表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/35

25 未練がましい三人

 交渉文書が出来あがり、カダイフ氏族との再交渉に向けた使節団の結成が始まった。

 しかし砂漠を渡る明確な手段が無い以上、それほど大人数の使節団を組む訳には行かない。


 そこで、陛下は交渉を二段階に分けることにした。

 まずは和解案を提示し、カダイフ氏族の代表者に和解交渉のテーブルについて貰うための予備交渉を行うもの。これは、直接カダイフ氏族の住むオアシスへ赴く必要があるため、少人数での交渉団となる。


 一方、本交渉は、砂漠の端の森を隔てた王国側で場を設定する。

 本交渉は、全権を握る王族が担当し、必要な情報を整理分析する文官団、警備の為の騎士団、彼等を支える者達が付随するため大人数となる。


 私は、陛下より予備交渉団の団長を拝命した。

 氏族の事を理解している王国人が、私の他にはいない、という陛下の判断による。


 副団長はまたもヘリン、そして十名の随行員が付けられた。

 後で陛下に聞いたが、ヘリン含めて全員が第三騎士団の精鋭だという。


 本交渉団は人選を進めるが、予備交渉が成功し、私が戻って報告を上げてからの正式結成となる。

 

 ちなみに、巡検使の職も未だ解かれていない。

 理由としては、氏族から王国へ再帰属を求める者への対応が一部残っているからだ。

 具体的な権限行使は、予備交渉後の話となる。



 準備の上、私達予備交渉団はフラーベル子爵領へ向かった。

 カダイフ氏族が去ってしまってから、ジョルド侯爵の罪を調べ上げ、処罰し、和解案を纏めるのにかなり時間を使ってしまったため、馬を乗り継いで向かう事になった。

 行く先々で乗り換える馬や、食料や水などの手配は、第三騎士団が裏で行ってくれていた。

 お陰で、王都を出発してから、砂漠との森の端まで僅か五日で到着した。



 その森の端、以前来た時に兵舎や馬小屋、倉庫が置かれていた場所へやって来た。

 そこには今、十人程のカダイフ氏族が住んでいるという。


 我々が到着すると、何人かの氏族の者が現れた。

 出て来た者達の中に見た事のある顔を見つけ、私は顔を顰めた。


「王国からの御使者の方々でしょうか。私はカダイフ氏族長の従弟のバダウェイと申します。以前は、王都治療院外科医療長を務めておりました」

「ファルネウス・ルハーン殿とお見受け致す。王立学院外科講師を務めておりました、ジャッディンです」

「私は、王立医療研究院外科部長を務めておりました、ロックソンです」


 この三人は、旧カダイフ伯爵家が爵位返上を宣言してから、ジョルド侯爵に接触し交渉していた者達だ。彼等の後ろに、七人の氏族の若者の男性が従っている。

 ジョルド侯爵の所に彼等が出入りしていた事を、私が知らないと思っているのだろうか。

 知らないとしても、掌を返し王家に阿る彼等の態度は頂けない。



 使い手による秘技の行使後、彼等と秘技の使い手、そして『守り手』を称する使い手を守る者達は、ジョルド侯爵の手の者によって王都の外へ護送された。

 しかし侯爵の手の者達は……王都を出て少し離れた場所で襲い掛かってきた。


 第三騎士団の者達は、王都を出る前からその様子を見張っていた。

 そして、王都郊外で襲い掛かったところで彼らを捕縛し、カダイフ氏族を救助した。

 そこで第三騎士団の者達は、自分達が王家の遣いだと明かし、かねてよりの約定に従って秘技の使い手とその守り手達を送り届けると宣言した。


 十人程の守り手達は、遠くフラーベル子爵領の先、砂漠の端まで送り届けてくれるようお願いして来たという。第三騎士団はそれを受諾した。

