32 見届け
『こ、こ……こんなもの、認められるか!』
黒頭巾と、赤頭巾が立ち上がる。
『こ奴等の提案は、氏族を分断するものだ! 皆が一致団結して、我等を追いやった王国や、他の氏族どもを打ち倒してやらねばならんのだ!』
こいつ等の言う一致団結とは、一つの集団として他の集団と戦って覇を唱えたいというものだろう。
たった二千人程度の集団には大きすぎる野心だ。
ルピア様に使い手を押し付けたのも、この野心の為なのだろうか。
それに、こいつ等の主張は、氏族の者達の犠牲が前提なのだ。
それを見抜いている氏族の者達は冷静だ。こいつ等に味方する者は少なそうだ。
『……ぬう、かくなる上は、王国から来た扇動者共を倒さねばならん。者共、かかれ!』
黒頭巾が、赤頭巾や後ろの者達、総勢二十人程が立ち上がる。
後ろの者達が揃って曲刀を抜き私達に迫って来る。
我々も立ち上がって、コーネリア達の前に立つ。
だが、ここで動いたのはルピア様だった。
彼女は私達の間に立ちはだかり、黒頭巾の取り巻きの男達が彼女に迫る。
ルピア様は、ここで突然大きく腕を振りかぶり、勢い良く斜めへ振り下ろす。
急に彼女の腕が、振り下ろした勢いで大きく伸びる。
その腕は、勢いよく私の方へ回りこみながら近づいてくる。
ルピア様も腕に合わせて、その場で体を回転させている。
その伸びてくる彼女の手は……私が腰に差していた剣の柄を掴む。
腕は伸びていく勢いのまま、その剣を私の腰から奪っていく。
ルピア様の腕は振られた勢いのまま――刀を持って迫る男達を飛び越して行く。
そのまま、ルピア様は、伸びた腕で剣を振りかぶり――
――黒頭巾と赤頭巾の首を、手にした剣で薙ぎ払った。
その直後。黒頭巾の手の者達は、向かってくる勢いのまま。
……ルピア様に刀を突き立てる。
ヘリンやハンス、ジョゼ達が、そして黒頭巾達に賛同しない周りの男達が、ルピア様に刀を突き立てた彼等をなぎ倒していく。
しかし、刺されたルピア様は……ゆっくりと、後ろへ倒れて行く。
『お、お母、さ、ま……!』
『お母様あああ!』
コーネリアとリューラが叫ぶ中、倒れて来るルピア様を、私は何とか支える。
だが……彼女の体には、もう、体に力が入っていない。
彼女を何とか敷物の上に横たえる。
そこにリューラが駆け寄り、動けない筈のコーネリアも懸命に這ってルピア様に近づく。
『コーネリ、ア』
ルピア様がコーネリアに呼びかける。
『お、かあ、さ、ま……どう、して』
『秘技の、使い手として、最後の務め。氏族の秘技を、貶めた、裏切り者、に、報いを』
ルピア様は……秘技を含めた、一族の誇りを貶めた、裏切り者の氏族長達が許せなかったのだろう。
『もう、使い手も、使い手を教える者も、いません。貴女は、もう……氏族、の、義務から、解放、されまし、た。これ、からは、幸せ、に、おなりな、さい」
『お、おかあ、さ、ま……!』
優しい笑顔でコーネリアに語り掛けるルピア様。
段々、瞳に力が無くなっていく。
コーネリアは、ルピア様に縋り付き、必死で呼びかける。
『ファル……様、コーネリアを、宜し、く、お願……します』
『全身全霊を以て、必ず』
私は、ルピア様に頷いた。だが、
彼女は、もう……目の焦点が、合わなくなりつつある。
『リュー、ラ……も、苦労、かけ、て』
『そんな事は、良いの! お母様!』
リューラも、ルピア様を繋ぎ止めようと、必死に呼びかける。
『コーネリ、ア。リューラ。母お、や、らしい、事が……してやれ、なく、て……ごめん……ね……』
『お、かあ、さ、ま……!』
『お母様ああああ!!!』
ルピア様に縋り付く、コーネリアとリューラ。
だが、彼女達の願い空しく……。
ルピア様は、ひゅう、ひゅうと口から息を漏らし……
二人の頭に手を当てて。そして、二人を笑顔で見つめながら、息を引き取った。
