23 ジョルド侯爵邸の捜索
会議室を出ると、ヘリンが近くで待っていた。
「巡検使殿、また宜しくお願いします。侯爵の邸は、現在は第二騎士団が制圧に向かっています」
ヘリンが報告する。
「私の任務は、氏族との和解の糸口を見つける事です。制圧と通常の捜査は彼等に任せましょう」
私の言葉にヘリンは頷く。
「我々が到着する頃には、制圧と封鎖は終わっているでしょう。一応、我々の捜査のために二十人用意しています」
「その中に、女性は何人居ますか」
我が国にも、少ないながら女性の騎士はいる。主に女性王族を護衛するためだ。
護衛としての実力は残念ながら男性騎士に劣るが、普通の男性に比べたら十分強い。
「侍女の有資格者が三名です。騎士ではありませんが、実力的に遜色有りません」
騎士では無い護衛か。
流石、第三騎士団といったところか。
「有難いです。女性の手が必要になりそうでしたから」
そう言うとヘリンは頷いた。
女性三名を含めた、ヘリンの配下と言う二十名と合流して侯爵邸へ向かった。
向かう最中、ヘリンと二人で内緒話をする。
「あの方々は、無事に送り出せましたか」
私の言葉に、ヘリンは頭を抱えた。
「御存じなのですか……ええ、無事に。危害を加えようとした者共は、拘束しています」
やはりジョルド侯爵は……口封じのために、秘技の使い手達を殺害しようとしたのだ。
そして第三騎士団は、彼等を守り無事に外へ送り出したと。
恐らく彼等が氏族の元へ帰るまでは、陰ながら守り抜くのだろう。
邸に到着すると、侯爵の王都邸は兵士達によって既に封鎖されていた。
中は第二騎士団によって既に制圧されていた。
「第二騎士団第三分隊長、カーネイジ・ローエンです。当邸の全使用人の拘束を先ほど終え、保全が完了しています」
中に入ると、踏み込んだ部隊の隊長が敬礼して来た。
「陛下より巡検使を賜りました、ファルネウス・ルハーンです。後ろは副使ヘリン・バークスです。陛下の命により、これより当邸の捜査を行います。ご協力をお願い致します」
私も敬礼で返す。
「巡検使殿は、どこから手を付けますか」
「我々は、侯爵夫人の執務室と私室をまず当たります。その為に、使用人……特に侍女長と面会します。ローエン殿には、通常の捜査手順通り、当主執務室の書類確保からお願いできますか」
自分達の領分を尊重されたと分かったローエン殿は、喜色を浮かべる。
「了解しました。何か手伝いが必要でしたら、御連絡下さい」
そう言って、ローエン殿は自分達の指揮を始める。
私は、まず邸の主要な使用人が拘束されている場所に向かう。
そこには、家宰や執事、侍女達が拘束され、第二騎士団が監視していた。
監視する騎士達が敬礼をするので、私も敬礼を返す。
「侍女長は居るか」
そう言うと、拘束された使用人達の中から、騎士達が侍女長を引き立てて来た。
彼女は手首に縄を掛けられているが、それ以外の拘束は無い。
「侯爵夫人の執務室と私室の鍵はどこだ」
そう問うてみたが、侍女長は答えない。
ヘリンに目配せする。彼は、連れて来た侍女有資格者たちを前に出す。
「侍女長の身体検査をお願いしたい。恐らく、肌身離さず持っているだろう」
「なっ! ま、待ちなさい! 無礼です!」
侍女長は抵抗するが、彼女達に別室に連行されていく。
この間に、家宰を引き立ててもらう。
「……私に何か」
家宰は抵抗したのか、体の後ろで両手を縛られている状態だ。
「カダイフ氏族からの預かり物は?」
そう問うと、家宰の表情には表れなかったが、一瞬目の奥が揺らいだ。
「さて、カダイフ家の方とは、お会いした事はありませんな」
「惚けるな。私は、カダイフ氏族、と言ったぞ」
家宰は目を逸らす。
「王都治療院外科医療長バダウェイ殿、王立学院外科講師ジャッディン殿、そして王立医療研究院外科部長ロックソン殿。彼等は何度もこの邸に来て、侯爵と面会していただろう。彼等からの預かり物は、どこだ」
カダイフ氏族の習慣として、信頼の厚い相手との間で、お互いに何かを預け預かるというものがあるそうだ。コーネリアからは……彼女が大事にしていたものを、別れ際に預かっている。
ジョルド侯爵のことだ、大事な物の交換をしたとしても、向こうに預けた物は、無くしても痛くも痒くもないものだろう。
しかし、侯爵に依存していたカダイフ氏族側は……とても大事なものを預けたに違いない。
「……侍女長に、聞いてください」
家宰のその回答に、悪い予感が頭を過る。
身体検査を受けた侍女長が戻ってきた。
「こちらが執務室、これが執務室の机の鍵、そしてこれが私室の鍵だそうです。もう一つ、こちらの錆びた鍵は……何の鍵かは、口を割りません」
ヘリンの連れて来た女性の一人、ベネットという隊員が告げた。
