21 建国式典での断罪(後)
「ルハーン公爵家三男、ファルネウス」
「はっ」
ここで、陛下が私を呼んだ。
私は一歩前へ出る。
「話は聞いていただろう。存分にするが良い」
「畏まりました」
陛下の言に私は深く礼をして、跪くジョルド侯爵夫妻の前まで歩んでいく。
ジョルド侯爵の前に立つと、彼は私に喚く。
「何の用だ、小童」
私はそう喚くジョルド侯爵を無視し……隣に跪く侯爵夫人の方を向く。
そして彼女の前に屈みこみ、侯爵夫人の首に掛かる装飾品……その中で一際目立つ、緑の宝石の周りに複雑な装飾の施されたペンダントトップに手を伸ばす。
大人の女性向けにデザインされており、妙齢の女性なら単体で身に着ける感じだ。
だが目の前の侯爵夫人の様に……周りにジャラジャラと多くのネックレスで彩れば、年配の女性でも付けられなくはない。
「小倅が、勝手に触れるでない」
侯爵夫人も私を罵るが、それを無視して尋ねる。
「侯爵夫人、これはどこで手に入れた」
「行きつけの店で……三カ月前に買った物よ。どのような権限で私に触れるか。下がれ」
侯爵夫人は喚く。
「三カ月前、行きつけの店で、ですか」
「あなたに私を尋問する権限は無い筈です。下がりなさい」
夫人は権限を盾に答えないつもりか。
「権限、権限と煩いので、先にこれを見せておきましょう」
私は、先ほどヘリンから渡された書状を取り出し、広げて見せる。
「私ファルネウス・ルハーンは、陛下より『巡検使』を拝命し、この件の取り調べと捜査の権限を一部賜りました」
ヘリンから受け取ったのは、急遽発行された、巡検使の任命書だ。
「な……」
隣でジョルド侯爵が絶句している。目の前の夫人も、口を半開きにして固まっている。
私は書状を一旦懐に仕舞い直す。
「もう一度聞きます。これを手に入れたのは、三カ月前、行きつけの店で、ですか」
「……そうよ」
権限を盾にできなくなり、夫人は私から目を逸らして言う。
「ちょっと失礼」
そして私は、そのペンダントトップの装飾の、宝石の輪郭に沿って彫られた部分に爪を差し込む。
爪先に僅かに溝が引っ掛かる感触を確かめてから、ぐっと爪を押し込む。
すると、宝石の周りの装飾の一部が蓋の様に剥がれる。
その部分を、ペンダントから剥がすと……装飾の控えめな、丁度成人前の女性に似合いそうなデザインのペンダントになる。
ペンダントの裏側、その装飾の剥がされた内側にあたる部分には、メッセージが彫りこまれていた。
そのメッセージの部分を、夫人の眼前に突きつける。
「夫人。ここに、何と書いてありますか」
侯爵夫人はそのメッセージを見て驚き、さっと目を逸らす。
私は夫人の頭を押さえつけ、メッセージを再度突き付ける。
「何と書いてある。読め、夫人」
「な、何をする! 無礼者!」
侯爵夫人はメッセージを読む代わりに、私を罵る。
「では私が代わりに読みましょうか。『カダイフ女伯爵となるコーネリアの支えになれば嬉しい。ファルネウス・ルハーン』とあります」
「な、なんだと……!」
隣でジョルド侯爵は絶句し、夫人を睨みつける。
彼には、これを夫人が持っている理由が分かったらしい。
「真中の石は、私が交易事業でアジェン帝国から購入した珍しいペリドットだ。これだけ緑色の濃いものは、加工を依頼した店も見た事が無いと言っていた。当然このペンダントは一点物で、私がコーネリアの為に二年も前から作らせていた物だ」
睨みつけると、夫人は目を逸らす。
「先般、『巡見使』としてカダイフ伯爵領の実態調査に乗り込む前。領地に居る筈の、婚約者だったカダイフ伯爵嫡子コーネリアに、私は手紙と一緒にこのペンダントを送った。それは二月も前の事ではない」
「さあ、その小娘が売ったのではないかしら」
侯爵夫人は嘯いた。
「それはあり得ない。何故なら、手紙とこのペンダントは発送すべく信頼する商人に預けはしたが、私はその商人と共にカダイフ伯爵領へ向かったのだ」
私の言葉に夫人は驚きで目を剥き、絶句した。
