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ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


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29 傷ついた使い手コーネリア

 翌朝。日が昇り、辺りは徐々に明るくなる。

 一睡もできないまま、火を見つめながら夜を明かした私に、リョナが声を掛ける。


『姫様が……貴方と、少し話をしたいそうです』

『分かった』


 そう言って、リョナの案内で洞穴に入る。


 人が通れるくらいの穴がしばらく続く。その奥に、僅かに日の差し込む空間がある。

 その、部屋と呼んで良いのか分からない空間に、麻で編まれた敷物が何枚も重ねて敷かれ……その上に、布を掛けられた女性が横たわっていた。


 その女性、コーネリアは……学院を去った当時からは、頬も身体も大分痩せこけてしまっている。彼女の痛ましいその姿に涙が溢れて来る。


 リョナは、部屋の隅に控えてくれている。


「ネリ……済まない……もっと、早く来ていれば」

「!……ル、ネ……様……」


 彼女は、こちらを向いて……そして、顔を背ける。


「こんな、すが、たな、んて……見られ、たく、なかっ、た……」


 話すのも辛いのか、途切れ途切れになりながら……顔を背け、コーネリアは私を拒絶する。

 私は、彼女の傍に腰を下ろす。


「カダイフ氏族を陥れていた者達に、落とし前を付けるまで……半年も掛かってしまった。その間に、ネリが、こんな目に遭っているなんて……」


「私の事、は、捨て、置いて、下さい。私、たちはも、う……王国の、民では、あ、りません。王国、貴族、であ、る、ルネ、様、との、婚約は、もう、有りま、せん。それ、に……私、は……ルネ、様を……ころ、そうと、した……女……で、す……」


 私は、コーネリアから見えないのは分かっているが、首を振った。


「砂漠の端の村で、ガンド達と会ってきた。彼等は、王都へ君に付いて行ったと聞いている。秘技を実行した時、君は、何かに驚いて……力みが入ってしまった、と聞いている」


 ガンドに聞いた話を伝えると、コーネリアの体がピクリと反応した。


「集中力を研ぎ澄ました秘技の使い手は、もの凄く遠くまで、物を見渡せると……ガンドは伝え聞いていた。もしかして、君は……」


 コーネリアからは……すすり泣く声が聞こえる。

 泣きながら、ゆっくり話してくれた内容は……。


 氏族長の遣い、恐らくバダウェイ達から仇が居ると指定された場所に、彼女は武器――あの、落ちて来た針のことだ――を投げようした。

 だが、感覚を研ぎ澄ました彼女は、その場所に私が居るのを見つけた。


 私が、氏族の仇である筈が無い。

 そう思った彼女は、咄嗟に狙いをずらした。


 その力みで、針を投げる力が体から逸れず……無理をしたせいで全身に激痛が走り、後遺症が残った。

 彼女は手足が動かせず、話すのも少し不自由になってしまった。


「ネリ。そんなに、自分を卑下しないでくれ」


 私は首を振った。


「君があの秘技を、もし成功させていれば……大変なことになっていた。実は、氏族を砂漠の端に追いやっていた黒幕は、指示を受けて君が狙った者ではない。ルピア様やカダイフ伯爵家をずっと支援していた、宰相閣下……ジョルド侯爵だった」

「……え?」


 驚くコーネリア。


「君は、あの秘技を失敗させることで……結果的に、カダイフ氏族を守ったのだよ」


 私は尋問で聞き出したジョルド侯爵の計画をコーネリアに聞かせた。

 ジョルド侯爵に拘束された四人の事は流石に話せなかったが。


「あの、方が、そん、な……恐ろ、しい、こと、を」

「ネリの咄嗟の行動のお陰で、彼等の恐ろしい計画は潰え、王都から逃げた君達は王家に守られながら砂漠の端まで辿り着くことができた。王家は自らが狙われたにも拘らず、当初の密約を守ったのだ。アレが無ければ、逃げる君達の命は、どうなっていたか」


 コーネリアからは、すすり泣く声が聞こえる。


「ネリの習得したその秘技は……他の部族に酷い目にあわされた女性の妹が、何年もかけて編み出して、姉の仇に復讐したのが元だ。ガンドからそんな伝承を聞いた。これは、氏族の女性達の尊厳を守るための技なのだと」


 コーネリアは、向こうを向いて、涙をすすりながら……ゆっくり頷いた。


「それが、どうして……どこで誰に秘技を使うかを、氏族長が命令するんだ?」

「……」


 コーネリアは、何も言わない。


「五十年前……カダイフ氏族が王国へ帰順した時。行き場のない氏族を守るため、当時の氏族長が、当時の使い手だった女性に頭を下げて頼み込んだ。氏族の女性を守るため、その時だけはと……そして、当時の使い手は、今回限りだとして、王国の依頼する相手を暗殺した。それで結果的に安住の地を得たカダイフ氏族の者達は、使い手の女性に感謝した」


 コーネリアは、向こうを向いたまま……黙って、また、頷いた。


「だが、代を経て……今の氏族長は、その時の事を持ち出した。一度理を曲げたのだから、もう一度理を曲げろと。追われた土地を取り戻すためだと。それも、ルピア様から引き離され、兵をもって脅されて。人質も取られているかも知れない。私の想像だが、違うかな」