「ヘリン。夫人の執務室と私室を調べて、装飾品とその目録を押収してくれ。随分と手癖の悪い夫人だった様だから、出所を調べれば色々出てくると思う。侍女長は一旦措いて、ベネット達女性三人は、その鍵を持ってついて来てくれ」
彼女達を連れて向かったのは、もう一つの拘束部屋……下級使用人達を置いている部屋だ。
こちらでは、男性使用人達は拘束されて、女性使用人達は拘束されずに、それぞれ一か所に集められている。
私は、女性使用人達が集められている方へ歩んでいった……なるべく優しそうな顔になるよう、コーネリアの事を思い浮かべながら。
座り込んでいる彼女達の前にしゃがみ込む。何人かは私を見て顔を赤らめている。
「君達に尋ねたいんだけど、この鍵に見覚えはあるかな」
錆びた鍵を掲げながら言う。
彼女達はお互いに顔を見合わせ、首を振り……やがて、一人のメイドの方へ皆の顔が向く。
目を向けられたメイドは、一様にお仕着せを纏う彼女達の中で、一際服が傷んでいた。皆に目線を向けられ、そのメイドは俯いた。
ベネット達に目線で指示し、そのメイドを連れて部屋の外へ出る。
「君は、これがどこの鍵か、わかる?」
「……私が、ご案内できます……あの、あの……なんとか、なりますか?」
そのメイドの瞳には、じんわりと涙が浮かぶ。
益々、嫌な予感がする。
私は頷いて、彼女にその場所まで案内してもらう。
メイドは、邸の裏口から外に出て……邸の端にある倉庫へ向かう。
倉庫の扉を開けて中に入ると、庭の手入れ用具が整理されて棚に置かれていた。
メイドは、その棚の間を抜けて奥へと進んでいく。
倉庫の一番奥で、彼女は足を止めた。
彼女の居る場所の奥の壁に扉があるが、取っ手が無い。そこに鍵穴が付いているだけだ。
「ここの、鍵です。鍵を開けると取っ手が出てくるようになっています。あの……中の……助けて、あげ、て、……」
そう言って、メイドは泣き崩れた。
ベネット達の一人にそのメイドを連れて戻るように頼む。
メイドの姿が見えなくなってから、意を決して鍵を開ける。ガチャッと音がして、半円形の取っ手が、鍵穴の近くに回り出る。
その取っ手を引くと扉が開いた。
窓も無いのだろう、明かりの無い真っ暗な空間がそこにあった。
中からは、特徴的な甘い香りが漂ってくる。
……医学薬学課程の中で『禁忌の香りだ』とジャッディン講師が述べていた、あの香りだ。
そして、ベネット達の表情も蒼白になる。
どうやら、彼女達もこの香りの正体を知っているらしい。
……最悪の予感が、当たってしまった。
私の中身は学院生だ。どこにどう指示をして良いか分からないため、この件の対応は全てヘリンにお願いした。だが、巡検使という役目を得ている責任者として、私もヘリンの傍で一通り見届けた。
侯爵邸へ踏み込んだ翌日、ヘリンと共に王宮治療院を出て、報告の為に王太子殿下の執務室へ向かった。
「……ここでは止めよう。会議室を手配する」
入ってきた私達の顔色を見て、王太子殿下は言った。
執務室には殿下の側近達も侍従達も居る。ここで出来る話ではない。
しばらく待って、侍従の案内で会議室に向かい、殿下、ヘリンと共に入る。
「彼女達の容態はどうだった」
「全員、中毒症状があります。一人はかなり重度で意識障害もあります。それに……全員が、日常的に暴行を受けていたのか……男性に対する恐怖症も見られます」
私は殿下の問いに答えた。
あの場所に捕らえられていたのは、四人。
王都治療院や王立医療研究院で、バダウェイ殿やロックソン殿の下で外科医療の補佐をしていた、カダイフ氏族の女性達だった。
彼女達には王都を直ぐに出られない事情がそれぞれにあって、バダウェイ氏達がジョルド侯爵に当面の間の後見をお願いしたらしい。
しかしカダイフ氏族が王都を出る準備のため、バダウェイ氏達がジョルド侯爵の元を訪れなくなると、侯爵は彼女をあの場所に閉じ込めた。
そして……侍女長は彼女達へ麻薬を投与した上、男性の下級使用人達に繰り返し彼女達を暴行させていたらしい。
とても本人達に事情を聞ける状況ではなく、これらの情報は、侯爵家の使用人達の尋問によって聞き出した、とヘリンが述べた。
四人それぞれに症状があるが、特に重度の症状を見せているのは……ロックソン氏の次女、シャヒーン嬢だそうだ。
「暴行については侯爵の指示ではなく、侍女長の独断らしいです。どうもあの侍女長、加虐性の傾向があるようで……気に入らないメイドを鞭でよく叩いていたと、複数の使用人が証言しています。彼女達の世話をしていたメイドはその筆頭だったようで、彼女の体には多数の痕がありました」
ヘリンの報告に胸が痛んだ。
暴行については、という事は……逆を言えば、麻薬の投与は侯爵の指示だった訳だ。
侍女長の暴力を受けていたのは、あの一人だけお仕着せが傷んでいた、私達を倉庫へ連れて行ったメイドだろう。
