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ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


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24 侯爵の策謀の全貌と、処罰

かなり長めの話になります。

 その後の捜査で、ジョルド侯爵等による犯罪の全貌が見えて来た。


 今でこそ、王家とハーグ帝室は友好的な関係を築いているが、両国間に小競り合いやいざこざが無いわけではない。そして、王国とハーグ大帝国の国力差は歴然としている。

 それを憂いた、二十数年前のジョルド侯爵が考えたのが、ハーグ大帝国に麻薬を大量に流通させることによる、大帝国の将来的な弱体化。

 目を付けたのは、開拓中のカダイフ伯爵領にて、氏族内の利用の為に栽培されていた、大麻草。


 王家も開拓前の土地と王都の邸を下賜し、開拓地への税法を適用して税を大幅に免除していたが、それ以外にカダイフ家がこの国へ馴染む様に援助している形跡はなく、半ば放置していた。

 代替わりした若いジョルド侯爵の目から見ても、付け込みやすい状況だった。



 カダイフ氏族を追い出したフラーベル子爵だが、こちらの動機は根が深かった。

 フラーベル子爵家は、カダイフ氏族が入植した時には既にハーウェルとその周辺地域を治めていて、まだ残る未開発の地域を開拓していた。

 入植の事は聞かされていたが、子爵領が開発するよりもっと奥の地域だと聞かされていて、最初はあまり影響が無いと考えていた様だ。

 フラーベル子爵家からすれば、開拓すればその分がフラーベル子爵領に組み込まれると思っていたが、予想に反して数年でフラーベル子爵領と居住域が接するようになってしまった。


 カダイフ氏族からしても、二千人という移住者を抱える自分達が安心して暮らすために、開拓地を広げて自分達の居住域を確保する必要があった。

 あまり奥地過ぎても王国の目が届かなくなるため、今のダーウェンの辺りへ入植したのは王国側の指定によるものだ。しかも砂漠の浸食を防ぐために森を砂漠近くまで開発してはいけないという王国との取り決めがあった。そのため、まずは反対側のフラーベル子爵領の方向へ開発を進めるのは当然だった。


 そうなると、彼等の居住域が接すれば、友好的な接触にはならなかった。

 住民達の境界争いは収まらず、フラーベル子爵家が乗り出す形になったが、結局のところそれでも収まらずに、王家の仲介によって境界線が引かれて収束した。


 だがフラーベル子爵家は、内心収まらなかった。

 王家の仲介で引かれた境界線は、開発した者勝ちの形だったのだ。何年もかけての開発計画を立てていたフラーベル子爵家は、いずれ手に入る筈だった領地が手に入らないことになった。

 先代は当時の王家や宰相――先代のジョルド侯爵に訴えたが、一度王家の仲介で決められたことである。彼は引き下がらざるを得なかった。


 事態が動いたのは、宰相家とフラーベル子爵家が代替わりしたことによる。

 その時には、カダイフ氏族の開発の速度は落ち着いていたとはいえ、フラーベル子爵領から見てダーウェンの向こう側、砂漠への方向へ向かって開発が進められていた。

 既にフラーベル子爵領以上の広さがある上、その向こう側にはまだまだ未開発地が残っている。

 カダイフ氏族から立てられたカダイフ子爵は、氏族の中で初めて本格的な貴族教育を受けた女当主が三代目となり家を継いでいた。

 彼女は社交こそあまり活発にはしていなかったが、開発も進む豊かな領地があり、氏族の医療技術者を王都へ派遣する事による収入もある。豊かな暮らしをしている事が想像できた。


 代替わりした若いフラーベル子爵は、面白くなかった。

 俺達の物だった筈の土地を掠め取って豊かになりやがって。そう思っていたそうだ。

 そして、フラーベル子爵家の寄り親であるザッカリーア伯爵も、自分達に何も接触せず勝手に自分達のやりたい様に過ごしている、カダイフ子爵家と氏族の事をよく思っていなかった。



 彼等は、代替わりして同じく宰相位に就いたジョルド侯爵に相談した。

 以前は訴えを退けられたが、代替わりすれば考え方も変わるかも知れないと思ったのだ。

 断られても仕方が無いと思っていたが、若い宰相は意外にも食いついて来た。


 宰相の職に就いた若きジョルド侯爵は、内心歓喜した。

 お誂え向きに、カダイフ氏族の隣領の領主が不満を漏らし相談してきたのだ。

 氏族を国へ帰属させたのは王家であり、積極的に支援するべきである筈だが、王家は爵位と邸を与えてカダイフ子爵家を放置している。

 バレないうちにこっそり氏族を追い出そうとまで侯爵は言った。

 予想外の手応えに、相談した二人は喜んだ。


 そうしてジョルド侯爵の後ろ盾を得た伯爵と子爵は、密かに武器を買い集める。

 ジョルド侯爵も、彼等に並行して王宮内で抱き込み工作を始める。


 ジョルド侯爵は、作戦が長期に渡る事を覚悟していた。

 伯爵と子爵を諭し、王家に事が露見しない様、少しずつ、慎重に事を進めていた。

 ザッカリーア伯爵達の武器の買い集めも、少しずつ、少しずつ進めた。

 侯爵も、抱き込む相手の調査を綿密に行い、慎重に味方を増やしていった。

 

