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ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


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28 怪しい隊列、幽閉された使い手

 ジュレーンを先頭に、私とリョナ、ヘリンとジョゼがそれぞれ横に並んで続き、最後尾にハンスの駱駝が付く。

 この並びの理由は、女性には隣の者が気を配るようにとの事だ。

 それに、私とリョナが、この中では一番体力に不安があるらしい。


 駱駝は、風の強い時にはゆっくり歩き、弱い時は早歩きで進む。

 ゆっくりと言っても、馬でいう常歩(なみあし)くらいだろうか。駱駝を降りて普通に歩くよりは大分速い。早歩きになると馬の速歩(はやあし)よりも速い。


 歩き方が馬と違うせいか、歩いている間上下にはあまり揺れないが、左右には揺れる。

 慣れない揺れに、馬よりも疲れる。


『駱駝の歩きに合わせて頭を揺らさないで。駱駝自身は頭を揺らさない。体でバランスを取って』


 隣のリョナから注意された。

 注意されて、腰で左右のバランスを取るようにして、頭が左右に揺れないようにする。

 すると先ほどまでに比べて少し楽になった。


 見ると駱駝の体は左右に揺れるが、確かに頭は動いていない。

 その方が楽だと本能的に知っているからだろう。



 砂の丘を上ったり下りたりするだけで、進んでも砂漠の景色は代わり映えがしない。

 だが、朝から歩き続けて、途中一度休憩を入れ、また歩き続けて、日が沈む前に漸く中継地に着いた。


 中継地は、砂漠の真ん中に岩山が幾つか立っている場所。

 ごつごつした岩肌に、若干の草が生えている。岩山に囲まれた中には井戸が掘られていた。

 覗き込んでみると、井戸はかなり深く底が見えない。


『水が結構減ってるなら、余り飲んでない者から分けて貰え。元々はそこの井戸は駱駝用だ』


 ジュレーンが言うには、駱駝は水や食事が最小限でも、砂漠を長く歩けるそうだ。

 ここの中継地に来るまでの間も、それほど水を飲んでいなかった。

 だが、普段はかなり水を飲み、草を食べる生き物らしい。

 水が飲める場所なら、たっぷり飲ませてやるのだという。


 ここの井戸から汲める水はそれ程綺麗ではなく、駱駝はともかく人が飲むと腹を壊すそうだ。


『水はまだ、半分も減っていない』

『半分減ってるなら少し後で分ける。半分から先は、飲まなくても減りが早くなる』


 ジュレーンはそう警告した。


 ヘリンやジョゼ、ハンスの三人はそれ程水が減っていなかった。

 極限状態での行軍訓練を偶にやっているらしく、その経験が生きているという。

 リョナは私と同じくらい水が減っており、私とリョナは、日が沈んでからジュレーンやヘリン達に水を分けて貰った。


 日が沈むと急激に寒くなっていく。

 私達は、岩山に囲まれた井戸の傍で、テントの中で身を寄せ合って眠った。



 翌朝日が昇って直ぐに出発する。

 オアシスへ向かう方角だというジュレーンに従って、同じ隊列で進む。



 しかし、昼を過ぎて暫くした頃。ジュレーンが手振りで指示し私達を止めた。

 彼の指示に従って私達は駱駝を降り、地面にしゃがみ込む。

 駱駝達も砂漠の上に腰を下ろし、低い体勢になる。


『どうした』

『あちらの方角に駱駝の隊列が見える。外套の色からして、恐らく私達の向かうオアシスから出て来た隊列だ。だが、妙だ』


 ジュレーンが指さす方角には、私には何も見えない。


「なにかが見えるな。だが私には、それが何なのかはわからない」


 ハンスには、何かが見えているらしいが、判別までは出来ない様だ。

 それが、ジュレーンにはもう少しはっきり見えている様だ。


『妙とは、どういう事だ』

『あの隊列の向かう方向には、昨日の中継地とは別の岩山がある』


 そう言って、ジュレーンは隊列を指すらしい指を左に向ける。

 何となくだが、彼の指差す方向、地平線に何かが見える気がする。


『あそこを中継地にして行ける様な場所は無い。岩山自体にも、井戸と、風よけの洞穴以外は何もなかったと思う。他の氏族へ向かう隊商ならこんな方角には行かない。それに……他にも、妙な点はある』


