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ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


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27 歓迎の宴

 砂漠を渡るのにどんな物が必要かを彼等に聞いてから、私達は一度邸に戻った。

 夕方には全員連れて村に戻る、とガンドは伝えた。


『向こうの村の人達も呼んでくるよ!』


 戻る途中、村の者達が私達にそう声を掛け、駱駝に乗って通り過ぎて行った。


 邸に戻って、居残っていた二人とも一緒に、ガンドから聞いた物を纏めだす。

 暫くすると、ヘリン達も戻ってきた。


「どうだった?」

「二つ程、隠れ住む氏族の人達の村を見つけた。少しは言葉が通じたから話してみたが、警戒されていて取りつく島も無かった。帰る途中、何か大きな動物に乗って走り去る者も居たが、声を掛けても無視されたよ」


 ヘリンは頭を振った。

 動物に乗って走り去った者達は、さっきのあの村の若者たちだろう。


「こっちも一つ村を見つけた。向こうの言葉で話して、コーネリアからの預かり物を見せたら打ち解けたよ。今夜は宴にするから全員連れて来いって。その動物に乗った若者たちは、ヘリンの見つけた村の人達を宴に招待するそうだ」


 ヘリンは溜息を吐いた。


「そうか……やっぱり、氏族は言葉が違うか。王国では君以外の誰も、氏族の言葉がわからないだろう。その言葉は、愛しの君から教わったのかい?」


 コーネリアの事を愛しの君と言われ、少し気恥ずかしい。


「ああ、そうだ。婿入りするからには、向こうの言葉が話せなければ意味が無い」

「そう言う所が、君が向こうから歓迎される理由でもあるのだろうな。重鎮の方々は、若すぎると言って君を交渉役にすることに反対していたが……こうも易々と向こうの懐に飛び込める君でなければ、王国では誰も氏族と交渉なんてできなかっただろう。陛下は慧眼だったよ」


 ヘリンは、そう言って私に笑った。



 砂漠を渡る荷物の用意を持って、私達は十二人全員で村に向かった。


 邸で荷物を整理している時や、村へ向かう途中でも、何度か走る駱駝が横を通り過ぎて行った。

 村を出る方向は若者が一人で乗っていたが、村へ戻る方向は三、四人が一緒に乗っていて、更に何やら荷物を多く積んでいた。

 戻る方向ではさすがに駱駝の速度が遅かったが、それでも私達が荷物を運ぶ速度よりも早かった。

 彼等は通り過ぎる度に私に氏族の言葉で声を掛け、私も氏族の言葉で答えていた。



 私達が荷物を揃えて村に着く頃には、日が大分傾いていた。

 最初に見た村の人数は十数人だったが、今は三、四十人程がいて、村の広場で幾つかテントを張ったり、大きな甕を運んでいたりと男女関係なく忙しなく動いていた。


『今日は、この村に泊まっていくがいい。そこの二つのテントを使ってくれ。残りのテントには他の村の者が泊まる』


 ガンドは、別のテントを立てる手伝いをしながら言った。



『姫様の大事な方、ファルネウス様が来てくれた。今日はその歓迎の宴だ。ようこそ、我等の隠れ里へ! 皆の者、乾杯!』


 テントは広場の端に立てられ、広場の真ん中には刺繍の施された敷物が何枚も敷かれている。

 その上に私達は円になり、ガンドの掛け声に、『乾杯!』「乾杯!」と、お互いの国の言葉で酒の入った杯を掲げる。子供や酒の飲めない女性は酪乳――あの駱駝の乳で、酒もその乳を発酵させて作ったものらしい。


 氏族の者達は次々に私の所にやって来て、あのリボンを見せて欲しいと頼んできた。見た者達は喜び、あるいは涙ぐみ、『有難う』と私に一礼をしてそれぞれの居た所へ戻って行った。