 ロッペン侯爵が一味に加わったのもこの辺りだ。

 大帝国との外交を受け持つ彼も、彼我の国力の差に、いずれ飲み込まれると憂いていたのだ。


 氏族を今の領地から追い出す準備が出来たのは、それから十年が過ぎた頃。

 過去に氏族と揉めたフラーベル子爵領の領民達を中心に、現状に不満を持つ若者や、傭兵や流れ者も雇い、彼等に買い集めた武器を持たせてカダイフ子爵領へ押し寄せた。


 武器は長柄の物で揃えた。氏族と殺し合いにならないよう、威嚇し追い払うためだ。

 といっても、多くは長い棒の先にナイフや剣を括り付けた物などだったが。

 殺し合いに発展すると大騒ぎになるので、小集団には伯爵や子爵の配下を指揮官に置き、複数の人間で氏族の者を囲ませ威嚇し追い払う程度にするよう徹底した。

 そうやって領地の端から、徐々に氏族を追い立てて行った。

 

 氏族側も黙って見ている訳にはいかず、男達は武器を持って追い立てる者達に対峙した。

 だが、相手は自分達より数が多く、しかも長柄の武器で揃えている。

 自分達の武器は、氏族が昔から使う曲刀しかない。

 間合いが相手より短い武器では、少数では全く歯が立たない。

 氏族側も段々と人数を集めて行った。


 そして氏族側は力を結集し、ダーウェン近郊で迫りくる集団に対峙した。

 力のぶつかり合いになるのを避ける為、まずはカダイフ女子爵が前に立つ。

 子爵が出て来たので、迫る集団からもフラーベル子爵が前に立った。


 フラーベル子爵は、王家の命だとして、開発済の土地からの立ち退きを迫った。

 この時は砂漠まで追いやるつもりもなく、元々子爵家が計画した範囲より外へ追い出せればそれでよかった。

 王家の命を持ち出したのはジョルド侯爵からの指示である。

 理由は、流血騒ぎになり王家の耳に入るのを避けたいというものだったが、フラーベル子爵としても、率いる集団もまた自領の民であるため、無駄な流血を避けたかった。


 カダイフ女子爵や氏族側もまた、なるべく流血を避けたかったようだ。

 そこに王家の命を持ち出されては、氏族側としても抵抗は難しい。


 一旦、氏族側で意見統一の為の話し合いがもたれた。

 その後、フラーベル子爵側、氏族側の交渉の末……ダーウェンより少し南まで、氏族側が撤退することで両者は妥結した。



 カダイフ女子爵は、この時の心労からか病に倒れ、亡くなってしまった。

 四代目候補は、学院四年生だったルピア様だ。

 ルピア様は王家の仲介で、同級生だった子爵家出身のダニエルと、学院卒業後すぐに結婚した。

 そうして結局、子爵家を継いだのは入り婿のダニエルだった。

 カダイフ家が伯爵家となったのもこの頃だ。

 


 いざカダイフ氏族をダーウェンから追い出した後、ジョルド侯爵は伯爵と子爵に計画を明かした。

 氏族によって開発された広大な領地を手に入れたフラーベル子爵だったが、代わりに麻薬製造の役割を担う事になった。

 ザッカリーア伯爵もその片棒を担いでしまったため、大森林までの麻薬運送を担う事になった。 

 侯爵に頼みを聞いて貰い、王家への隠蔽までして貰っている。

 伯爵と子爵に断る事は出来なかった。


 カダイフ領の現状の隠蔽には、ジョルド侯爵が手を回した。

 現地を訪問しようとした税務調査すら買収し懐柔した。



 そして彼等はダーウェンで大麻草を栽培、麻薬を製造しようとしたが……明らかに技術不足で、中毒性の低い、効果の弱い興奮剤くらいしかできなかった。

 だが、中毒性も効果も低い事が、逆に大帝国の法律にも微妙に引っ掛かりにくいというメリットを生み出した。適正な物では無いが違法ではないというグレーゾーンのこの薬を大帝国へ流すと、帝国内でも下層の者達の間で、現実逃避の為の薬として広まっていった。



