02 コーネリアとの正式な顔合わせ
カダイフ家には、コーネリアの上に、かつて二歳上の嫡男ダリスが居た。
もう一人、コーネリアの下に二歳下のリューラという妹がいるらしい。
嫡子教育を本格化させるため、五カ月前にダリスは父親ダニエル――子爵家から婿入りしたそうだ――に連れられて一緒に王都に向かったが……道中運悪く崖崩れに遭い、二人は命を落としてしまったという。
婿入り当主と嫡男を同時に失ったカダイフ伯爵家は、元々の血を継いでいる当主夫人ルピアが当主となり、長女コーネリアが嫡女となった。
だが、貴族家当主は男性が望ましいと認識されている。カダイフ家はそう言った経緯があるとはいえ、当代も次代候補も女性で、それに元々が異民族出身と立場が弱い。
王家としてもこの事態が無視できず、カダイフ家を守るための王命だった様だ。
婚約が結ばれた二月後、初めての顔合わせの為に、父は王都の公爵邸へカダイフ伯爵家を招いた。
謁見の後は領地に戻っていた私も、それに合わせて王都邸へ移動した。
王都にある邸の応接室で父や長兄と待っていると、使用人に案内されてカダイフ伯爵家の母娘が入ってきた。
コーネリアはあの時と違って、薄紫色の髪をストレートに下ろしている。レース生地による装飾が程々にあしらわれている、深いグリーンのシンプルなドレスを着た彼女は、花壇ではなく野に咲く花を思い起こさせた。
見た目は弱冠吊り目で、きつく見えるかもしれないが、理知的な光が宿っていた。
聡明さを感じる彼女に、自分の顔が熱を帯びるのを感じる。
隣にいる当主ルピア様ほど肌に色を帯びていないが、遊牧民だった先祖の血を継ぐ彼女は、私達や邸の侍女達よりは肌の色が濃い。
彼女達が挨拶と共に礼をする。
王城で見た時よりは上手になっているが、やはりまだ拙さがある。
だが、彼女達の礼を見た邸の侍女達の目には嘲りが現れる。
互いに目配せをし、口に手を当てて「まあ、なんて」等と口にする者までいる。
それは、私に付けられた侍女達も例外ではない。
コーネリア本人は侍女達の様子に気が付いているのか、少し悔しそうな表情をしている。
どうやら彼女に向上心が無いわけではない。
だが、まだまだ本格的に社交界に出る年齢では無い。
今の段階で彼女が少々拙かろうが、もてなす側がそれを見て蔑むとはどういう事だと思う。
ただ少し気になったのは、隣のルピア様の礼も何か違和感を覚える物であったこと。
子供の私が見てそう思うという事は、ルピア様の体の調子の問題なのか。
そうでなければ、そもそもカダイフ家が受けている教育に問題があるのかも知れない。
「表庭の奥の四阿を用意してある。ファルネウス、コーネリア嬢を案内して差し上げなさい」
一通りの挨拶が済んだ後、二人の交流を深める様に父に言われた。
「ご案内します。どうぞ」
立ち上がって、コーネリアに右手を差し出す。
「宜しくお願いします」
彼女も立ち上がって手を取ってくれた。
私に右手を添えた時に、薄っすらと彼女の頬に紅が映るのが可愛らしい。
二人で応接室を出て、私付きの侍女フランの先導で四阿へ案内するが、フランはいつもと違う狭い道を行こうとする。
「この道だと、ドレスが藪に引っ掛かりかねない。賓客に失礼の無いよう先導してくれ」
「……畏まりました」
フランに注意し、コーネリアと並んで歩いても支障の無い道に変えさせる。
四阿に用意された椅子に、小テーブルを挟んでコーネリアと向かい合わせに座る。
予めここで控えていた、同じく私付きである侍女ニアが紅茶をカップに注ぎ、私とコーネリアの前へ置く。
コーネリアの側にカップを置いた時、ニアの口元が微妙に歪んでいたのを見逃さなかった。
ニアが何かをカップに仕掛けたのか。
しかも、コーネリアがそのカップを見て少し蒼褪め、悔しそうな表情をしているのを見ると、コーネリアもそれに気付いている。
だが、コーネリアは格上の家に招かれている立場である。