『そのリボンは……昔、儂の母が編んだものだ。この国に来て、ハーウィルの街で氏族の飾り物を店に売っていた時にコットンレースを見かけたそうだ。レース織の職人の女性に頼んで、持っていたヘンプ織のリボンにレースを織ってもらったらしい。持ち帰って、ゴラン様……アーリシア様の旦那様に見せたら、アーリシア様にこれを贈りたいと、ゴラン様が高く買い取ってくれた』


 酒を酌み交わしながら、ガンドはリボンの生まれた経緯を語った。


『このリボンを見て……ヘンプ織を織る我々と、コットンを織る王国の民。それらが共存し、共に生きるというアーリシア様の願いをよく表していると、ゴラン様は思ったそうだ。その願いはアーリシア様から、ルピア様そして姫様にも、引き継がれているのだ』


 ガンドの語る内容は、まさしく、コーネリアがこれを私に預ける際に話していた事だ。


『それだけルピア様やコーネリアの思いを知っていて、彼女達に仕えていたのなら、どうしてオアシスに戻らず、ここで暮らしているんだ』


 そう訊くと、ガンドは顔を曇らせた。


『俺達は、オアシスを追放された身だ』


 ガンドは、寂しそうに言った。


『何故だって顔をしているな。ルピア様や姫様は、そのリボンに象徴されるように、氏族と王国の融和を……上下なく共に生きられる事を願っていたが、氏族長達はそうでは無かった。それどころか、王国との折衝役や、王都にいる氏族の者達の世話、それに、大事なお役目……何もかもあの方達に押し付けた。それを抗議したら、あいつ等は私達をオアシスから追放した』


 ガンドは、王国との折衝役と、大事なお役目を分けて話している。

 大事なお役目とは……カダイフ伯爵としての役目の事では無いのか?

 嫌な予感が、また。


『十年前にルピア様達があの邸まで追いやられた時も、ルピア様や姫様が不自由なく暮らせるよう、私達はここで暮らしながら、あの方達のお世話をしてきた。あの方々が邸に居ない間も、邸を持ち回りで管理していた』


 あの砂漠の端の邸には、使用人が住む部屋があまり備わっていなかった。

 その分、彼等が邸を維持していたのだ。


『今回、ルピア様は氏族長達と一緒にオアシスに帰ったが、私達は帰る事を許されなかった。その代わり、リボンを持つ者が訪ねてきたら、願いを叶えて欲しいとルピア様に頼まれていたのだ。……()()様は、君が来るだろうとわかっていたのだな』


 今、ガンドはルピア様の事を『先代様』と言った。

 という事は……大事な役目とは、カダイフ伯爵当主の事では、ない。

 まさか……ひょっとして……。


 嫌な予感が当たっていない様にと内心願いながら、私はガンドにある事を尋ねた。

 だが……彼は、私の言葉に、頷いた。

 私は、激しい怒りを覚えた。


『君は、姫様の言っていた通りの男だな。姫様の為に怒ってくれるのか……有難う』


 ガンドは、そう言って頭を下げた。



『オアシスに向かう前に、ガンドにお願いしたい事がある』

『何だろうか』


 私は、それからガンドと大分話し込んだ後、杯を置いて言った。


『明日、連れて行く人員を決めて欲しい。求めるのは案内役だけではない。きちんとコーネリアの世話をしてくれる者も連れて行きたい。その為には、私達の人数を一人減らしても良い』


 私の申し出に、ガンドは驚いた。


『……そうだな。向こうには、姫様のお世話が満足にできる者が少ない。俺達も姫様の事が心配だ。一番姫様に寄り添える者を一人、一緒に行かせよう。彼女は駱駝に乗る事は問題ない。その代わり、連れて行く者達を、姫様を……あいつ等から守って欲しい。どうか、お願いする』