 追い出された氏族側は、仕方なく未開発地域の開拓を進めた。


 フラーベル子爵達は、交渉で決まった境界を破る事無く、氏族達の様子を定期的に探らせていた。

 暫く経つと、彼は氏族達の様子が追い出す以前と少し違うことを察知した。


 女子供達が、定期的に避難訓練をしている。

 それに男達が、定期的に武器の訓練を始めているのだ。


 元々、これ以上追い立てるつもりの無かったフラーベル子爵である。

 経緯が経緯であるため、追い出された氏族にとっての自衛の為だろうと最初は思った。


 だが、それが五年ほど経つと、徐々に様子が変わっていくのを察知した。

 特に男達の武器の訓練が、かなり本格的に……実戦に近い訓練に変わりつつあったのだ。

 しかも時々、それまで見た事もない、馬より少し大きい動物に乗った訓練まで行っている。

 

 四代目のカダイフ伯爵ダニエルは、この頃王都にいる事が多かった。

 カダイフ氏族から王都へ派遣されていた医療技術者に対して、不遇な待遇が長らく続いていた。それを改善すべく奔走していたのだ。

 一方ルピア様は氏族と一緒に暮らし、三人の子育てをしていたようだ。


 だが、カダイフ伯爵本人が王都にいる以上、氏族側が暴走すれば抑える者が居ない。

 そう考えたフラーベル子爵達は、再びジョルド侯爵に相談した。

 侯爵は、氏族側が組織的な軍事行動を起こす事を危惧した。

 そのため、宰相の権限で徐々にフラーベル子爵領周辺の国軍兵の配備を増やした。



 そして、追い立てて十年目。

 まず、氏族の女子供や老人達が、砂漠側の未開発地域へ一斉に避難していく様子が確認された。

 そしてその上で、氏族の男達が集団蜂起した。

 とうとう氏族側が事を起こしたのだ。


 だが、戦えない女性や子供達が一斉に避難するのを察知した侯爵達は、氏族側の蜂起を予測していた。

 そして国軍の迎撃部隊を組織し、武装蜂起した氏族の集団を『砂漠からの侵攻』と断じて部隊を向かわせた。


 国軍の迎撃部隊は、蜂起した集団を迎え撃った。

 蜂起を想定して準備された迎撃部隊は、人数も多く装備も頑強であった。

 氏族側は武力衝突により多くの死傷者を出し、撤退を余儀なくされた。

 

 侯爵は国軍の部隊司令官も買収し、砂漠から来た()()()()()を撃退した、という報告を出させた。

 大事にしないことで、実際起きた異変を徹底して王家から隠すためだ。


 砂漠の端まで氏族の武装集団を撃退し、監視用の兵舎を建設して、そこに駐屯する一部を除き国軍は引き上げた。一方フラーベル子爵達は、領民を組織した手勢を率いてカダイフ領を占領し、未開発の森の中へ逃げた者達も砂漠に追い立てた。

 

 多くの働き手を失った氏族側は、ごく一部森に隠れ住む者達を除き、オアシスへ去って行った。

 やがて、監視兵舎は国軍からフラーベル子爵へ引き継がれた。



 氏族の蜂起の際、たまたまダニエルやルピア様達一家は王都にいた。

 子供達の貴族教育の手配、特に長男の嫡子教育の為だったと思われる。

 彼等は、カダイフ領での氏族達の決起については知らされていなかったようだ。

 ダニエルやルピア様達が領地へ帰って来た時には、氏族側の蜂起から砂漠へ追いやられるまで、全てが終わった後だった。


 追いやられた氏族の者から話を聞き、ダニエルは憤慨した。

 そして王家へ訴えると、嫡男ダリスと一緒に王都へ取って返そうとした。

 だが、侯爵の手の者がそれを察知した。

 彼等に宰相の手の者だと明かして彼等へ接触し、ダニエル達が訴え出ようとしている事を聞き出した。


 カダイフ家への不適切な援助により、カダイフ家が社交界で蔑まれるようになっていた。

 だが、それは教育の不十分なカダイフ氏族の者だけだ。

 婿入りした当主は歴とした王国貴族の出である。彼に王家に訴え出られると社交界で賛同者が出かねないと思ったジョルド侯爵は、嫡子もろとも彼を暗殺した。

 そして暗殺現場を偽装しルピア様に見せる事で、恨みを公爵家や王家に擦り付ける事にも成功した。

 さらに貴族家の体面を保つためとした侯爵の援助を申し出ると、やがてルピア様はジョルド侯爵へ依存してしまった。

 砂漠の端にあった邸も、侯爵の援助で建てられたものらしい。



 フラーベル子爵達の技術が向上し、質は低いなりに麻薬が製造できるようになったのは、カダイフ氏族を砂漠の端に追いやった前後の事だ。それも大帝国へ流通させるように手配したが、こちらは明らかに違法品で、流通には大帝国の裏社会が絡むようになってきた。

 麻薬を買う顧客である裏社会側の人間は、更に質の高い麻薬を求め……ジョルド侯爵達は、技術の一足飛びの向上を図るために、表の技術者の誘拐を企てた。


 それがハルトの家、クラーブ侯爵家で起きた、技術者の誘拐と護衛達の毒殺事件だった。

 誘拐された技術者は、内陸の中継地ルエルを経由し、フラーベル子爵領まで攫われた。誘拐した人物を、露見しない様に何日も運ぶのは困難を極める為、侯爵は通過する領地の貴族へ協力を求めた。