下手に騒ぎを起こして、礼を失してしまう事を恐れているのだろう。
そこで私は、ニアが離れた後……コーネリアと私のカップを入れ替えた。
途端に、ニアとフランの顔色が変わる。コーネリアも目を丸くする。
「それでは、頂こうか」
私はコーネリアへ用意された側のカップを持ち上げ、微笑んで、紅茶を一口飲む。
途端に、口の中に苦味と渋味が広がる。
コーネリアに飲ませる筈のこちらのカップに、ニアは何かを混ぜたのだろう。
折角海の向こうから仕入れた高級茶葉に、勿体ない事をするものだ。
私はニアとフランを一睨みし、手を払う仕草で四阿の隅に下がらせる。
その間に、コーネリアももう一つのカップを手に取り口を付ける。
途端に目を見開くが、すぐにふわりと微笑む。
香りと味を気に入ってくれただろうか。
「当家の者が失礼しました。お詫びします、コーネリア嬢」
そう言って頭を下げると、彼女は首を振った。
「頭をお上げください。ファルネウス様の御配慮で、家の外では久し振りに上等な紅茶の良い香りが楽しめました」
そう言ってコーネリア嬢は微笑んだ。
どうやら彼女は、今までどの家に招かれてもこんな扱いを受けていた様だ。
「改めまして、ルハーン公爵家三男、ファルネウスです。王命による婚約ですが、私としては、コーネリア嬢とは良い関係を築いていきたいと思っています」
「カダイフ伯爵家嫡女、コーネリアです。ファルネウス様が誠意ある方で安心致しました。こちらこそ、良い関係としたく思います。宜しくお願いします」
互いに挨拶を交わした後、互いの趣味の事や、領地の事を話しあう。
彼女は本を読むのが好きで、王都にいる間は王立図書館で薬草図鑑などを借りて読んでいるらしい。私も本を読むのは好きだ。
そもそも彼女が王都に来ているのは、嫡子となってしまった事で、これから必要な教育を受けるためだと言う。
ルハーン公爵家でこそ、御祖父様や家に仕える家臣達による教育を受けているが、多くの貴族家では多くを家庭教師に頼る事になる。
当主教育を担える家庭教師は数も少なく、その大部分は王都に住んでいるため、嫡男嫡女は必然的に王都に集まる事が多い。
カダイフ伯爵家の場合、家の方針で領地にて受ける教育もあるそうだ。
そのため、彼女はこれから年の半分は王都で、残り半分は領地で過ごす事になるという。
「それなら、王都にいる間だけでも、婚約者としての交流をしたい。当家のもてなしでは貴女の気が休まらないでしょう。今度は私の方が伯爵家へお伺いさせて頂きたいが、どうだろうか」
私がそう申し出ると、コーネリアは少し考える仕草をして答えた。
「そうですね。来月でしたら、多分大丈夫だと……。母にも確認しますので、具体的な日取りはまた後日でも宜しいでしょうか」
「わかった。こちらも候補日を連絡しよう」
私は彼女の返答に頷いた。
父と女伯爵の話し合いが終わったのか、父の使いが呼びに来たので、再びコーネリアをエスコートして応接室に戻った。
「どうだ、親睦を深める事はできたかな」
「ええ、愛らしいお嬢様と、楽しいひと時を過ごさせて頂きました」
父の言葉に私は頷いた。
「公爵家の侍女の皆様の対応にはいたく感じ入りました。有難うございます」
コーネリアは控える侍女達への嫌味を飛ばし、彼女達を鼻白ませた。
私が彼女の味方をした事で自信が出たのか、公爵家相手でも堂々と言える程の度胸もあるようだ。
カダイフ伯爵家の二人の辞去を見送り、私も自室に戻る。
しばらくゆっくり過ごしていると、フランとニアが二人で部屋を訪ねて来た。
「ファルネウス様、申し訳ありませんでした」
そう言って、二人は私の前で頭を下げた。
「それは、何に対しての謝罪?」
私がそう問うと、二人は言葉に詰まった。
「……ファルネウス様のお客様へ、失礼な事をしてしまいました」
しばらく黙って回答を待つと、二人はそう返した。
蔑んでいる相手なら、何をしても良いと思ったのだろうか。
「私付きの侍女にも関わらず、私情を優先したのか」
