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ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


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22 国王陛下、王太子殿下との話し合い

 式典会場から陛下や王太子殿下が退出していった。

 自分も帰ろうとしたところで、また後ろから肩を叩かれた。


「巡検使ファルネウス・ルハーン殿。王太子殿下がお呼びです。私がご案内致します」


 またしてもヘリンの声だ。

 彼が私を巡検使と呼ぶからには、まだこの任は解かれていないのか。


 ヘリンに付いて行くと、先日の王前協議が行われた会議室に案内される。


「ヘリン・バークス、巡検使殿をお連れしました」

「入れ」


 王太子殿下の応諾に従って会議室に入る。

 中に居たのは王太子殿下と、奥に国王陛下。他には誰もおらず人払いされている。

 ヘリンは一礼して退出していった。

 私は少し前に進んで跪いた。


「楽にして、席に座ってくれ。お主とは忌憚なく話したい故、直言を許可する」


 陛下がそう言うので、私は立ち上がって、王太子殿下の勧める席に座る。


「お主は、元婚約者コーネリア嬢を追うつもりだろう。だが、それは少しの間待って貰いたい」


 陛下は私の内心を言い当てた。


「それはどうしてでしょうか」

「カダイフ氏族の認識は、長い時間を掛けてジョルドの手によって歪められた。それを正さねば、彼等はお主を受け入れぬ」


 つまり、ジョルド侯爵の罪を明らかにし、処罰が決まるまで待てということか。


「彼等には、王家やそれに繋がる公爵家への敵意を植え付けられている。そして、かの者達はジョルドに依存し、頼まれ、とうとう氏族に伝わる秘技まで使った」


 秘技……もしかして。


「あの、事故、ですか」


 陛下と殿下は頷いた。

 あの針の様な物が飛んできたのは……カダイフ氏族に伝わる、暗殺術なのか。


 対象になったのは、陛下と王太子殿下、私、そしてザッカリーア伯爵と、フラーベル子爵。


 ザッカリーア伯爵とフラーベル子爵を狙ったのは、口封じ。

 私を狙ったのは口封じだけではなく、カダイフ家を今後もジョルド侯爵に依存させるのと、ルハーン家の交易事業を潰すか、乗っ取るかするため。

 そして、陛下と王太子殿下を狙ったのは……自らの罪を揉み消し、国を乗っ取るため?


「あの秘技まで持ち出させる程にカダイフ家を追い込んでしまったのは、王家に責がある。ジョルドの罪を明らかにし、処罰し、王家が謝罪しなければ、カダイフ氏族は話を聞く耳をもたないだろう」


 気になっている事は幾つかある。


「幾つか聞かせてください。まず、そもそも、陛下や殿下は、何故カダイフ氏族の秘技の存在を知っているのですか」


 それを問うと、陛下は言葉に詰まった。


「……隠してはおけんか。それは、カダイフ氏族がこの国に帰属するに当たっての密約と関連する」


 しばらく待っていると、陛下はそう、言葉を絞り出した。


「前の建国祭典より、もっと前の話だ……カダイフ氏族は、故郷のオアシスが干上がりつつある危機にあった。原因は、オアシスの水量に見合わない程、人口が増えたためだ。それから、移り住む場所を必死に探し、二年後に、王国の端、旧カダイフ領となる場所へ辿り着いた」


 カダイフ氏族が、王国へ帰属した経緯の事は、コーネリアからも聞いていた。


「カダイフ氏族は、我等と異なる言葉を話す民族だったが……身振り手振りから、王国に住まわせて欲しいと望んでいる事は分かった。ただ、王国へ移り住むための条件交渉は、長くかかった。彼等の若者が、ある程度王国の言葉を覚えるまで待たねばならなかった」


 言葉が違う。身振り手振りの指す意味も、違うかもしれない。

 そんな相手との交渉は、難航しただろう。

 ただ、王国側ではなく、氏族側だけが歩み寄った様な印象だ。


「既存の王国民との軋轢は、なるべく避けたかった。そこで、未開地だった土地を提供し、彼等に移住して貰った。だが……開発が進むと、やがて王国民……フラーベル子爵領の民と接するようになった。互いに土地を開墾していたので、想定以上に接触が早かったのだ。その接触は、平和的にはならなかった」


