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19 建国式典前

 ヘリンが邸を訪れてから三日、建国祭が王都にて開催される当日。

 百五十年の節目を飾る今年の建国祭は、例年と異なり盛大に実施される。


 午前中は王城内の儀式の間にて、王家と侯爵家以上の高位貴族家当主のみによる儀式が行われる。例年はこの儀式だけで終わる。内容は参加者にしか知らされないものだそうだ。


 午後は第四騎士団と国軍による王都の大通りのパレード。


 そして夜は、建国百五十周年の記念叙勲式が行われる。

 全貴族家の当主と当主夫人、十五歳以上の令息令嬢――成年の場合はその配偶者も――の全員参加のため、王城の大広間では入りきらず、王城正面の広場に特設された大舞台にて行われる。

 叙勲式終了後は大夜会へと移行し、人数が減り次第、屋内の大広間へと場所を移す。


 この大舞台は、王城の大広間でも入らない様な大人数での式典を開催する時に設置されるもので、建国百周年の建国祭以来、過去数えるほどしか使用されていないものだ。


 夕方、叙勲式の開始時間より少し早めに着くよう、父や長兄夫妻より先に王都邸を出発する。

 今回の叙勲式は参加人数がかなり多いため、わざわざ爵位順に入場という事はしないそうだが不文律と言う物はある。下位貴族家は早めに、高位貴族家は遅めに来るのが普通だ。

 公爵家という家格ではもっと遅くても良いのだが、私は目的があって少し早めに来ることにしたのだ。


 一つは、久しぶりに学院の同級生と顔を合わせる為。特に、ハルトには会って話がしたい。

 もう一つは……そのためには、私は少々、面倒を覚悟しなければならない。


 一人で先に出発した馬車は、大舞台の大分手前で一旦停車する。

 ここから大舞台までの間は、既に伯爵家や、一部の侯爵家らしき馬車の列で混雑している。

 やはり、伯爵家以下の家格の者達は、既に過半が大舞台前に来ている様だ。

 目的の為には、叙勲式の開始までに少々時間を掛けて人と会わねばならない。


 停車している公爵家の馬車を見た伯爵家以下の馬車が、遠慮して道を空けてくれるので、進める所まで進めて貰い、渋滞している手前で停車してもらった。

 私は馬車を降り、一人、大舞台前の待機所まで歩き出す。


 大舞台に入ってしまうと、叙勲式では各個人の立ち位置が決められていて、自由に人と交流する事が出来ない。その為、時間が来るまでは大勢が待機所に詰めかけている。

 叙勲式の開始時間までどのくらいかを待機所入口の係員に尋ねると、大体一時間半ほどありそうだ。

 十分前に入場、ハルト達と会って話す時間を二、三十分として、二つ目の目的の為には四十五~五十分ほど時間が掛けられるが……間に合うかな。


 待機所に入場すると、案の定、未婚の令嬢達の視線をひしひしと感じる。


 カダイフ伯爵家の爵位返上宣言は、既に社交界に流れている。ルハーン公爵家が分家を興す予定で、その当主に私が内定しているという話も、当然流れてしまっている。

 その当主夫人の座を得ようと、程無く令嬢達が私に群がってきた。


 叙勲式に参加できる十五歳以上の令嬢が多いが、中には明らかに十歳くらいの令嬢も居る。

 叙勲式に参加できない年齢の御令嬢を連れて来た家は、式の間、彼女達をどうするつもりだ。

 だが、ざっと見た限り、目的の物は見当たらないので、一度追い払おう。


「ここは学院ではなく、正式な式典の場です。御当主や準ずる方と一緒での御挨拶でありませんと、話す気はありません」


 そう言うと、群がる御令嬢達は一礼し、一旦親や兄弟の所へ戻って行った。


 それから、正式に私にお目に掛かりたいと、親に強請る御令嬢の姿があちらこちらに見える。

 だが、幾ら私が当主や嫡子ではないとしても、子爵家や男爵家では私に話しかけるのを遠慮するだろう。それにそのような家格では、目的の物は所持していない筈。最低限、伯爵家以上が対象だ。