私達は、ルピア様の弔いの儀式に参加した。
コーネリアは、リューラとリョナの二人に支えられ、自分の手でルピア様に花を手向けた。
ルピア様の最期を見届けた、広場に居た氏族の者達は……涙こそ流すものの、泣き崩れる事無くルピア様の遺骸に花を手向けていた。
そして、コーネリア、リューラ含めた氏族の女性達の多くが、そして一部の男性も。
遺骸へ花を手向けたあと、自らの胸に手を当てて、ルピア様へ黙祷を捧げていた。
あれは、ルピア様の想いを受けとめましたという敬意の表れなのだ。
私達の番が来る前に、コーネリアがその意味を教えてくれた。
私達、氏族では無い者も、順番としては最後になるが、花を手向けさせて頂いた。
そして、彼等に倣って胸に手を当て、黙祷を捧げた。
弔いの後、コーネリアはリューラと長い話し合いの時間を持った。
我々は、既に和解案を提示した。
氏族内の話し合いは長くかかる筈なので、その間に私達は引き上げの準備に入る。
二人の話し合いが終わったのか、部屋に私が呼ばれる。
そこにはクッションに横たえられたコーネリアと、傍に座って彼女の手を取るリューラが居た。
『二人の語らいは終わったのかな』
私が問うと、二人は頷いた。
『ファルネウス様。お姉様を、どうか連れて行ってください』
そう話すリューラは、清々しい顔をしている。
『王国を離脱してカダイフ家としての役目は終わり、そして秘技の使い手としても役目を終えました。お姉様には、もうこれ以上……氏族の為に身を粉にせず、御自分の幸せを追い求めて頂きたくて』
リューラの言葉に、コーネリアは恥ずかしいのか、薄っすらと頬を染めて目を背ける。
『リューラ嬢は、どうする』
『私はここに残ります。王国から示された和解案を、誰かが噛み砕いて説明し、皆の理解を求めなければなりません。お母様の遺志を、誰かが言い伝えなければなりません。今まで氏族長に人質に取られ、お母様やお姉様の足枷になっていた分、今度は私が氏族の為に働きたいのです』
そう話すリューラ嬢は……昔、伯爵邸で会った時から比べて、随分と大人になっていた。
年齢もそうだが、ルピア様の遺志を引き継いで、一日で精神的にも大分変わった印象だ。
『そうか。そう決めたか』
『はい。それから、これはファルネウス様にお伝えしないといけないのですが……一代爵位の件は、私は辞退致します。カダイフ伯爵家としての役目は、私は果たせていませんでしたから。お母様と私の分の褒賞は、出来ればお姉様へ。陛下には、そうお伝え頂けますでしょうか』
リューラ嬢は頭を下げた。
『わかった。そのように伝えておく』
私は頷いた。
『私からは、あと一つだけ』
リューラ嬢は、腰に下げた小袋から何かを取り出して、私に差し出す。
受け取ると……それは、コーネリアに預けていた、母の形見のブレスレット。
『ラデンの部屋から見つかりました。お姉様が身に着けていた物を剥ぎ取って、自分の物にしていた様です。人質のままだと、いずれ私がラデンに嫁がされるところでしたから、私が持たされてファルネウス様に咎められていたかも知れませんね』
笑っていいのか分からない冗談を言って、リューラは笑った。
『ネリ。これは、君から』
そう言って、コーネリアの手に預かり物を握らせる。
コーネリアは頷いた。
『リュー、ラ』
コーネリアはたどたどしくリューラを呼ぶ。
そして、彼女はリューラに、私に預けていた物……あのヘンプリボンを託す。
『お、お姉様……』
『これ、からは、この、リボンに、込めら、れた、想いを……リューラに託します。ルネ、様が、あの場で、教えて、くれた、御祖母、様から、の、願い。……皆に、伝え、て』
切々と語るコーネリアに、リューラ嬢は頷いた。
『うん。これからは、このリボンの願いは、私が皆に伝える。お疲れ様でした、お姉様』