 使い手自身は守り手達に匿われ、第三騎士団は使い手に直接会う事が出来なかったそうだ。


 だが一方、彼等三人は、ジョルド侯爵に会わせろと騒ぎ立てたらしい。


 第三騎士団は困惑したが、『秘技の使い手の随行者として、一緒に送り届けるべし』という王太子殿下の指示があり、彼等も一緒にここまで送り届けた。

 殿下がその様に指示した理由は、カダイフ伯爵家が爵位返上と王国との縁切りを宣言した以上、彼等を王都に残す名分が無かったためだ。



「ジャッディン殿はお久しぶりです。いかにも、私達はカダイフ氏族との交渉の為にやって来たが、我々に何用ですか」


 私は敢えてそう返した。


「何用と申されましても、我々は氏族長の意志で、王国との再交渉の為にここへ残されました。ですので、再交渉についてはひとまず我々が内容を伺います」


 バダウェイ氏がそう答えた。


「我々は、貴方達と話をする気は無い」


 私は毅然と言い放った。


「な⁉ 王国の再交渉の使者では無いのですか! 我々が窓口として立っているのです。貴方の独断でそんな事を言えるのですか!」


 バダウェイ氏は食い下がる。


「これは陛下の意志なのだが、再交渉をする前に、我々はまず話をしなければならない、謝罪をしなければならない相手がいる。再交渉はそれが済んでからの話だ」


 だが、私は独断と決めつける彼等の言葉を否定した。


「謝罪と言うなら、カダイフ氏族をこんな目に遭わせた王国側が、この場で我々に謝罪して頂きたい!」


 ロックソン氏は喚く。


「フラーベル子爵の手によって、入植した開拓地を追われたことについては、確かに王国側が謝罪すべき事だ。だがそれは氏族の集まる場でするべき事である。王国の暮らしが忘れられず、王国の端で使者を待って未練たらしく過ごす者達だけの前でするべき事では無い」

「何だと、貴様!」


 彼等の真意は知らないが、私はそう断じた。

 バダウェイ氏達が怒りを露わにする。


「大体、カダイフ氏族を代表してこの場に居ると言うなら、ジョルド侯爵に託して王都に残してきた四人を心配する声一つ出てこないのは何故だ。特にロックソン殿、その内の一人は貴方の娘だろう」

「……どうして、それを知っている」


 ロックソン氏は驚いた顔で言う。


「ジョルド侯爵邸で監禁されていたその四人を、我々が保護した」

「か、監禁、だと……嘘だ!」


 ロックソン氏は、信じられないと喚く。


「お前達が交渉したジョルド侯爵は、裏ではカダイフ氏族を砂漠に追いやった張本人だ。フラーベル子爵は彼の手下に過ぎなかった。彼等は氏族を追い立てた上で、ダーウェンの地で大量に大麻草を栽培し、麻薬を製造し流していた。そしてカダイフ家にわざと不十分な援助をして、氏族が蔑まれる状況を作り出し、いざという時に氏族に罪を着せるべく工作していた」

「そ、そんな、そんな馬鹿な……」


 バダウェイ氏が、ジャッディン氏が、驚愕の表情で凍り付く。


「カダイフ氏族が王国に帰属して五十年。その間、曲がりなりにも王国貴族達と渡り合ってきたルピア様たち旧カダイフ伯爵家の方々でさえ、ジョルド侯爵に騙されてきたのだ。王都の治療院や研究院で平穏に過ごしてきた貴方達では、侯爵にとって赤子の手を捻る様な物だろうな」


「じゃ、じゃあ、私達が預けた、あの四人は……娘は、どうなったのですか」


 ロックソン氏が私に尋ねる。


「カダイフ氏族に麻薬の罪を着せる為、あの方々は、監禁され、麻薬を投与され、そして使用人達の私欲の為に暴行されていた。彼女達は王宮の治療院で治療を受けている……うち三人は、徐々に快方に向かっているが、心の傷は癒えていない。だがシャヒーン嬢は……かなり多く麻薬が投与されていた。未だ、正気を取り戻していない」

