貰おう。


『これを伝えておこう……カダイフ氏族の王国からの離脱にも拘らず王都に残った、シャヒーン嬢達四名の事だ。彼女達は、氏族から離脱し王国民として帰属したと、時期を遡って王国は認めた』


 これは、最初から決めていた事だ。

 だが、砂漠を渡る前に、彼等に帰属云々の話をする訳にはいかなかった。

 和解案の事が私達の到着前に氏族側に知られてしまう危険性があったからだ。


 しかし既にオアシスで和解案を提示した今、彼等に遠慮する理由は無い。


『どういう、事ですか』


 ジャッディン氏は、意味が分からないのか、私に問い直す。


『そ、そんな……だまし討ちの様な事を』


 だが、ロックソン氏は蒼褪めた。


『君達は、コーネリアによる秘技の行使をジョルド侯爵へ持ち掛け、実際に、秘技の持つ意義と彼女の意思を無視して秘技を行使させた。つまり我々の認識では、君達は氏族長側の人間だ。決して、和解案にて王国民との共存融和に努めるよう求めている、入植者側の人間ではない』


 私は彼等をそう断じた。


『和解案を聞いて、王国との関わりを捨ててオアシスへ帰ると申し出るなら、私達はそれ以上の事を追求するつもりは無かった。だが、貴方達は厚顔にも、王国への帰属を申し出た』


 意味が分かったのか、彼等は一様に蒼褪める。


『貴方達は、コーネリアによる秘技の行使の前に、ジョルド侯爵へ四人の女性を預けた。その事自体が、王国民たる彼女達へ危害を加える行為だと見做された。再び王国への帰属を申し出た以上、彼女達の人生を狂わせた罪を、君達に償って貰う』


 ロックソン氏は頽れた。


『そ、そんな……私達は、ただ』

『よく知らない、見知った相手でもない者に、安易に他人の人生を委ねた事が罪なのだ。前も言ったが、本気で守る気なら、自ら氏族を離脱して守れば良かったのだ。中途半端で安易な行為の結果がどういう事になったのか、思い知るが良い』


 言い募るジャッディン氏に、私は言い渡す。


「ヘリン。彼等は王国への帰属を申し出た。思い知らせてやってくれ」


 ヘリンは頷き、彼の配下と共に三人と従う若者たちを拘束する。


「奴等の声を聴いてしまって、酒が不味くなる。向こう側で、馬小屋にでも入れておく」


 そう言って、ヘリン達は拘束した者達を連れて行った。



『それで、姫様はこれから、どうなさるので』


 ガンドがコーネリアに尋ねる。


『彼女には、秘技の行使による後遺症が重く残っている。王都で最高の治療を受けて貰うつもりだ。だが、医師や薬師はいるのだが、細かい所に気が付いて彼女のサポートが出来る者は、まだ募集中だ』


『私は、姫様に付いて行きます』


 私が代わりに答えると、リョナは真っ先に申し出た。

 嬉しい申し出に、私とコーネリアは頷いた。


『それに、私達は……いずれ、結婚する。コーネリアも了承してくれた』


 そう言って、私にもたれ掛るコーネリアを見た。彼女も、上目遣いで私を見る。


『私は王国の貴族であるから、結婚すれば彼女も貴族だ。カダイフ伯爵家として彼女がここで暮らしていた時の様に、コーネリアの意思を汲んで動いてくれる者達も、募集しているぞ』