そう言って、リューラ嬢はリボンを受け取り、胸にそっと抱く。
『困った、ことが、有ったら……無くても、いい、から、いつでも、手紙を出して』
コーネリアは、リューラに声を掛ける。
『あの……お姉様は、また王国で貴族に戻るんですよね。私は入植しても平民ですけど』
『何を、言って、いるの。貴女は、たった、一人の、妹よ。いつ、でも……待ってる、わ』
リューラは、涙ぐみながら、コーネリアに頷く。
『リューラ嬢。最後に……見届けてくれないだろうか』
コーネリアはきょとんとしている。
だが、私が何を意味しているか、リューラは気が付いたようだ。
コーネリアを送り出すリューラ嬢に見届けて欲しい。
これから、どのような日々が、コーネリアに待っているかを。
彼女は……期待に満ちた目で私に頷き、一歩下がった。
私は、コーネリアの傍に跪いて、彼女の手を取った。
『ネリ……コーネリア。王国に戻る前に伝えておきたい。初めて王城で会ったあの時から。ずっと君は、私にとって太陽だった。君がいたからこそ、私はこうして異なる民族を、その言葉を、文化を理解し、そして人と人が分かりあえるという事を知った』
彼女の手を取りながら、彼女の目を真摯に見つめ、言葉を紡ぐ。
『氏族と王国が手を取り合い、融和していく未来を、君と一緒に見て行きたい。君が願った、そんな未来を、一緒に見て行きたい』
コーネリアは、私の言葉を真摯に聞いてくれる。
『最初は、君の聡明さに惹かれた。そして、何事も真摯に取り組む姿勢と、蔑まれても折れずに立ち向かう負けん気の強さに、更に好きになった。私は君の為に、君を取り巻く環境を変えていくために、手助けしたいと思い始めた』
コーネリアの目が、赤くなってきた。
『君が、どんな辛い目に遭ってきたとしても……私は、君を、変わらず愛している。ネリ。どうか、私の伴侶になってくれないだろうか』
コーネリアの瞳に涙が溢れ……一滴、頬を伝って、曲線を描いた。
『ルネ、様……始めて、の、顔、合わせ、の時、から……ずっと、私、の事を、庇って、助け、て、頂いて。教本、を、頂いた、時には、涙、が、出る程、嬉し、くて。そんな、お優し、い、ルネ、様に、惹か、れる……のに、時間、は……掛かり、ま、せん、で、した』
コーネリアが、不自由なりにも頑張って伝えようとしてくれるのが、とてもいじらしい。
『氏族の、言葉を、覚えた、い、習慣、の、事が、知りたい、って、言われ、た、時には……、今、まで、氏族、の、事を、知ろう、と、する、王国、の、方は……いま、せん、でした、から……そん、な……姿勢、の、ルネ、様の、事が……益々、大、好き、に』
涙を溜めながら、精一杯、コーネリアは微笑もうとしてくれる。
『あの、時から、今も、変わら、ず……ルネ、様は、私、の、事を……、気遣い、助、け、支えて、くれます。ずっと、私に、希望を、見せて、下さい、ます。そん、な、方を、どう、して、愛、せずに、いられ、ま、しょう。どう、して、一緒に、居たい、と、願わず、に、いられ、ましょう。……どう、か、私の、事を……一生、離さずに、居て、下さい、ませ』
微笑むコーネリアは……両の瞳から、涙が溢れ出す。
『抱きしめて良いだろうか』
私の願いに、コーネリアは頷く。
『一々、許可を、求め、ないで、下さい、ませ。私は、貴方、の、ものです』
そんな可愛い事を言ってくれるコーネリアを優しく起こし、抱きしめる。
コーネリアが腕を動かそうとするので、私はその腕を、私の胸に回してあげる。
リューラが両の手を胸の前で組み、涙を流しながら眺める中。
暫くの間そうやって抱き合い……そして、私達は、接吻を交わした。
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