 ルエット伯爵やバジット伯爵が絡んだのはここだ。

 彼等には、報酬として侯爵から便宜が図られた他、侯爵夫人からも家族へ秘蔵の装飾品の贈与があったという。その一部に、私から掠め取った装飾品が使われた。

 侯爵夫人は珍しい宝石や装飾品の蒐集家として社交界で知られており、侯爵からの依頼や自らの気分によって、時折自らのコレクションを下げ渡していたという。


 ジョルド侯爵は将来的にどうする積りだったかと言うと、麻薬の製造流通の罪は全て王家とカダイフ家に擦り付け、大帝国に敵対する王家として断罪した上で自らが権力を握り、大帝国と和解するというシナリオを描いていたらしい。



 だが、ダニエルの暗殺後、王家はルピア様が当主となったカダイフ家を守るため、私とコーネリアを婚約させるという手に出た。

 しかも、それまでにジョルド侯爵がカダイフ家へ施してきた意図的に不十分なものにした教育を、王命によってコーネリアと婚約した私が上書きし始めた。

 これによりカダイフ家が自分に依存する状況が変わりかねず、侯爵は危機感を抱いた。


 この王命による婚約を破談させるため、当初は私の暗殺をジョルド侯爵は考えたらしい。

 だが、次兄カルバネンが妹の子ではなく、すり替えられた子だと気づいた侯爵は、カルバネンの方を暗殺した。

 当主と嫡男が交易事業に関わっていなかった為、交易事業を継ぐのが私以外に居なくなれば、必然的にルハーン家は、王命を覆すべく王家に働きかけるのは自明だった。


 そこまではまだ良かったのだが、今度はルハーン家がコーネリアの嫁入りを打診した。

 それを引き金に、王家と公爵家に間違った恨みを植え付けられたカダイフ氏族が、爵位返上と王国離脱を宣言したのは侯爵の想定外だった。

 ルハーン家の打診は、氏族には到底受入れられないものだったようだ。


 カダイフ家に引続き王国に留まって貰わねば、麻薬事業のカモフラージュが出来ないと侯爵は焦った。

 しかし、カダイフ家ではない別口で、カダイフ氏族長の筋から直接接触があったことで、カダイフ家と氏族の取りまとめが別だと侯爵は知った。

 王家へ一矢報いたいと秘技の存在をその筋から明かされた侯爵は、王家を倒し自らが王になるシナリオを前倒しする決意をしたようだ。


 カダイフ家に秘技を使用してもらって、国王と王太子を倒し、そして邪魔な私と、麻薬製造流通の実行犯ザッカリーア伯爵とフラーベル子爵を口封じする。

 その後、暗殺の口封じとして秘技の使い手と王都のカダイフ氏族を皆殺しにし、麻薬製造の実行犯としてカダイフ家を、首謀者として王家を糾弾し、自らが権力を握る。

 ジョルド侯爵はそんなシナリオを描いたようだ。


 信頼の証として預かったカダイフ氏族の女性達を監禁して麻薬漬けにしたのは、カダイフ家こそが麻薬を製造し流通させた根源で、そして自らも麻薬を使っている、と罪を擦り付ける為。

 第二王子殿下に麻薬を盛ったのは、麻薬の製造流通の首謀者たる王家にも麻薬が蔓延っていると罪を擦り付けるのと、国政を壟断する練習台とする為。


 その過程でルハーン公爵家嫡男バラントを取り込んだのは、手駒として手懐けて交易事業を乗っ取ってから、いずれ第二王子へ薬を盛った罪を擦り付け、ルハーン公爵家そのものと一緒に断罪するつもりだったらしい。

 バラントは父の無関心に付け込まれた犠牲者ではあるが、以前よりその性根の悪さが私には合わず、父の不作為だけでなく本人の問題も多分にあると思っている。

 私と関係のない所で、しっかり罪を償ってほしい。



 だが、侯爵の描いたシナリオには、大きな想定違いが幾つも起きた。


 まず、カダイフ氏族の秘技による暗殺が失敗した。

 全員に対する狙いが十から二十センチほどずれただけでなく、国王陛下や王太子殿下、そして私の三人が飛来する凶器を察知し、避けたり叩き落としたりした。そしてザッカリーア伯爵とフラーベル子爵への狙いもずれて、彼等が怪我で済んでしまったことも想定外だった。


 次に、その暗殺の行為そのものが、王家により『事故』と片付けられたこと。

 これにより、暗殺行為に対する犯人捜しの動きが起きなかった。

 もし失敗した場合、秘技の使い手とカダイフ氏族を侯爵の手の者で拘束あるいは殺害し、麻薬の件と共にカダイフ家、氏族に罪を被せるつもりだったようだ。しかし、使い手とカダイフ氏族を殺害せんとした者達は、逆に王家の手の者によって拘束されてしまった。


