30 カダイフ氏族のオアシス
リョナをコーネリアの世話に残し、洞穴から出ると、皆は起きて食事をしていた。
縛り上げられた五人は、変わらず隅の方で転がっている。
「愛しの君と、話は出来たか」
ヘリンに私は頷いた。
「後でもう一度、あの隊長を尋問したい。まだ聞きたい事があったのを思い出した」
「食べたら準備しよう。お前も食べろ」
ヘリンに食事……塩漬け肉の入ったパン粥を押し付けられる。
食事後、縛られて転がって眠っている大男を叩き起こす。
『……さっさと、俺を解放しろ。俺をこんな目に遭わせて、氏族長は黙っていないぞ』
大男、ラデンは俺を睨むが、そんな脅しは全く響かない。
『氏族長の息子らしいが、下らん虚勢は止めておけ。これから聞くことに答えなければ、お前を縛り上げたままここに置いて、俺達はオアシスへ行く』
置き去りにすると言うと、ラデンは蒼褪める。
『秘技の使い手は、どうやって選ばれる』
『……さあ、知らん』
ラデンは目を逸らすが、目の奥が泳いでいるのを見逃さなかった。
氏族長の息子であるこいつは、絶対に何か知っている。
『素直に話さないなら、ここに置いて行くだけだ。三日でも四日でもな』
ここで何日も縛り上げたまま放置すれば、死に直結する。
『……使い手は、女でなければならんが、向き不向きがある。交代の時期になると、医師達が氏族の女の子供を全員調べた後、その医師達の話し合いで決める』
縛り上げた残りの四人に目を向けると、四人とも頷いた。
ここまでは、皆知っている話らしい。
『一度に、一人にまで絞り込むのか』
ラデンは首を振った。
『話し合いで絞り込むのは五人までだ。その後は、適性などをみて最終的に絞り込むそうだ』
四人も頷いた。では、ここまでは間違いないだろう。
『では、コーネリアと同時に絞り込まれた残りの四人は、どういう理由で外れた』
ラデンは話さない。だが、こいつの目は確かに泳いだ。
『コーネリアの祖母、アーリシア様が選ばれた理由は知らない。だがそこからルピア様、コーネリアと、使い手が実の娘にだけ伝承されるのは偶然では無い筈だ。五人にまで絞り込まれた候補が、どうして、最終的に使い手の実の娘だけに絞られる。氏族長の息子のお前なら理由を知っているだろう。言え』
目に見えて動揺するが、ラデンは口を割らない。
『お前達でもいい。知っている事を話せ』
残りの四人にも目を向ける。
『姫様の時は、残りの四人は次々に……体を壊したと、親が訴えたんだ。結果、姫様しか残らなかった』
『確かに、体を壊したって訴えた時は、その娘達は暫く家から出ずにいた。だが、一カ月もすれば元気に外を走り回っていたな』
残りの二人も頷く。
『つまりは、何らかの理由で親が使い手候補から降ろさせたのだな。体を壊して一カ月寝込んでいるとすれば、体がついて行かないとかの理由付けで、候補から降りる事ができると。候補から降ろすかどうか、決めるのは誰だ』
ラデンに訊いても答えない。四人に目を向けると、『絞り込んだ医師だ』と答えた。
『つまりは……使い手を誰にするかは、医師達の胸先三寸で決められる仕組みになっているという事か。では、コーネリアを使い手に選んだ時の、医師は誰だ』
ラデンの胸倉を掴んで問い詰める。
『言わないと、置いて行く』
『……バダウェイ小父、ジャッディン、ロックソン、それから……産婆の、イランナ……』
産婆はともかく、残りはあの砂漠の端に残った、氏族長に近い者共だ。
『やはりそうか。お前達は……氏族長と医師の三人は結託して、ルピア様の娘コーネリアに秘技の使い手の立場も押し付けたのだな』
ラデンは目に見えて蒼褪める。
『十年前、氏族が砂漠から追い出された時。お前達はルピア様の娘、コーネリアに使い手の立場を押し付けた。追い出した相手に復讐し、氏族として土地を奪い返すためには、仇の事を……王国の事を良く知る娘に任せた方が、都合が良かったからだ。違うか』
ラデンは目を逸らす。
『だが、解せないのは……ルピア様が選ばれたのは、氏族がダーウェンから追い出されるよりももっと前のはずだ。お前はルピア様に押し付けられた理由を聞いているか』
『それは……本当に、知らない』
ラデンが呟く。目を逸らさず、目の奥も泳がない所を見ると、本当に知らないのだろう。
無理もない、この男が生まれる前の話の筈だ。
それから、私はヘリン、ジュレーン、リョナと話し合った。
コーネリアをここに置いておけない、オアシスへ連れて行くという方針は一致した。
だが、ラデン達五人を連れて行くか置いて行くかでは、意見が分かれた。
話し合ったが、結論としては、五人全員を一緒に連れて行く必要があるという事だ。
感情論としては、奴等は置き去りにしたい。
だが、氏族長等と交渉する際に……いや、氏族長等に落とし前を付けさせるためには、ここで五人に聞き出したことを話す必要がある。
それに、ラデン含めこの五人は、人質交換に使えるかもしれない。
リューラは助け出さねばならないのだ。
五人は、奴等の乗ってきた駱駝に荷物として載せれば運べる。
だが問題は……あの状態のコーネリアを、どうやってオアシスへ連れて行くか。
解決策は、コーネリア本人から教えられた。
彼女はここに連れて来られる際、屋根付きの橇に乗せられ、その橇を駱駝が曳く形で移動したという。