 ジュレーンは、目を細めてから最後の言葉を口にした。


『駱駝の歩きが速い。荷物が少ないのだ。あれでは、岩山に用があるとしか思えない』


 岩山以外に何も無いなら、そんな場所にわざわざ砂漠を渡って行くのは不自然だ。


『私たちを伏せさせたのは何故だ』

『あの隊列から金属が光るのを感じた。刀を佩いている気がする。人数は五人程とはいえ、盗賊の類なら見つかると不味いと思って、咄嗟に降りる様に言った』


 ジュレーンはそう言って、暫く隊列の居るという方向を見つめ続けた。


『隊列の動きに変化は無いから、私達が見つかった様子はないだろう。だが、しばらくこのまま休憩する。今のうちに水を飲め。絶対に立ち上がるな』


 私はジュレーンの言葉を翻訳しヘリン達に伝えた。

 ジュレーンは砂漠にしゃがんだまま、その隊列の方向をじっと見つめている。


『あの岩山は、オアシスからどのくらい離れている』

『向こうの速さなら、真っ直ぐ向かって二時間と言ったところだ。私達の速さなら三時間くらいだな』


 ジュレーンに問うと、そう答えが返って来た。


『それだけ離れていると、オアシスからはあの岩山は見えないか』

『見えないだろうな』


 ジュレーンの答えに、私は考えた。


 オアシスから出て来た武装した隊列。

 行き先の岩山はオアシスからは比較的近いが、見える程の距離ではない。

 隊列は、明らかにその岩山へ向かっている。


 オアシスの方向から来たなら、隊列の事は恐らく氏族長が把握している。

 武装しているとしたら、示威行為にしろ何にしろ、必要だからそうしている筈だ。

 だが盗賊がオアシスの近くに出て、討伐のためなのだとしたら、そんなに軽装なのも、人数が五人しかいないのもおかしい。

 では、武装しているのは、何のためだ。


 ルピア様達と氏族長達の関係性は密接ではなく、そして方向性も違いがあるようだ。

 『大事な役目の方々』に仕えるガンド達を放逐し、そしてルピア様やコーネリアを、彼女達『大事な役目の方々』に仕えるガンドと引き離し、オアシスへ連れ帰ったという氏族長達。

 それら、ガンド達から聞いた話を考え合わせた時……。


 私の背筋を、冷たいものが走った。



『ジュレーン、ここからあの岩山まで、どのくらい掛かる』

『……行くだけなら、今までの速さでも二時間あれば行ける。だが、オアシスへ行くのでは無いのか。あそこに寄れば、夜になるまでにオアシスには着けない』


 ジュレーンは言うが、私の直感はあそこへ行けと告げている。


『人数が僅かに五人だが、あいつ等は武装している。オアシスから出た隊列なら、氏族長は彼等の行動を把握している筈だ。軽装であることが、目的地自体があの岩山だと示している。つまり氏族長達は、オアシスの人達に内緒で、あそこに何か大事なものを隠している』


 私はジュレーンに推測を話す。


『……何が言いたい』

『彼等の武装は示威行為だろうが、人の来ない場所なら、外に対する示威行為は必要ない。彼等はあの中で武威を示す、つまり脅す必要があるために武装しているのではないか』


 推測の続きを話すと、ジュレーンは目を丸くする。


『……まさか、あそこに誰かが捕らえられていると?』

『その可能性は高いと思う。罪人を収容しているとかかもしれないが』


 私はジュレーンに答える。


『ま、まさか……』


 私達の会話を聞いていたリョナが呟く。


『……姫様が連れて行かれるとき、聞いてしまったのです。失敗した罪は償って貰う……そんな事を言っている者がいたのです。聞き間違いだろうと思って、今まで忘れていたのですが』

『何だと⁉ どうして、もっと早く言わない!』


 リョナが慄きながら話し、ジュレーンが驚く。


『ごめんなさい……でも、今思い出したの。それにいくら何でも、姫様にそんなひどい事をするとは思いたくなくて』

『……怒鳴って悪かった』


 リョナとジュレーンがお互いに謝る。


「どうした、ファルネウス」


 ヘリンが聞くので、今までの話をヘリンに翻訳して聞かせる。

 コーネリアやルピア様が捕らえられている可能性を示唆すると、ヘリンは考えた。


「……だが、今このままあそこに向かうとあの隊列に見つかる。あそこに他に誰かが居て、明るい内に見つかったら逆に私達が危ない。日没直前までここで待機して、沈む前に全速力で向かってはどうか。夜闇に乗じてなら中を探り易い」