 王国民の言葉を覚えた者もいるとは言え、王国民と氏族では、言葉も見た目も違う。

 恐らく、境界争いに発展したのだろう。


「最終的に王国が介入してその諍いは収めたが、その後、氏族側が怪我人の治療を申し出た。その際に、彼等の外科治療技術に気が付いたのだが、彼等は王国側へ願い出てきた……私達に、また砂漠へ追いやられないための立場が欲しい、と」


 最初は、王国側は移住を認めたに過ぎなかった。

 だが、異文化の者達を受け入れる事で発生する問題を……王国側は考えていなかった。

 対策が無かったため、王国民との接触で諍いが発生してしまった。

 氏族側としては、一旦王国の介入で矛を収めたが、いつかまた、氏族達を排斥する運動が再発しかねないと危惧したのだろう。王国民の数は、氏族よりずっと多いのだ。


 陛下は話を続ける。


「カダイフ氏族は、砂漠に住まう氏族の中では人の少ない部類らしい。もっと砂漠の奥地には大きなオアシスがあり、大人数の氏族が割拠しているという。カダイフ氏族は、そうした大人数の氏族達に段々と追いやられて来た歴史があるそうだ」

「未開地を切り開き、そこに住まう民と言うだけの立場では、いつ何時、王国側の都合で追いやられかねない。だから、追いやられないだけの保障……つまり、自治権と、暮らす土地の所有権を求めたのですね」


 私の推測に陛下は頷いた。


「だが王国法上、彼等の自治権を認めるには、大きく制度を変える必要があった故、彼等から貴族家を立ててはどうかと王国側は提案した。それなら大きく制度を変えずに済む。だが貴族家の爵位は、王国に対する功が無ければ簡単に授与できぬ。大いに揉めたが……最終的に、氏族側から秘技の提供を申し出て、当時の国王がそれに飛びついた」


 爵位を得るために……王国に対する功を挙げる為に、氏族側から提示されたのか。

 しかし、秘技を提供するという事は……。


「詳しい実名は出せぬが、当時王国には裏で王位転覆を企む貴族が居た。様々な悪事を働いていたが、その貴族が証拠を掴ませず、正式に罰することが出来なかった。しかもその者が、氏族と王国民の諍いを煽っていた疑いもあった。そこで、その者の暗殺を……当時の国王が、カダイフ氏族へ依頼したのだ。そして依頼は達成され、王家はカダイフ氏族の代表に爵位を授与した」


 それが、五十年前の建国式典で発表された、カダイフ氏族の帰属と代表への爵位授与か。


「ただ、その秘技の行使については大きな制約があるため、王家とカダイフ氏族の間で、秘技の行使に関する密約が締結された。まず、氏族の中で秘技を継承するのは一人しかいない。そして一度その秘技を行使すると……その者は一生、後遺症が残る可能性があるそうだ」


 あの事故……いや、式典での秘技の行使も、例外ではない。

 つまり、あれで使い手は大きな後遺症を負った可能性がある。


「そう気軽に行使できる物ではないという事ですか。行使された場合、その行使者に対するそれ相応の補償を求めると」


 陛下は頷いた。


「その秘技を会得するのに膨大な努力が必要となるそうだ。加えて行使した者は、行使した後は動けない。後遺症も残るかも知れない。騎士達や警備兵達に見つかって拘束され、あまつさえ処罰されてしまえば、使い手が浮かばれない。そう彼等は訴えた」

「……だから、ですか」


 あの式典の最中の事を『事故』と言ったのは、密約を守っているという、カダイフ氏族に対する王家の誠意だったのだ。例え狙われたのが王家であっても、行使後に王都を去るカダイフ氏族の者達を追わず……むしろ、積極的に逃がしたのかも知れない。


 王家の意を汲んでそうした行動に出る事が出来るのは……恐らく、第三騎士団だけだろう。

 第三騎士団は、王家の見えない手足である訳だ。

 団員の姓名を公開できないのは自明だな。


「他にも、カダイフ氏族は外科医療の技術提供、大麻の取り扱いについても、王家と約定を交わしたのでしょう。それらの密約にも拘わらず、カダイフ氏族は砂漠の端にまで追いやられ……新たな庇護者として氏族はジョルド侯爵を選んだ。それが、侯爵の自作自演だと気づかずに」


 陛下と殿下は頷いた。だからルピア様は、ダーウェンで大麻栽培されている事を聞いて『王家は全てを反故に』と呟いたのだ。


「お主は公爵家であり、彼等からすれば憎き王家の一員と見なされておる。カダイフ氏族ともう一度話し合いの場に立つには、それ相応の対価と謝罪が必要なのだ。その為に、お主を巡検使に任命した」