 そして、侯爵夫人が私の贈り物を掠め取り、それを自ら身に着けて式典に出席したこと。

 侯爵は夫人の蒐集癖を知ってはいたが、私のコーネリアへの贈り物を掠め取っていた事までは知らなかった。



 フラーベル子爵は、麻薬の製造だけではなく、カダイフ伯爵家との手紙の中継と、その内容の確認が侯爵から割り当てられた役割だった。

 そこに王命が整えられ、やがて私からの手紙と贈り物がカダイフ伯爵家宛に送られてくる。

 フラーベル子爵は、この子供同士の手紙と贈り物の扱いをどうすべきか、侯爵の手の者へ相談した。


 ジョルド侯爵としては、子供の手紙と贈り物くらいでカダイフ家の動きが変わるとは思えなかった。そこで使いには、封蠟を外せばそのまま渡しても良いと答えた。


 だが、蒐集家であった侯爵夫人は、子供とは言え公爵家がどのような贈り物をするか興味が出て、その贈り物の実物を一度見せて欲しいと告げた。

 当時の私は九歳であり、子供らしく小ぶりな装飾品を贈ったが、そこに設えられた宝石は小さいながら国内で珍しいものだった。

 実物を見た夫人は、自らの蒐集癖をそそられ……それを自分の物とし、代わりに似たような店売りの安い物にすり替えるよう指示した。要は、魔が差したのだ。

 その後も、コーネリアへの贈り物に設えられた珍しい宝石に夫人の蒐集癖は止まらず、手紙と共に贈られた装飾品は全てすり替えられ、違和感が無いよう手紙の内容も書き換えられるようになった。

 夫人が私の贈り物を掠め取るようになった経緯は、こんな感じだったらしい。


 だが、それまで私が贈った物は社交界デビュー前や未成年の子供が身に着ける装飾品であり、確固たる地位の侯爵夫人が身に着ける物ではない為、あくまで蒐集品として保管していたようだ。

 時には気に入った相手や侯爵の大事な付き合い相手の家への贈り物にすることもあった。


 私は、領地へ送った贈り物を王都で会ったコーネリアが身に着けていない事に気が付いていたが、贈られた物は『持って来られなかったので、領地で大事にしています』とコーネリアに言われれば、それは仕方ないね、と返すしか無かった。

 また、侯爵夫人の手による手紙のすり替えも贈り物の記載の整合性を合わせる為でしかなく、他の手紙の内容そのものは変えられていなかった。

 そのため、私とコーネリアの会話の中で齟齬が起きる事が無かったのだ。

 だから今になるまで、私は贈り物と手紙のすり替えに気付かなかった。


 ところが、卒業を控えた学院四年生の私がコーネリアに贈った物は、それまでとは訳が違った。


 まもなく学院を卒業し、大人として社交界に出て行く時期である。いつまでも、未成年らしい控えめな装飾品では、コーネリアが社交界へ出て行く助けにはならない。

 そこで私は、結婚前の女性が身に着ける装飾の少し控えめなもの、結婚後の女性が身に着ける装飾の凝ったもの、両方の用途として使える物をと、交易で手に入れた珍しい宝石を中心にペンダントを作成するよう、公爵家懇意の店へ発注した。

 そこで出来上がったのが、ペンダントトップの周りの装飾を付け外し出来る仕掛けのものである。

 当然、贈る際には、周りの装飾が付いた状態で送ることになる。外す仕掛けは、直接コーネリアに伝えるつもりで、敢えて手紙には書かなかった。


 そして、いつもの様にフラーベル子爵の手によってすり替えが行われ、自分の手元に送られたそのペンダントを見た侯爵夫人は歓喜した。

 漸く、自分が着けられるデザインの物が()()()()()のだ。

 この頃にはすり替えの事もすっかり忘れ、定期的にフラーベル子爵から送って来られる物としか、夫人は認識していなかった。


 ただ若い女性ならともかく、それなりの年齢になった侯爵夫人には、そのペンダントを単体で身に着けるには心許ないものだった。

 だが、トップのない、装飾されたネックレスを何本か合わせれば、豪奢な装飾に大ぶりのグリーンペリドット――ペリドットはライトグリーンの物が大半で、濃いグリーンかつ大きな石は非常に珍しい――が映える。