「手紙と贈り物は、フラーベル子爵領都ハーウィルの代官に渡り、そこからダーウェンを占拠していたフラーベル子爵のもとに渡ったことまでは確認した。だが……そこから、ザグレフに居たカダイフ女伯爵の元に手紙が渡った時には、ペンダントは安物にすり替えられていた。これは、私が直接女伯爵にお会いして確かめた」
ジョルド侯爵夫人は蒼褪める。
そして、隣のジョルド侯爵は……歯ぎしりしながら夫人を睨みつける。
「ザグレフで女伯爵に手紙を渡した者は、ジョルド侯爵家の者と名乗ったそうだ。さあ、夫人。何故、すり替えられたペンダントの本物を貴女が持っているのだ。答えよ」
「……わ、私は……私は……」
夫人は蒼褪めたまま、震え出した。
その口はまともな言葉を紡ぎ出さなくなっている。
「ジョルド侯爵の手の者が勝手に気を利かせたのか、夫人が要求したのかは知らん。だが直接私からコーネリアに渡した物はともかく、少なくともこの数年の間に発送した贈り物は全てすり替えられ、一部は他家に渡っていることも確認した」
そして、私は立ち上がり、ジョルド侯爵を睨みつけた。
「実行した者はジョルド侯爵家の者を名乗り、こうしてカダイフ伯爵家を貶める行為を繰り返している。結果私の贈り物がすり替えられ、本物が夫人の手にあるという事実がある以上……フラーベル子爵との間に繋がりは無いと言う、ジョルド侯爵の言い分は認められない」
ジョルド侯爵は俯く。
「我々が、カダイフ伯爵家を支援していたのは事実だ。カダイフ家を貶める為の、誰かの策謀だろう」
俯いたまま、ジョルド侯爵は言う。
「カダイフ家がこの国で体面を保つために支援していた、と侯爵は言いましたが、それでは納得のできない事があります」
私はジョルド侯爵を睨みつけながら、言葉を続けた。
「先ほど、女伯爵に会って贈り物のすり替えを確かめたと私は話しましたが……実は、手紙もすり替えられていたのです。その事を女伯爵に指摘した際……彼女は、手紙に封蠟をすることも、便箋と封筒を同じ紙で用意することすら知りませんでしたよ」
私の言葉に、会場がざわつく。
陛下や王太子殿下達、王族の皆も驚いている。
「こうした手紙を出す事一つ取っても、貴族としての基本的知識に欠落が見えるのです。侯爵は先ほど、教育の為の家庭教師の手配もしていた、と仰いましたね。このような教育で、カダイフ家はどうやって体面を保てるのですか」
「っ……!」
ジョルド侯爵は俯いたまま答えない。
「カダイフ伯爵から出る書状には封蠟さえ無かったことになる。宰相の職にあった貴方には、カダイフ家の書状は改竄し放題だったでしょう。女伯爵から国へ提出された正式書類、王家への書状さえも。コーネリアには私から封蠟を教え込みましたがね」
カダイフ伯爵家を馬鹿にし、便利遣いしていた侯爵の事が、本当に腹立たしい。
「貴方のやった事は、決して善意の援助ではない。伯爵位には到底足りない支援をして、カダイフ家を貶め孤立させたこと。そして、それに付け込んでカダイフ家を囲い込み、不十分な教育を用意して、カダイフ家を自分に依存させ、麻薬犯罪の隠れ蓑の為に便利に使ったのだ」
私の指摘に、ジョルド侯爵は答えない。
今なら分かるが、ルピア様があの邸からジャッタンを経由してザグレフまで行っていたという荷馬車にも……ダーウェンで麻薬を積んで、運んでいたのだろう。
カダイフ家の面々に睡眠薬を飲ませ、ザグレフまで眠らせていた理由は、そこにもある。
勿論、ルピア様達が乗る荷馬車だけが、麻薬を運ぶ馬車ではない筈だが。
そもそも、あのダーウェンからジャッタンまでの街道も、恐らくザグレフまで麻薬を運ぶために作られたものなのだろう。人が通らない割に、道が綺麗に均されていたのはそう言う訳だ。
そして、カダイフ家がザグレフから王都へ向かう為に宰相が用意した馬車は恐らく、ザグレフからダーナ大森林へ麻薬を運ぶ馬車と同じ見た目の物。
どこまでも……どこまでも、カダイフ伯爵家を貶め、隠れ蓑にしようと……!