 そう言って、ガンドは手を着き私に平伏した。


『無論、言われなくてもそうする心算だ。必ず、コーネリアを、連れて行く者達を守る』


『……有難う。明日、一緒に行って貰う者達に、話をしてくる』


 そう言って、ガンドは立ち上がり、氏族の者達がヘリンの配下の者達と談笑している所へ向かっていった。



 それを見ていたのか、別の村の者達と話していたヘリンが近づいてくる。


「あの長とは、上手く行ってそうだな」


 私はヘリンに頷いた。


「ガンドからは、色々と氏族の内情を聞かせてくれた。所でヘリン、オアシスへ向かう人選の事だが」

「私は一緒に行くぞ。あと三人、既に選んでいる」


 ヘリンの方で人選は済んでいるようだが、変更が必要だ。


「向こうから、女性を一人追加で連れて行くことになった。ヘリンには来て欲しいが、連れて行くのは後二人。申し訳ないが人選をやり直して欲しい。できれば、その内の一人はジョゼを」


 そう言うと、ヘリンは固まった。

 ジョゼは、今回ヘリンに着いて来ている十名の配下の内、二人いる女性の一人だ。


 砂漠を渡るのは、体力が求められる過酷な旅になるだろう。

 残り二人共を女性にすると、一行の半分が女性となり、いざという時に心許ない。

 だから一人だけ女性を指定し、残り一人をヘリンに任せる事にした。

 如何に第三騎士団の精鋭と言っても、身体能力の性差の問題は無いわけではないのだ。


「……愛しの君が向こうで置かれている状況は、良くないのか」


 それでも敢えて女性を一人入れなければならない状況を、ヘリンは察して言う。


「聞いている限り、余り良くない事が推測できる。ルピア様でさえ、氏族内の立場がそれほど強い訳ではないらしい」

「そうか……分かった。皆と話して来る」


 そう言って、ヘリンは別の場所で村の人と談笑する仲間達の所へ向かった。



 村の人達との語らいは、遅くまで続いた。

 その日は用意されたテントにて、寝袋で休んだ。

 二つ用意してもらったテントは、女性であるジョゼともう一人が小さいテントを、残りは大きいテントにて十人で雑魚寝をした。



 次の日、日が昇る頃にテントの外からガンドに呼びかけられた。

 ガンドは若い男と、私より上であろう妙齢の女性を連れていた。


 若い男はジュレーンと名乗った。彼がオアシスまでの道案内役だという。

 そして女性はリョナと名乗った。小さい頃からコーネリアの世話をしてきたらしい。

 ジュレーンに負けない体力があり、砂漠を渡るのにも問題無いという。


 我々からは、私とヘリン、ジョゼと、一番の武術の達人ハンスが行く。

 残りの配下は、一部はあの邸で待機する。残りは王都との連絡役だ。

 私達が一月かかっても戻らない場合には一度邸を引き上げる様、ヘリンが残る配下に伝えていた。



 駱駝には、村の者達の手で既に荷物が積まれていた。

 駱駝を連れて砂漠に出て、駱駝の乗り方の指導を受ける。

 私達が乗る駱駝達は大人しく、覚えたての私達の命令も素直に聞いてくれたので操り易い。ジュレーンの乗る駱駝だけは、かなりのじゃじゃ馬ならぬ、じゃじゃ駱駝らしい。


 そして、私達は砂漠を渡るための外套を渡される。

 ヘンプ織の大きな布を体に巻き付けて留め紐で固定する。小さな布は頭から被り、同じく紐を顎に渡して固定する。小さい布に切り込みが入っていて、目だけが外から見える形だ。


『砂漠の日差しは体力を奪う。これは、日差しを遮り、かつ風通しを良くするものだ』


 そうガンドは説明した。

 最後に、親指の先ほどの小さな丸い石を各自に渡される。


『砂漠は水が少なく極端に暑い。口を開くと直ぐに喉が渇く。石を口に含んでおけば、唾が出て渇きが和らぐ』


 ガンド達に渡されたのは喉の渇きを癒す飴などではなく、どう見てもこれはただの石だ。

 これは、砂漠に住む民の知恵なのだろう。


『なるべく水を飲む回数は減らせ。どうしても耐えられない時だけ水を飲め。そして大事なのは飲んだら直ぐ蓋を閉じろ。砂漠では水筒を開けるだけで、飲まなくても水が減る』


 ジュレーンの警告に、私達は頷いた。

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