 それなら、他の夫人達に大いに自慢できると思ったそうだ。

 そしてこのペンダントを自慢するのは、大きな舞台が望ましい。

 そう思った侯爵夫人は、建国百五十周年式典で身に着けて行く事に決めた。これほどの大舞台は早々無いだろう。


 その大舞台にて、最前列で跪かされ、入手先を私に詰問されている時でさえ、侯爵夫人は『勝手に人の物を触るな』程度にしか思っていなかった。

 だが、外側の装飾を外し、中に記載された言葉を突き付けられた時……夫人は、唐突に思い出した。


 元々は、公爵家の子供がどんな贈り物を贈るのかが見たくて。

 それが偶々、小さいながらも珍しい宝石を使ったものを贈っていて。

 こっそり入れ替えても露見しない環境が整っていて。

 最初は、魔が差してしまった。


 それが、何回も、何年も露見しなかったがために、元々どんな由来の物だったのかを、忘れてしまっていた。

 だが、詰問されているその時でもまだ……手癖の悪い女だと露見して、社交界で後ろ指を指されてしまう、それが怖くなった。侯爵夫人はそんな認識だったそうだ。


 しかし。

 それに対し、隣から自分に向けられた、侯爵の恨みがましい視線。

 そして私の追及が、その侯爵に移ったこと。

 自分も含めて、社交界が蔑んできたカダイフ家に対して、侯爵がしていた事を指摘されて。


 それを目の当たりにした、侯爵夫人は――本当に、隣の侯爵が恐ろしい策謀を巡らしたこと。その策謀が露呈し、自分の手癖の悪さによって、言い逃れ様の無い状況を作ってしまったこと。

 そして、もう二度と、自分が社交界には戻れないこと。

 それらを悟ったという。

 式典後、すっかり気の抜けた侯爵夫人は、憔悴したまま、これらを素直に自供した。



 こうした経緯を突き止めるまで、建国式典から二カ月以上かかった。

 その間に、王都を脱したカダイフ氏族は――体の弱い者や、秘技の使い手を庇いながらなのか、ゆっくりと時間を掛けて――フラーベル子爵領を抜けて砂漠の端へ到達していた。

 そして彼等はそこから徐々に、砂漠の地へと去っていった。



 王宮治療院では、麻薬中毒に冒された患者たちが、徐々に回復していった。

 しかしそこで判明したのは……麻薬依存症との戦いが、終わりのない物だという事。

 麻薬が抜けた患者は幻覚症状などは無くなった。

 しかし、患者たちは時折、禁断症状を見せるようになった。

 症状が酷いと、麻薬が欲しいと叫び暴れる者さえいた。

 麻薬が投与される以前の嗜好が変わってしまった者もいた。


 麻薬が投与され続け依存症が起きてしまった場合は、完全に元に戻る事は無く、常に周りの見守りが必要である。

 王宮治療院は、麻薬中毒の対応をそう結論付けた。


 第二王子は、侯爵邸に捕らえられていた四人に比べれば症状が軽く、依存症は残ったものの重いものでは無かった。第二王子は既に婚姻しており第一子も居たが……王子妃とその生家が、更なる子を成す事に難色を示した。