「彼女達は、王宮治療院で責任をもって預かる。侍女長に暴力をうけていた下級使用人達も、こちらでの治療や、再就職先についても手配する」
痛ましい表情をしながら、王太子殿下は言った。
「お主等、寝ていないのだろう。一度帰って休め。ヘリンもな」
王太子殿下の労いに、私達は頭を下げた。
「……殿下も、酷い事になっています」
「言うな」
私の殿下への労いは却下された。
王都の邸に帰ると、父に呼び出された。
執務室の父は憔悴していた。
「王宮に泊まったのか」
父はそう訊いてきたが、私の顔色を見ても何も思わないのだろうか。
「捜査とその後の対応で夜通し掛かったのです。殿下に『一度帰って寝ろ』と言われて、一時帰宅しただけですよ」
「……そうか」
父は溜息を吐いたが、吐きたくなるのはこちら側だ。
「知っていると思うが、バラントは収監された。側近達で共謀して、第二王子殿下に危害を加えた罪だ」
「それは式典で陛下が仰っていましたでしょう。それで、他に何か情報がありました?」
私がそう返すと、父は鼻白んだ。
「バラントへの面会を申し込んだが断られた。収監された以上仕方ないのだが……バラントは、どうしてあんな企てに乗ったのだろうか」
父は頭を抱えるが、私から見るに父にも原因の一端はある。
「危害を加えられた殿下は、命に別状はありませんが……当分の間療養が必要で、公務は出来ないそうです。長兄は解放される事は無いでしょう」
私は、殿下から聞いた第二王子殿下の容態を話す。
これは重罪であり、例え主犯でなくてもバラントが釈放される見込みは無い。
「そうか……やはり、私は責任を取って、陛下に引退を申し出るつもりだ。お前に爵位を継いで貰わねばならん」
回りくどい話の持って行き方だったが、これが父の本音だろう。
だが、そんな安易な道は陛下が許さない。無論、私も。
「お断りします」
「そうか、では……ん、何だと!」
私が『はい、わかりました』等と素直に答えると思っていたのだろうか。
「バラントが収監されてしまった以上、お前が爵位を継がねばならんのだぞ!」
父は激昂し、立ち上がって私を睨む。
「爵位を継がないとは言っていませんが、そもそも、私が爵位を継ぐ為の条件はまだ満たされていません。お忘れですか。私はまだ学院生です」
「!」
私はそう言って首を振る。
「それとも何ですか、父上が収監される予定でもあるのですか?」
「ぐっ……!」
当主死去、あるいは収監など、当主が職務を継続できない特別な理由が無い限り、嫡子が学院を卒業し成人するまでは爵位継承する事はできないのだ。
それに、配偶者も必要だ。
だが、私は誰を紹介されようとも、コーネリアでなければ頷く事は無い。
「では、お前が学院を卒業次第……」
「無理です。私は今、陛下から巡検使を拝命してジョルド侯爵の犯罪捜査をしています。それに目途が立ったら、今度はフラーベル領より向こう、砂漠まで赴いてカダイフ氏族との再交渉です。これは勅命ですから、当分の間引継ぎも何もできませんよ」
父の言葉を遮って、当分の間、私はルハーン家の仕事は出来ないと告げる。
「仕方ない、父上にお願いして……」
馬鹿な事を父が言い出すので、私は遮って言う。
「父上、いい加減にしてください。陛下から貴方に御言葉を授かっています。『お前の中途半端は許さん』だそうです。例え貴方が引退届を出したところで、陛下は絶対に受理しません」
「な、な、……」
私が陛下の御意思を伝えると、父は目に見えて狼狽える。
「バラントが罪を犯した理由は知りませんが、父上にも原因はあるのですよ」
「……え?」
父は戸惑った。
「父上は、自分が興味の無い事は全部人任せにしているでは無いですか。家業が大事と言う割に交易は人任せ。公爵領の経営も人任せ。長兄バラントや次兄カルバネンの養育は、先妻様や私の母、そして先妻様の連れて来たジョルド侯爵家の侍女達に丸投げ。自分の目の前の仕事にだけは勤しんでいますが、同じ王城に居て、バラントの仕事振りとか、気に掛けた事はあるのですか」
「……」
父は黙して答えない。
「貴方が何もしなかった分、そこをジョルド侯爵やロッペン侯爵に付け込まれた結果、バラントが歪んでしまったのです。後始末が面倒だからと言って、爵位ごと私に丸投げしようなど、陛下は許しませんよ。自分で招いた結果なのですから、自分で責任を取って下さい」
父は俯いた。
「自分で招いたなどと……私は、バラントの犯罪には何も関与しておらん」
これ以上の父との会話は不毛だ。
「今の結果は、貴方の不作為……つまり、貴方が義務を放棄し、自分でやるべき事をやっていなかった結果です。私はその尻ぬぐいをするつもりはありません。それでは失礼します」
「あ、おい、待て!」
私は父を無視して自室に戻った。
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