 そういうヘリンの提案を、翻訳してジュレーンに伝える。


『確かにあそこは気になる。その手でいこう』


 ジュレーンは了承した。



 その体勢のままじっと待機していると、段々と日が陰ってきて、あの隊列はジュレーン曰く、岩山に入って行った。

 私達はジュレーンの合図で再び駱駝に乗り、全速で岩山へ向かう。


 岩山が近くなってくると速度を落とし、少し離れた場所で駱駝を止めて降りる。

 その頃には日は沈み、辺りは暗くなってきた。

 ジョゼとリョナにはその場に駱駝と待機して貰い、ジュレーンの案内で岩山に歩いて近づく。


 ジュレーンに中の岩山の構造を訊くと、目の前の岩山の向こう側に井戸があり、その傍に小さな洞穴があるそうだ。

 万一ここで夜を明かす際には、洞穴の中で夜を過ごすのが普通らしい。

 こちらから見える所には人は居ない。


 ヘリンとハンスが靴を脱いで、音を立てない様に裸足で岩山を上っていく。

 その間、私とジュレーンはジョゼとリョナを呼びに戻る。

 二人を連れて戻ると、ヘリンが戻って来ていた。


「上で彼等は向こう側の様子を確認したが、井戸の傍で四人が火を焚きながら何か話していた。だが俺達では話している意味が分からない。ファルネウスと、ジョゼも来てくれ。ジュレーンとリョナは、この場で待って貰ってくれ」


 私は、ジュレーンとリョナにヘリンの要請を翻訳した。

 彼等は頷いたので、私とジョゼは靴を脱ぎ、音を立てない様にしてヘリンに付いて岩山を上る。


 上から覗き込むと、四人が火を囲んで何か話していた。

 風に乗って聞こえる言葉に耳を澄ませる。


『……隊長は中でお……だってい…のに、何で俺た……ここで火の……なんだ』

『言うな。隊長は氏族…の息……だ…。睨ま……大変だ』

『しかし、ひ……んな事していいのか。治……と言って………だろ』

『王……来る者との……使うらしい。どうせ失…して、もう……ないなら、そう……風に使……って、隊長が……』


 風にかき消され、断片的にしか聞こえない。


『どうせ、ここには……ないんだから、俺らも……』

『まあなあ。退屈で、……ないと、眠くなる』

 