「そ、そんな事はありません!」
「違います!」
私が指摘した動機を、ニアもフランも否定する。
「私情ではないと言うなら、コーネリア嬢への嫌がらせは誰の指示か?」
理由を問うてみるが、彼女達は答えない。
「黙っていても、有耶無耶にはしないぞ」
「……旦那様達がカダイフ伯爵家を嫌っておいでなので、てっきりファルネウス様もそうなのかと思いました」
観念したのか、フランが先に答えた。
「私の意思を推し量り間違えたという訳か。ニアは?」
答えなかったニアにも理由を答えさせる。
「……私も、フランと同じです」
二人ともそうだとなれば、意思疎通があった、つまり共謀の可能性が出て来た。
「そうか。二人は私の意思を確認もせずに勝手に推し量り、共謀して公爵家が招いた客に嫌がらせをしようとした訳だ」
そう言うと、二人は蒼褪める。
「あ、あの!」
「そんな心算は……!」
二人が否定しようとするも、私は反論を許さない。
「結果として、私が嫌がらせを命じたと誹りを受けるか、それでなくとも自分付の使用人すら御せない無能だと誹りを受けることになる。コーネリア嬢に紅茶を出した時のニアは楽しそうだったが、私を貶める事まで狙ったのかな」
そもそも二人のした事は、自分の仕える主人を貶める事に繋がる。
子供の私に指摘されて、初めてそれに気付いた二人の顔色は、既に蒼白だ。
誰かの指示で、私を貶めるためにやった……なんてことは、無いだろうか。
そんな可能性も頭を過ぎった。そこまで行くと考えすぎだろうか。
「そ、そんな心算はございません!」
頭を下げたままニアは否定する。
「ではどんな心算だったのか。遊牧民出身という出自や、まだ礼のなっていない事を蔑み、コーネリア嬢に恥をかかせようと?」
そう詰問すると、二人は黙り込む。
だが二人ともビクッと反応したところを見ると、図星か。
……先ほどの可能性は、考えすぎだと思っておこう。
「いかにお前達がカダイフ家を、コーネリア嬢を蔑もうと、これは王命による婚約で、その顔合わせの為に公爵家が正式に招待したお客様だ。父や長兄の本心はどうあれ、公爵家が正式に招いた客人に侍女が嫌がらせをするとは何事か」
私は二人を叱責した。
いかに社交界で蔑まれていようと、主人の客へ使用人が嫌がらせを行うのは言語道断である。
父や長兄は知らないが、少なくとも私はそういう考えだ。
それを明示的に分からせなければ、彼女達ではなくても他の者が失礼を繰り返す。
「も、申し訳ありませんでした」
「以後、このような事は致しません」
二人は謝罪し、頭を下げる。
だが、もはや謝罪で済む問題ではない。
「退出して良い。君達の事は、家宰、侍女長とも相談する」
そう言って、益々蒼褪める二人を下がらせた。
私は既に、今後コーネリアと会うのは向こうの邸にしようと思っている。
だが、私が招かなくても、何かの機会で父が招かないとは限らない。
今度招いた時に別の者が同じ事をすれば、意味が無いのだ。
彼女達は、私付きとしては不適格だとして、外してもらわねばならない。
そうして初めて、私の意図が皆に理解されるだろう。
現在、王都邸の邸内の使用人を取り仕切るのは、長兄と家宰、侍女長で分担している。
しかし父もそうなら、長兄も内心カダイフ家を蔑んでいるだろう。
先ほどの行為を長兄が手を回したというのは穿ち過ぎだとは思うが、そうでなくてもあの侍女達を長兄が庇い立てしても困る。
一方家宰については、内心はともかく、カダイフ家をちゃんと賓客として応対していた。
彼なら道理は弁えていそうだ。
なので、私は家宰に二人の行為を相談した。
目論見通り、その日の夜から、私に仕える侍女が変わった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマや評価、感想、いいねなどを頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。