私は後ろを振り返り、陛下に向き直った。
「ジョルド侯爵の言い分に対する反証は、以上となります」
「宜しい。巡検使ファルネウス・ルハーン、よくやった」
陛下の言葉に礼を返し、元の場所に戻った。
「折角礼を尽くして帰順して頂いたカダイフ家という臣を再び離れさせてしまった事は、王家の悔恨の極みである。しかし、それに至るまで、かの家へ王家の真意が行き渡るのを妨げ、陰に隠れて策謀を巡らしたジョルド侯爵の罪は明らかである」
陛下の言に、ジョルド侯爵は跪いたまま震え、何も答えない。
「そして、この者共の行いは、それだけではない」
その陛下の宣言に続き、王太子殿下が手を上げる。
すると、近衛騎士達が押し寄せ数名の者を捕え始める。
捕えられた面々は、第二王子殿下の側近として王城で侍っていた者達だ。
長兄バランドも含まれていた。
「この者共は、仕えていた我が息子ザナンドに対して日常的に薬を投与し、ザナンドの自発的な意思決定を捻じ曲げ公務を壟断していた。使用されたのは、フラーベル子爵領で製造された麻薬である」
第二王子殿下が、王城内で薬物投与されていた事実に、また会場がどよめく。
「主導していたのはジョルド侯爵三男フェルナン、ロッペン侯爵次男カイゲルの二名だが、他の者も一部積極的に加担していた」
バランドは、ジョルド侯爵を伯父に、ロッペン侯爵を義父に持つ血筋だ。
王城で勤めるうち、彼等の言いなりになっていったのだろうか。
「ザナンドは、現在王宮治療院にて医師たちによる治療中である。彼の回復を願っている」
陛下や王太子殿下、第三王子殿下以下の王族達も、悲痛な表情をする。
陛下は再び王笏を振り下ろす。
ダアン! ダアン!
「現時点では、これより先に広がる策謀の枝葉までは明らかになっていない。そこで、ジョルド侯爵家やロッペン侯爵家へ頻繁に出入りしていた者共、またジョルド侯爵夫人から装飾品が渡った家も、取り調べの対象とする。騎士達よ、対象の者達を連行せよ」
陛下の言を合図に、再度騎士達が会場へ入って行き、そこかしこで出席者達を捕まえていく。夫人や令嬢など大人しくしている者は丁重に。暴れる者は容赦なく縄をかけ拘束していく。
ちらと見た所、バジット伯爵家やルエット伯爵家も、騎士達に連行されていた。
先ほどの待機所で、コーネリアへ贈った物を令嬢達が身に着けていた家だ。
しばらく経って、彼等彼女等が連行されていった後は、会場の実に三分の一ほどの場所が空いていた。
「さて、今ここに残っている者は、真に王国へ忠誠を誓う臣……かどうかは、まだわからぬ。ジョルドやロッペン等の策謀は、未だその枝葉まで見えておらぬ。だが少なくとも、大きな策謀の根や幹を切り落とせはしたと信じておる。ここで、この式典は幕を下ろしたい。大舞踏会は、奴等の策謀の枝葉まで切り落としてから、改めて実施する」
陛下は、この式典の終了を宣言した。
ジョルド侯爵やロッペン侯爵以下、麻薬犯罪に加担した者達の犯罪は、まだ全貌が明らかになっていない以上、これから大舞踏会をする気分にはなれないだろう。
正直、大舞踏会が予定通り行われるなら、私は早々に帰るつもりだった。
「ラームハット王国、建国百五十周年、万歳! 万歳! 万歳!」
儀典長の掛け声に合わせ、列席する私達は万歳三唱した。
その後の拍手によって、この建国百五十周年式典は幕を下ろした。
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