「……リュー、ラ……」


 コーネリアは向こうを向いたまま……妹の名を呼びながら、またも、頷いた。

 人質に取られているのは、コーネリアの妹、リューラだったのか。


「私は……陛下からカダイフ氏族との再交渉を任され、ここまでやって来た。だが、今のカダイフ氏族とは、氏族長一派とは、陛下も私も交渉する気は無い」

「……え?」


 コーネリアは……やっと、こちらを向いた。


「陛下は、カダイフ伯爵家……アーリシア様やルピア様、そして君達の今までの尽力に敬意を払い、このような事態を招いた事を旧カダイフ伯爵家へ謝罪したいという意向だ。決して、カダイフ氏族に……今の氏族長一派に、ではない」


 コーネリアは、私の話を黙って聞いている。


「そして多大な努力を払って身に付けた秘技を、一生を棒に振りかねないその秘技を……その使い手に使わせるまでに追い込んでしまったことを、陛下は悔やんでおられる。だから、それに対する補償をしたいとも仰っている。これは、カダイフ氏族に対してではない。あくまで、多大な犠牲を払った、使い手個人に対する敬意の表れだ。補償はコーネリア個人に対してだよ」


 コーネリアは、目を丸くした。


「ルピア様や君への謝罪と、使い手……君個人への補償。それが済んで初めて、陛下は交渉に入る御積りだ。そして交渉相手は()()()()()()()()()

「……それって、ま、まさ、か……」


 コーネリアは、陛下と私の真意に気付いたのだろう。

 私は頷いた。


「元々、カダイフ氏族をひと括りにして、特別扱いした事が間違っていたのだ。五十年前の当時の状況は、氏族全体の危機だった。氏族全体を救うため、そう判断せざるを得なかった事情もあるだろう。もう一つ大きな間違いもあった。だが、今となってはお互いに事情が異なる」


 私は言葉を切った。コーネリアは、目を伏せた。


「その話は、直接氏族の者達が集まる場でしたい。その前に、秘技の使い手たるコーネリアへの個人補償の話だ」


 コーネリアは頷いた。


「ネリには、王国内でも最高の技術が集まる王宮治療院にて、体の治療を受けて欲しい」

「……え?」


 私の言葉にコーネリアはまたも戸惑った。


「で、でも、……私、は……もう、王、国の……」


 コーネリアの言いたい事は分かるが、私は首を振った。


「五十年前からの、王家とカダイフ伯爵家の間の密約……約束事の中に、こんな条項がある。カダイフ氏族に伝わる秘技の使い手は、その技の習得に多大な時間と労力を要する。その使い手がもしその秘技をラームハット王国内で使わざるを得なかった場合、使い手のそれまでの努力と、その後の一生を棒に振る覚悟に敬意を表して、王家はその使い手に対する補償を行う」

「……そん、な、事が……」


 コーネリアは、この密約の事をまだ知らされていなかったのか。

 でもルピア様は知っていたから……伯爵位を継ぐ時に、コーネリアに伝えるつもりだったのかも知れない。


「この密約自体は元々、氏族全体に対する補償として決められていた。しかし、元々の精神に則り……使い手自身、つまりネリに対する個人補償にすべきだというのが、陛下の意向だ。これは、君が王国民であろうとなかろうと変わらない」


「この、体が……治る、かも、しれない、……?」


 私は、そう呟くコーネリアに頷いた。


「完全に治るという保証は出来ない。だが、王家は責任を持って治療を支援する。今の王国の治療院のレベルは、カダイフ氏族の長年の支援、そして王立学院へ留学する各国の留学生達の知恵も結集され、かつてないほど高まっている。医学も薬学も共にだ。その技術と知見を、コーネリアの治療に惜しみなく投入する。治療費も滞在費も全て王家が負担する」


「……一生……この、まま、な、のか、と……」


 コーネリアの瞳には、涙が浮かぶ。


「私も勿論、陛下も……コーネリアに、人生を諦めて欲しくない。年月がかかるかも知れないが……私達は再び、自分の足で歩ける日を、コーネリアに取り戻して欲しいと願っている。どうか、この補償を、王家の謝罪を受けて欲しい」


 コーネリアの瞳から、また一粒、涙が零れる。


「ええ……です、が……お母、様、にも……話、を、させて」


「勿論だ。私達も、ルピア様と話をしなければならない。ルピア様の許へ、君を一度帰すためにも、君をオアシスへ連れて行きたい。そして、勿論……氏族長に落とし前を付けさせる」


 コーネリアは、ゆっくり頷いた。


「手を握っても、良いだろうか」


 私が訊くと、コーネリアは頷き……ゆっくりと、布から右手を差し出した。

 私は、その彼女の弱弱しい右手を、優しく両手で包む。

 コーネリアも、動かすのも辛いだろうその手で握り返してくれる。


「ルピア様には、王都から戻ってから会っていないのだろう。だから、私がルピア様に伝言をお願いしていた言葉を、今、伝えよう」


 そう言って、私は……コーネリアに顔を近づける。


「今も変わらず、愛している、ネリ」


 コーネリアの瞳からは、大粒の涙が零れる。


「ど、どうし、て……そんな、に……わた、しが、欲、しい、言葉、を……くれ、る、の、で、すか」


 話しながら、コーネリアの瞳から零れるものが、粒から、一つの流れになっていく。


「わたし、も……ルネ、様……愛、して、い、ま、……」


 やっとコーネリアから聞けたその言葉に、私も感極まって……。

 彼女の頬に、優しく口づけをした。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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