『俺も、行っていいか』

 ジュレーンが申し出た。

『俺も、行っていいですか!』

『俺も!』

『私も是非!』


 皆が行きたいと申し出て、収拾がつかなくなる。


『ええい、待て待て! 皆が居なくなったら、ここの村はどうなるんだ!』


 ガンドが常識的な意見を上げる。


『コーネリアと一緒に王都へ連れて行くのは、新しい生活になるから、できれば周りに柔軟に対応できる若い人達を中心にして欲しい。まずは五人』


 コーネリアを見ると、彼女も頷いて私の意見に賛同してくれた。

 まずは、と言うのは……結婚とかその後の事などで、どの道足りなくなる気がするからだ。


『あと、残る者達にもお願いしたい事がある。彼女の妹リューラの事だ。それにリューラを含めた、これから王国に戻って来る氏族の者達の事』


 私の言葉に、ガンドは頷いた。


『こっちの生活について、色々教えてやってくれって事だろ。分かっている』


 年長者だけあって色々察してくれるし、懐も深い。

 やはりガンドは頼もしい。


 コーネリアは、ガンドに頭を下げた。


『姫様にも頼まれたんだ、責任もって面倒を見てやる。戻って来る奴等が安心して暮らしていけるなら、姫様も安心して隣の旦那様に嫁いで行けるだろうしな』


 そう言ってガンドはコーネリアにウィンクする。

 コーネリアは真っ赤になっている。


『姫様が幸せそうで良かった。旦那様、私等の姫様を宜しく頼みますね』

『ああ、勿論だ。彼女を泣かせてしまったら、貴女達が私を殴ってくれ』


 年配の氏族女性に、私も笑顔で答える。


『ああ、そうさせて貰おう』

『おいおい、ガンド爺が殴ったら、姫様好みの旦那様の顔が変わっちまうぜ』

『おい、儂はまだ、爺じゃないぞ』

『ガンド、怒る所はそこかよ』

『『『わーっはっはっはっは!』』』

 向こう側の者達が拘束されて以降、隠れ村の者達との宴の時間は楽しく過ぎて行った。

 コーネリアも、とても楽しそうだった。




 コーネリアの体調を気遣いながら、森の向こう側から馬車で出発する。

 既にフラーベル子爵は処刑され、この地は現在王家直轄地になっている。


 馬車はゆっくりとダーウェンを目指す。道の両脇には鬱蒼と森が広がるこの辺りは、いずれカダイフ氏族に入植して貰う予定地だ。

 森が切れたあたりからは、王国民の入植している地域。

 この辺りから、コーネリアの景色の記憶は途絶える。

 つまり、この辺りから睡眠薬で眠らされていた様だ。


 馬車がダーウェンを通りかかる。

 かつて大麻草が栽培されていたそこは、全て伐採され更地になっていた。

 中の方に見える邸は、フラーベル子爵の住んでいたものだろうか。景色は見た事が無いが、微妙に漂う大麻草の残り香は何となく覚えていると、コーネリアは言う。


 コーネリアの希望で、馬車はダーウェンを西に回る。

 暫く進むと、西への細い街道が枝分かれしている。これはダーウェンからジャッタンを通り、ザグレフへと続く……ダーウェンからの麻薬運び出し用だった街道だ。


 今の馬車はコーネリアの体調を考慮して、揺れの少ない大きめの馬車にしている。

 ジャッタンへの街道は荷馬車なら通れそうだが、この馬車だと大き過ぎて通れない。


「ここを……通って、いたの、ですね」


 コーネリアはそう言って、西への街道を暫く眺めていた。



 そして、馬車はハーウェルを通り、宿場町ジャッタンへ。

 ジャッタンでは、街道を曲がってザグレフへ向かう。

 ザグレフへ向かうこの街道の景色も、コーネリアの記憶には無い。

 だが、この街道を走る馬車の揺れには、何となく覚えがあるそうだ。


 ザグレフに着くと、コーネリアは途端に目を輝かせた。


 馬車を乗り換える前に、ルピア様に内緒で町娘の恰好に着替え、屋台の買い食いをしていたらしい。

 なかなかお転婆だった一面があるようだ。

 だが今は後遺症で動けず、出歩けないのが残念そうだ。


「どの屋台のものが美味しいの?」


 そう訊くと、良く行っていたという幾つかの屋台が彼女の口から挙がる。

 気付いたらヘリンが姿を消していた。


 暫くして現れた彼の手には、コーネリアが挙げた屋台の料理が。

 コーネリアは目を輝かせる。


 だが、その一つ、串に刺さった肉料理をヘリンに手渡され、私は困惑した。


「これは……どうやって、食べるの?」

「直接、食べ、ます」


 コーネリアはそう言って、串に刺された肉に口を近づけて直接食べていた。

 そういうものなのか、と私も彼女の真似をすると、確かにこれは美味しかった。



 途中途中でコーネリアの記憶とそんな思い出を辿りながら、二週間かけてゆっくりと王都へと戻って行った。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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