 今後、第二王子の婚姻関係をどうするかを含めて、当事者、王家、王子妃の生家を交えて話し合いが行われている。

 難しい問題で、話し合いは長くかかりそうだ。


 問題は、侯爵邸で監禁されて麻薬投与された四人だ。


 特に、最も症状の重かったシャヒーン嬢。

 彼女は、担ぎ込まれた当初から意識喪失を繰り返し、意識が戻っても、叫んだり意味のない言葉を繰り返したりしていた。

 治療院は根気よく彼女の面倒を見て来たが、一週間経っても二週間経っても改善の兆しが見えず、どうすべきか王家へ相談が入った。

 彼女の尊厳を守るためにも死なせた方が良いのではないか、という意見まで出た。

 しかし、こちらの判断で勝手に死なせても、それでカダイフ氏族との話し合いが上手く行かなくなっても問題で、議論は紛糾した。

 結論としてシャヒーン嬢は、王宮治療院とは別の、王都郊外の隔離療養施設で引き続き面倒を見られる事になった。

 王宮治療院による通いの治療は続けられるが、それ以外のシャヒーン嬢の面倒を見るのは、ジョルド侯爵邸の侍女長以下、四人を拘束し麻薬を投与していた侍女達が宛がわれた。

 これは彼女達が行った行為に対してどのような結果が起きたかを知らしめる罰であり、当然ながら監視が付けられている。

 シャヒーン嬢が回復するか、状況が変わらない限り、ずっと続くことになる。


 残りの三人は、徐々に麻薬が体から抜けてきて、第二王子より遅いペースではあるが回復し始めた。

 ただ、時折禁断症状が起きることもあり、油断はできない状況だ。


 徐々に彼女達三人の事情聴取も始まっている。

 シャヒーン嬢を含めた彼女達が、カダイフ氏族の王国離脱にも拘わらず王都に残った理由とは……予想通りのものだった。

 四人は皆、年頃の女性である。

 彼女達が既にこの国の男性と結婚していたり、結婚の約束をしている恋人が居たりしたのだ。


 今までは、カダイフ伯爵家が治療院や研究院の上層部と話し合いをし、カダイフ氏族の者達の待遇に気を配っていた。

 それに彼女達も王国での暮らしに溶け込もうと努力していた。

 元々平民の間では、カダイフ氏族を蔑む風潮は貴族程では無かった。

 それらの要因があり、治療院や研究院などで働く氏族の者達の扱いも徐々に良くなってきていた。


 だが、まだ完全に溶け込んだとは言えず、不安が無いわけでは無かった。

 それにカダイフ氏族が離脱してしまうと寄る辺の無くなる彼女達は、何かあって不当に追い出されては路頭に迷ってしまう。

 バダウェイ氏ら三人が、王都に残るカダイフ氏族の四人の後見をジョルド侯爵へお願いした理由は、そんな話だった。


 だが、氏族が王国離脱を宣言し、数日経ったある日。

 四人は、突然職を解雇された。

 前日の仕事でも、それを思わせる前兆は全く無かったのにだ。


 治療院や研究院を追い出されたところで憲兵によって拘束され、ジョルド侯爵邸に連れて来られた。

 訳も分からずあの部屋に監禁され、年配女性の指示で取り押さえられ、薬を注射された。

 三人は、この治療院で目が覚めるまで、そこから先の事はかなり断片的にしか覚えていないという。

 だが自分達の体の状態を認識して、その後何が起きたかは理解していた。


 御主人や恋人達に連絡を取るかを三人に尋ねたら、彼女達は揃って躊躇した。

 こんな状況に遭った自分達の事を、彼等が受け入れてくれるのかが怖い、と口を揃える。


 だが一方で、御主人や恋人達へこちらから連絡を取ってみると、彼等は皆三人の事を心配していた。

 そして、是非会わせて欲しいと口を揃えた。

 そこで、三人別々にではあるが、御主人や恋人との面会を取り計らった。


 その後の三人の回復度合いは、それまでよりも改善を見せた。

 やはり、御主人や恋人と言った心の支えがある方が、立ち直りも早くなるのだ。

 時折、監禁された時の断片的な記憶が彼女達を苛むというが、何があっても支えると言ってくれる、傍に居る人の存在が心強いと言う。


 三人は、時々御主人や恋人との面会を交えながら、まだ王宮治療院での治療を続けている。

 いずれ王宮治療院を出た時、元の職場への復帰を王家としても支援すると王太子殿下は言うが、職場復帰については慎重に考えたいと三人は口を揃えている。


 シャヒーン嬢の事は、三人にも伝えた。

 皆、シャヒーン嬢の事を想って号泣したが……。

 彼女がいつか回復する可能性を信じている、と三人は言った。




 ジョルド侯爵等の捜査に一区切りつけてから、王家と国政の主要な役職の者、そしてカダイフ氏族を良く知るとされる私とで、カダイフ氏族との再交渉について話し合いが持たれた。