「そ、そんなことが……あ、あああ、ああああああああ!」


 ロックソン氏は、残酷な現実に頭を抱え、叫び出した。


「四人は、彼女達なりに王都の生活に溶け込もうとしていた。それは、カダイフ女伯爵ルピア様のたっての願いでもあったと聞く。自らの努力とルピア様の助けによって、彼女達は王都に居場所を得て、恋人や家族も出来ていた。そんな残される彼女達の事が本当に大事で、守らなければならないと思っていたなら、何故お前達は氏族に話を通して、自分達が庇護者として王都に残らなかった」


 そう三人に問うが、ロックソン氏は意味のない言葉を叫び、二人は押し黙る。


「お前達は、なまじ氏族長に近い立場にあった為、彼女達の安全より自分達の立場を惜しんだ。そして氏族長の意向で、偽りの援助をカダイフ氏族にしていたジョルド侯爵に近づき、彼女達の安全を引き換えに、王家と私、そして実行犯のザッカリーア伯爵、フラーベル子爵の暗殺――秘技の行使を依頼された。違うか」


 私がそう言うと、ジャッディン氏は、僅かに首を振る。


「……我々は、私達を追いやった実行犯や黒幕へ一矢報いる事を求めた。閣下に秘技の存在を仄めかしたのも、確かに氏族長の指示だった。閣下からは、実行犯と黒幕が居るだろう場所を提示されただけだ。彼女達を預けたのは、向こう側の善意の申し出があったからだ」


 ジャッディン氏がそう返したが、具体的に誰を殺すか知らなかった、と言うだけだ。

 だが、どこを狙うかの位置情報は、酒場で話をする彼等の口から洩れていた。

 彼等を調べていた第三騎士団から伝え聞いたから、暗殺警告が王太子殿下から私に来たのだ。


 それに、彼らの大きな罪は、使い手に対する王家や私の殺害指示ではない。

 そんな言い訳で、彼らの罪は軽くはならない。


「あの女が秘技に失敗した。それを知った閣下の配下が私達に襲い掛かった。それを助けてくれたのが王家の配下だった事に私達は困惑した。閣下に会わせて欲しいとお願いしたが、聞き入れられずにここまで送り届けられたのだ」


 バダウェイ氏が続ける。

 秘技の使い手は、女性だったのか。


「先に言っておく。秘技が成功しようと失敗しようと、王都を出たらお前達を皆殺しにせよと侯爵の配下は命じられていた。もし秘技が成功していたら、お前達は今頃この場に居ない」


 私が指摘すると、後ろの者達も含め全員が蒼褪めた。


「それに、ルピア様は爵位返上と氏族の王国からの離脱を宣言した。氏族内でそれなりの立場にあることを仄めかす貴方達を王国に残す名分は、もう無い」


 私がバダウェイ氏に反論すると、彼は黙り込んだ。


「……四人は、今、王国内でどういった扱いを受けているのだ」


 ジャッディン氏が尋ねる。


「彼女達の治療は王国として責任をもって行っている。立場を主張せず、彼女達の事が心配で様子が見たいと言うなら、王都へ連れて行ってやっても良い」


 しばらく待ったが、彼等は顔を見合わせるだけで、申し出て来る者はいない。

 ロックソン氏くらいは申し出て来るかと思ったのだが……彼はまだ、頭を抱え座り込んでいる。娘の事を受け止めるまでは、まだ時間がかかるのかもしれない。

 だが、私に彼を待つ義理は無い。放っておくか。


「申し出ないということは、お前達は彼女達への責任を放棄したという事だな。ならば、氏族達と砂漠へ帰るでもなく中途半端にこちらに残り、さも代表者だと話す貴方達とは話などする気になれない」


「だが……お前達は、どうやって砂漠を渡るつもりだ。氏族の居る場所も知らないだろう」


 バダウェイ氏が言い募る。


「お前達の知った事では無い。黙ってオアシスに帰れ。戻ってきた時に、お前達がまだ未練たらしく残っていたら、我々は容赦しない」


 そう言い置いて、私達は彼等の横を通り過ぎる。


いつもお読み頂きありがとうございます。


ブクマや評価、感想、いいねなどを頂けると執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