「つまり、今回のジョルド侯爵の犯罪に対する捜査権を与え……私がこの目で、侯爵一味が何をしたか確かめ、そして彼等への対価になり得るものを見つけろ、という訳ですか」


 コーネリアと深く交流したことで、カダイフ氏族の考えを最もよく知ると見做されたのだろう。

 陛下は頷いた。


「ジョルドの成した行為は許せぬが、彼が発した言葉もまた真実だ。『カダイフ氏族がこの国で生きていくための助力を、王家は何もしていない』……私は、何も言えなかった。だから、カダイフ氏族ともう一度話し合いを持つのは、彼等の事を考え実際に手を差し伸べて来た、お主でなければならないのだ」


 一つ言えるのは、自分達と異なる言語、文化を持つ異民族を取り込むことについて、当時の王国は無頓着過ぎた。自分達は何も変えずに、ただ氏族側に歩み寄りを迫ったに等しい。

 貴族位をたてて、邸を提供して、それで終わってしまったのだ。

 誰もカダイフ氏族の事を理解しようとしていない。


 そんな相手に啖呵を切り、訣別したカダイフ氏族が、どうして再交渉に応じるだろうか。

 今更ながら、王家はその事を理解したのだろう。


「……わかりました」


 陛下の言葉に、私は頷いた。


「あと、これは先に伝えておく。お主の兄、バランドは……重い罪に問われる事になるだろう。お主の功績があるため家の取り潰しにまではならないが、ルハーン家は公爵家では無くなる。そしてルハーン家の家督は、お主に回って来ることになる」


 爵位を継ぐ条件の一つに、配偶者が必要だと言う決まりがある。

 つまり、早急に婚約者が宛がわれることになる、という事だ。


「爵位を継がないとは言いません。ですが、私は当分の間、巡検使の任務から離れられないでしょう。全て終わるまで、現公爵オラトリオに職務を継続させて頂ければと思います。それと、私はコーネリア以外を娶る気はありません」

「……やはり、そうか」


 王太子殿下が呟いた。


「学院でのお主のコーネリア嬢との相思相愛ぶりは耳にしていた。王命での婚約だったが、上手く行きそうだと安堵していたのだが……これは、王家が甘かったのだな」


 陛下の言葉に頷きはしないが、そう言う面はあるだろう。


「私は、自分とコーネリアの休学届を学院に出すつもりです」

「お主の言いたい事は分かった。私としても、あ奴の中途半端は許すつもりは無い。コーネリア嬢については、私から学院長に口添えしておく。いずれ王国の身分を取り戻した時に、復学できるようにな」


 私の意を汲んでくれた陛下に頭を下げた。


「カダイフ氏族と和解できたならば、コーネリア嬢との事は何とかする。まずは、ジョルド侯爵の罪を暴き、何とか氏族との和解の糸口を探ってくれ」

「……やってみましょう」


 王太子殿下に頷いた。実際、当てが無い訳ではない。


「ところで、長兄達は……第二王子殿下に、麻薬を投与していたのですか?」

「あ奴等は弟に極少量ずつ麻薬を投与して、判断を少しずつ狂わせていった。その間に弟の執務書類の改竄を進めていたのだ。弟の公務はそれ程重要な物は無く、大きな影響は無かったが……弟は練習台にされたのだと思っている」


 いずれ、国政を乗っ取るため、か。


「殿下の容態は、大丈夫なのですか」

「重度の中毒症状には至っていない。だが当面は、公務への復帰は難しい。ああなるまでに気付けなかったことが悔やまれる」


 それは……主犯では無いとしても、長兄の罪は重くなるな。


「ここでの話は、口外しないで欲しい。弟の件もそうだが、カダイフ氏族の秘技の話と、密約についてもな」


 私は陛下に頭を下げた。


「早速だが、巡検使ファルネウス・ルハーン。まずはジョルド侯爵家の王都邸へ踏み込み、犯罪の証拠を探ってくれ。お主には、ヘリン・バークス副使を付ける」

「拝命致しました。では早速、副使と合流して捜査を行います」


 私は立ち上がり、胸に拳を当てて陛下へ職務礼を返した。

 陛下と殿下が頷くのを見て、私は踵を返し、会議室を後にした。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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