 カダイフ氏族とは再度縁が結ばれると良いが、叶わなくとも最低限今までの氏族の国への貢献に報いたい、と言うのが王家の思いだった。

 その意向に沿う形で、どのような条件で王国への復帰を求めるか私達は話し合ったのだが……やはり、紛糾した。


 フラーベル子爵によって追い立てられる以前、カダイフ伯爵領には二千人以上のカダイフ氏族が入植していた。それが、二回に分けて砂漠に追いやられてしまった。

 旧カダイフ伯爵領にはそれから二十年の間に、大麻草が栽培されていたダーウェンを除き、それまで氏族が切り開いてきた土地に王国人の入植が進んでいたのだ。


 今更、彼等を追い立ててカダイフ氏族をそこに入れる事は出来ない。

 入植したのも、王国が守るべき王国人である。

 そんな事をすれば、カダイフ氏族を追い立てたジョルド侯爵一味の二の舞である。

 追い立てられる以前の状況に戻すなど出来ないのだ。


 かといって、少なくとも数千人規模の氏族を受け入れられる規模の新たな未開地は無い。



 この頃、私はヘリンから、カダイフ氏族が砂漠へ去っていく時の状況を聞くことができた。

 第三騎士団は、氏族達のそのほとんどが砂漠へ去っていくのを出来るだけ支援していた。

 ごく僅かな人数だけが、あの森のこちら側にあった兵舎や馬小屋のところに残っているという。

 護衛はこれ以上不要だろうと判断して、現地の部隊が戻って来たので、漸く報告が出来る、とヘリンは言っていた。


 氏族が砂漠へ去っていく様子の報告を受け……私は憤慨し、そして理解した。

 この再交渉の問題は、必ずしも、王国側だけが責を負うものではない。

 確かに、氏族を追い立て、麻薬を製造し、罪を氏族側に擦り付けようとしたジョルド侯爵側の罪は大きい。それを見過ごしてきた王家の側の責任も、また然り。

 だが……。


 私は紛糾していた問題を切り分け、和解案の素案を作成し、会議に提示した。


 カダイフ氏族は、一枚岩では無い。

 それは、カダイフ家が爵位返上を宣言してから、別口でジョルド侯爵へ接触する者が現れた事が示している。


 カダイフ氏族は、氏族単位でしか受け入れられない訳ではない。

 それは、王都の治療院や研究院で働いていた年頃の女性達が王国民と恋人となったり、結婚したりしている事が示している。


 それ等を踏まえ、素案を会議に提示した。

 予想はしていたが、やはり紛糾した。


 しかし、今度の紛糾は先の物とは質が違う。

 問題を細分化し切り分ける前の紛糾は、あちらを立てればこちらが立たず、と言った類が多かった。

 しかし今度は、カダイフ氏族に対する無理解が原因だと思われた。


 私は一つ一つ、問題を切り分けた理由、根拠、解決策の素案を説明していく。

 そうして、徐々に……徐々にではあるが、会議参加者達のカダイフ氏族への理解が深まっていった。

 氏族への理解が深まれば、私が提示した素案の意味が理解される。


 最終的には、私の素案をより具体化した、正式な和解案の提示文書が作られた。

 建国式典から、既に六カ月が過ぎていた。



 この間に、犯罪に加担した者達の拘束と取り調べも進み、刑罰も大方が決定した。


 主犯のジョルド侯爵は、夫人や、子息とその妻、十歳以上の孫まで含めて、全員が極刑。

 ジョルド侯爵の九歳以下の孫達は孤児院へ送られる事になった。

 嫁いでいった令嬢とその子達は、嫁ぎ先の家の処罰に準じた。


 従犯のロッペン侯爵本人はハーグ大帝国へ護送された。

 ちなみにハーグ大帝国の方がより刑罰が厳しく、向こうで拘束された嫡男共々、王国よりも重い刑罰が加えられる。

 本人だけなら牛引き刑あたりかと想定しているが、麻薬犯罪の罰であることを考えると……。

 一瞬ぞっとする想像が(よぎ)ったが、これ以上は止めておこう。


 因みに、大帝国へ護送されなかった他の家族は、ジョルド侯爵家に準じた扱いになった。



 ザッカリーア伯爵とフラーベル子爵は、六歳以上の家族全員が極刑となった。

 ジョルド侯爵等より厳しくなった理由は、領地にて家族ぐるみで麻薬製造流通に直接関わっていたためである。


 一人だけ極刑を免れたのは、他の子どもと歳の離れたザッカリーア伯爵の末子。

 伯爵が王都で愛人に産ませたが、愛人の死去で伯爵が引き取った五歳の女の子だった。

 彼女は領地へ連れて行かれた事がなく、世話をする限られた使用人と共に王都別邸に隔離されていた。

 伯爵家への刑の執行により養育する者が居なくなり、彼女は孤児院へ送られた。



 他の貴族家については、関与度合いで罪状は変わった。


 技術者誘拐と護衛達の殺害に直接関わったルエット伯爵は、当主が処刑され、家は男爵に降格された。

 だがクラーブ侯爵家と縁を切られたのが、ルエット家には最も重い罰かも知れない。


 誘拐された技術者のフラーベル子爵領への護送に知らず関与したというバジット伯爵家は、当主の交代と子爵への降格。

 他にも多数の家が処分対象になった。


 ルハーン公爵家嫡男バラントは貴族籍をはく奪され、二十年の苦役刑が課された。

 ロッペン侯爵家から嫁いだ妻は、関与は認められなかった。

 だが、彼女は子供を公爵家に託し、修道院で残りの人生を奉仕に捧げることにした。


 そしてルハーン家自体に対しては、嫡男の犯罪への関与と、それを引き起こした現当主の不作為による怠慢が問題視された。

 当主である父オラトリオは、陛下へ責任を取っての引退を申し出た。

 しかし、陛下は『それは責任を取るのではなく、今まで逃げていた責任を放棄することである。断じて許しがたい』とした。

 結果、ルハーン家は伯爵位にまで二段階落とされた上、陛下は当主の王城での職務の停止、および十年の当主実務の継続を罰として言い渡した。

 バラントの犯罪の後始末や、今まで父が手を付けていなかった当主としての義務を果たす様、父に要求したそうだ。

 そして父が義務を果たす様、陛下は配下を監視に付けた。

 父は余程、陛下達に信用が無いようだ。

 監視の者曰く、父は常に追い立てられ、ヒイヒイ言いながら職務を遂行しているらしい。



 ちなみに学院にはコーネリアの分も含めて休学届を提出し、受理された。

 王国離脱したコーネリアの件は、学院長も難色を示した。

 しかし、陛下や王太子殿下が、いずれ王国に戻すつもりだと口添えして、休学届を受理した。


 巡検使の任は解かれておらず、カダイフ氏族との再交渉もあり、私は王城に詰めている。

 その為父と直接は会っていないが、度々入る、早く爵位を継げという父からの連絡が鬱陶しい。

 しかし、私は学院を休学中だ。

 私はルハーン伯爵家の嫡子となったが、卒業していないので未だ爵位の継承資格は無い。


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