肝心のその橇は……洞穴の、コーネリアの寝かされた部屋の隅に置かれていた。
先程コーネリアと話した時は、部屋が暗くて分からなかったのだ。
それから私達は準備をして、オアシスへと出発した。
日が少し高くなってしまったが、それでもここからオアシスまでは、三時間くらいで着くという。
橇に乗せられたコーネリアの体調が心配なので、橇の後ろをリョナと私が駱駝で付いて行き、様子を確認しながらの移動となる。
ラデル達五人は、それぞれ縛られたまま駱駝の背に載せられ、駱駝は数珠繋ぎで繋がれ、ヘリンが彼等の駱駝を先導する。
コーネリアの体調を見ながら、時に短く休憩を入れた。
オアシスが見える場所まで近づいた頃には、結局四時間以上かかり、日が大きく傾き始めていた。
オアシスは、砂漠の真ん中にぽっかり浮かび上がった、緑豊かな場所。
見た事もない、上の方にしか葉が生えていない不思議な形状の木が生い茂っている場所だった。
リョナに訊くと、ここには氏族の者二千人程が暮らしているという。
これでも砂漠のオアシスとしては小さい方らしい。
もっと奥地には一万は住むというもっと大きなオアシスもあるそうだ。
近づいて行くと、向こうから何人もの人間が、駱駝に乗ってやってくる。
『止まれ! お前達は何者だ!』
ある程度近づくと向こうから止まるよう声を掛けられる。
私は駱駝を前に出して、彼等に言う。
『我々はラームハット王国からの使者だ。ルピア様と、リューラ様に会わせてくれ』
『お、王国だと⁉ ちょっと待て』
彼等は暫くの間話し合う。
『その場で、暫く待て』
そう言って、一人がオアシスへ駱駝を走らせる。
待っていると、赤い色付きの頭巾を被った者と、更に二人の者が駱駝に乗ってオアシスから出て来る。
『氏族長が会われる。こちらに来い』
色付きの頭巾の者が言う。
『我々はルピア様に会いに来たのだ。氏族長等と言う者に会いに来たのではない』
『王国の使者なら、まずは氏族を束ねる氏族長と会うのが筋だろう!』
私がそう反論すると、赤頭巾の男は怒鳴り散らす。
『我々のカダイフ氏族との対話の相手としては、ルピア様とリューラ様以外は認めない。何故なら氏族長等と言う者は、王国との対話の場に出た事も、名前が出されたことも無い。そして、オアシスの者が広く話を聞ける場でなければ、対話には応じない。要求が応じられない場合は、秘技の使い手を岩山で幽閉し暴行していた、ラデン以下五名を、この場で殺す』
私は周りの男にも聞こえる様、大声で赤頭巾の男に要求する。
周りの男には動揺が走り、赤頭巾の男は顔を顰める。
『戯言を。者共、こいつらを捕らえ……』
赤頭巾の男が叫ぼうとするのを遮る。
『王国に居付いた氏族の者達の協力で、このオアシスの場所は既に王国に知られている。我々がここに来られたのがその証左である。大使である我々が一月以内に王国に帰らなければ、王国は総力を挙げてここを攻め落とす』
私の口上はハッタリなのだが、赤頭巾の男も、周りの男達も動揺する。
私は、駱駝に荷物として載せられたラデンの首に剣を突きつける。
『さあ、さっさと、開かれた場でルピア様、リューラ様との対話をする用意をしろ。お前達が王国の上に立って交渉できると思うな』
赤頭巾の男は血走った眼で怒りを表すが、やがて言う。
『……しばし、ここで待て』
赤頭巾の男と、彼付きと思われる二人は、駱駝の首をオアシスに返し、引き上げていく。
『確認したい……秘技の使い手、姫様は……岩山に、幽閉されていたのか』
最初に私達の所に来た男達が尋ねる。
私は頷いた。
『秘技を使った後遺症で動けなくなった彼女を、この男が向こうの岩山に監禁していた。そして私達が岩山に行った時は……この男が、彼女に暴行を加えていた』
私は、ラデンに剣を突きつけたまま言う。
男達は驚いた。
『姫様を治療させるとして、バルダーン氏族……この砂漠のもっと奥地の氏族の所にいる医者へ送り届けると氏族長から聞いていたのだ。だが……あの橇に乗せられているのは確かに姫様だ。貴方がたが、姫様を保護してくれたのか』
男達は、後ろの橇に乗せられたコーネリアの方をちらと見る。
『私は、コーネリアの婚約者だったからな。彼女を守るのは当然だ』
『貴方が……』
そこへ、先ほどの赤頭巾の男が戻ってきた。
『お前達を、ルピアと会わせる。氏族長も同席する』
『オアシスの広場の様な開かれた場での会談で、かつリューラ様の同席も必要だ。それであれば氏族長とやらの同席は許可する』
私の回答に、赤頭巾の男は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
『付いて来い』
そう言って、赤頭巾の男は踵を返していく。
ヘリンをコーネリアの後ろ、リョナの横になるよう隊列を変更し、赤頭巾の男に付いて行く。
『ここで駱駝を降りろ』
オアシスの入口で駱駝を降りるように言われるが、赤頭巾の男は駱駝に乗ったままだ。
少しでも自分達が上に立って交渉しようとする手だ。
『お前が降りるならそうする』
そう言い返すと、舌打ちをした後、赤頭巾の男達が駱駝を降りる。
それを見てから私達も駱駝を降りる。だが、手綱は持ったままだ。
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