「あいつ等は五人。隊長は中にいて、四人は火を囲んでいるが、待っていれば寝そうだ」


 小声でヘリンに伝える。


『お休み』

『俺も、寝るわ』


 そんな声が聞こえ、暫くすると寝息が聞こえる。

 覗き込むと、三人が寝入っていて、一人だけが起きて火の番をしている。

 彼等の駱駝は、少し離れた場所の岩に繋がれて休んでいる。


「ファルネウスは、ここで待っていてくれ」


 そう言ってヘリンはハンスとジョゼに手振りで指示する。

 三人は靴を履いて立ち上がり、音もなく岩山を駆け下りて行く。

 そして、回り込んで焚火の番をする男に後ろから近づいて行く。


 だが、男には気付かれた様だ。


『な、何者だ! 皆、起きろ!』


 火の番の男はそう叫んで立ち上がる。

 しかしその頃にはヘリンが間近に迫っており、ヘリンが男の腹に膝を入れて昏倒させていた。

 寝ていた男達も慌てて起き上がるが、三人に後頭部や腹を殴られ昏倒する。


 ジョゼが繋がれている駱駝の所へ走り、荷物を探って戻って来る。

 彼女の手には、ロープが握られていた。

 ヘリン達は、男達をロープで縛り始める。


 もう大丈夫だろうと、私は岩山を降りてジュレーンとリョナの所へ戻り、岩山を回り込んでヘリン達の方へ向かう。


『誰だ、お前達は!』


 そんな声がヘリン達の居る方向から聞こえ、次いで剣戟の音が聞こえ始めた。


『ぐあああっ』


 だが、そんな叫び声と共に、すぐに剣戟は静かになった。

 向かうと、倒された四人と同じような服装の大男が腰を折って倒れていて、近くには曲刀が転がっていた。ハンスとジョゼが、その男を縛り上げている所だった。


「こっちは片付いた。ジュレーンとリョナを連れて来てくれたのか」


 ヘリンは、縛られ倒れている者の一人の胸倉を掴みながら、私の方へ言った。

 大男は先ほど見なかったので、中に居たという隊長だろう。だが、今は悶絶しているのか、話をできる状態では無さそうだ。


「ズボンの下で真ん中の物をおっ立てていたから、倒すのは容易かったが、こいつには事情を聞けんな」


 ハンスのその言葉に、私は蒼褪めて言う。


『リョナ、済まないが、中の様子を見て来てくれ』

「ジョゼ、リョナと中の様子を見て来てくれ。嫌な予感がする」


 リョナとジョゼの二人にそれぞれの言葉で、焚火近くに入口の開いた洞穴の様子を確認するようお願いする。


『ま、まさか、姫様が……⁉』


 そう言って、リョナは洞穴へ走って行く。

 ジョゼも傍に置いてあった薪に焚火の火を点けてリョナを追いかける。


『ひ、姫様! 姫様ああああ!』


 洞穴の中から、リョナの悲痛な声がする。

 中からジョゼが走り出て来る。


「皆さんは、絶対、中に入らないでください!」


 そしてジョゼは、入り口に打ち捨てられていた大きな布を抱えて中に入る。

 あの布は、隊長が入っている間、入り口に掛けられていたのだろう。

 ……くそっ!



 私達は、彼女達が洞穴から出て来るまでの間に、縛り上げた五人を尋問した。

 口を割らない奴には、焚火の火を目の前に近づけて脅すなど、私達は容赦をしなかった。

 その結果、聞き出せた内容は、こんな事だった。


 氏族長達は、秘技の使い手である女性に、秘技の行使を命じた。

 秘技の行使には、集中力を極限まで研ぎ澄ます必要があるらしく、彼女はこの岩山の地で寝泊まりしながら、自らを高めていった。

 そして、彼女は氏族長達に連れ出された。


 砂漠の端で、かつて追放した守り手達と合流し、遥か遠く、王都近郊の山までやって来た。

 ここで、使い手の女性は最後の調整をした後……あの式典会場から少し離れた場所までやって来た。


 だが……彼女は、秘技の行使に失敗した。

 彼等にとっての仇、王国を追い出された氏族の仇を討てなかった。


 失敗した彼女とその守り手は、協力者と交渉させていた氏族長の従弟達と、砂漠の端まで帰って来た。

 彼女達と一緒に帰って来た氏族長の従弟達は、王国の協力者に裏切られたと言っていた。

 連れて帰ろうとしたが、万一王国側から再交渉の話が出れば対応したいとその従弟たちは言い、それならばと彼等を王国の端に残した。


 かつて追放した守り手達は、敵討ちに成功すれば追放を取り消すとしていた。

 失敗したという理由で彼等も置き去りにしたが、氏族長は最初から、彼等をオアシスに戻すつもりが無かった。


 そして仇を討てなかった使い手に怒った氏族長は、連れ帰った使い手をここに幽閉した。

 使い手は、行使に失敗した後遺症で両手足が動かなくなっている。

 そんな使い手に対して、治療も施さずに洞穴に押し込め、幽閉していたのだ。



 そしてこの五名は、動けない使い手を定期的に見張るために来ているそうだ。

 隊長は氏族長の息子ラデン。

 そんな、身動きを取れない使い手の彼女の居る洞穴に、一人入って行ったこの隊長は……!



 ジョゼが洞穴から出て来た。

 怒りが収まらず、隊長を殴りつける私の所に、彼女は真っ直ぐやって来た。


「ファルネウス様……今日の所は、()()()はリョナと中で休ませます。その者を殺した所で何にもなりません」

「わかっている……こいつは、交渉に使う重要な証人だ」


 だが、怒りの収まらない私は、もう一発だけこの隊長の股間を蹴って、その場を離れた。



 秘技の使い手は……コーネリアだったのだ。


 カダイフ氏族の中で、秘技の使い手は……一族の女性を守る、ひいては一族を守る者として、氏族の皆の敬意を。また、その会得の為の不断の努力に対して皆の尊敬を集める、大切な存在なのだと、ガンドは言った。


 だが、バダウェイ氏らに王都へ連れ出され、秘技を使った彼女は……行使に失敗し、その後遺症で手足が動かなくなってしまった。

 秘技を失敗した廉で動けない彼女を氏族長は責め、ここへ幽閉した。


 そして、この場に一人幽閉された彼女を、氏族長の息子ラデン隊長は定期的に訪れて……!


 私は怒りに震えた。

 王国として、カダイフ氏族との再交渉の為に来たのだが……。

 私は、氏族長に対して容赦しない事を決めた。

 私情で動くなと、後で陛下にお咎めされようが、構うものか。


「ファルネウス。氏族との交渉はお前の好きにしろ。陛下からのお咎めは無いと思うが、あっても私が責任をとる。私も、奴等は許せん」

「有難う」


 ヘリンに、私は頷いた。


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