 やがて数名の御令嬢が、親や兄を連れて私の所へやって来る。

 それぞれ当主や嫡子である者から挨拶し、彼等の紹介によって御令嬢が挨拶する。

 皆礼儀正しく、私も礼儀に則って挨拶し、しばし当たり障りのない話題を話す。

 しかし目的の物は無かったため、少し話すと知り合いを見つけた振りをして別れる。


 それを繰り返していると、今までの方々より上等な服を着た親娘が近づいて来た。


「ルハーン公爵家、ファルネウス様でいらっしゃいますでしょうか。お初にお目に掛かります。私はウェスティン・バジットと申す、伯爵位を頂いている者で御座います」

「おお、バジット伯爵でいらっしゃいますか。交易でいつもお世話になっております」


 彼は、カダイフ伯爵領へ向かう際に通った中継都市ルエルと周辺を治める、バジット伯爵だ。

 隣に連れているのは御令嬢だろう……彼女の胸に、目的の物の一つが光っているのが見えた。


「隣は、次女のアリエルです。妻キャスリーンと長男夫妻は別の挨拶に回っておりまして、後程御挨拶に来させます」

「初めまして、私はアリエル・バジットと申します。学院に入ったばかりでございます」


 アリエル嬢は整ったカーテシーをした。

 胸には小さめの緑色の石を中心にしたペンダント。シンプルな装飾なのだが、中心の石は光の加減によって複雑に色が揺らぐ。


「素敵なペンダントですね。親御様のプレゼントですか?」

「母が知人から譲り受けたと聞いていますが、素敵な色合いで、つい強請ってしまいました」


 隣のバジット伯爵は、私とアリエル嬢の会話が弾んでいる様子に顔が綻んでいる。

 だが、アリエル嬢の胸に光るペンダントは……コーネリアが学院に入る直前に、私が手紙と一緒に贈ったものだ。

 中心の複雑な色合いを見せる石は、交易で手に入ったスフェーンという珍しい種類で、この国で産するものではない。そして、ペンダントの裏側をルーペで覗くと、コーネリアと私のイニシャルが刻まれている筈だ。

 バジット伯爵とアリエル嬢のペンダントは、後で調査して貰おう。


 また別の組と話していると、上質な服に身を包む別の母娘がやって来た。


「私はルエット伯爵夫人エルヴェールと申します。隣は、三女のカルロッタです」


 ルエット伯爵はクラーブ侯爵家の隣領を治める家で、そのクラーブ侯爵家、つまりハルトの家とも親戚関係だった筈だ。

 隣の三女カルロッタ嬢の腕には、赤と緑の宝石が交互に埋められた、細身の金の腕輪がある。


 これは、学院の二年修了時にコーネリアが領地に帰った際、私が手紙と送ったものだ。

 埋められた宝石はいずれもこの国で産しない石で、石の色は私の瞳の色と髪色。私の色を纏って欲しいと言う欲が出てしまった物。

 裏側にはやはり私とコーネリアのイニシャル、そして作った店の名前が刻まれている。

 また一つ、目的の物が見つかった。


 ルエット伯爵夫人母娘とは適当に言葉を交わして別れ、その後も何組かの親娘と話をしたが、一番の目当ての物を身に纏う女性は見つからなかった。


 あともう少しで会場に入らないと、と思っていると、向こうからハルトが近づいて来た。


「やあ、ファルネウス。久しぶり」

「ハルトじゃないか。元気だったか」


 私達は互いに声を掛け合った。


「……コーネリアの事は残念だった。あんなに仲睦まじかったのに」

 ハルトは慰めてくれる。

「ネリの事は諦めてはいないよ。今回の事が落ち着いたら、カダイフ女伯爵を追いかけるつもりだ」

「そうか、頑張れよ」


 ハルトは私の肩を叩き、元気づけてくれる。


「それはそうと、ハルト」

「なんだい」


 話題を変える、とハルトに告げると、彼は声を潜めてくれた。


「……ルエット伯爵三女カルロッタ嬢の身に着けていた、腕輪の入手先を調べて欲しい」

「カルロッタの……どういう事だ?」


 私の言葉に、ハルトは戸惑っている。


「先ほど夫人と一緒の彼女と話したが……カルロッタ嬢の右腕に身につけられた腕輪に見覚えがあった。あれは一昨年、私が手紙と一緒に、領地に帰っていたネリへ贈った物だ」

「念のためだが、コーネリア嬢が売ったって線は無いのか?」


 私はハルトに首を振る。


「爵位返上する直前のカダイフ女伯爵と話したのだが……ネリに直接渡した物はともかく、私がカダイフ領に送った贈り物は、彼女の手元へ届く前に、全て安物にすり替えられていた」


 ハルトは驚く。


「そうか、そのすり替えられた装飾品がカルロッタ嬢の手にあるのだな。あそこの家は親戚だし疑いたくは無いが……まずはファルネウスが贈った物かどうか確かめてから、入手先を確認しよう。どうすれば見分けられる?」

「裏側に私とネリのイニシャル、それから購入した店名が小さく彫ってある。ルーペでしか確認できない大きさだ」


 ハルトは頷いた。


「ハルトの方は、例の件の調査は進んでいるか?」


 問うとハルトは頷いた。


「王太子殿下側の本格的な調査が行われている。私の手は離れた。ファルネウスの方はどうだ」

「次兄の件は、父が難色を示していてまだだ。それに別件の方が忙しくて。先程の腕輪の件も関連するから、調査は頼む」


 ハルトは唸った。


「カダイフ家の爵位返上と離脱の件か……」

「ちなみにこれも王太子殿下案件だ。ハルトの件とも関連する可能性は高い」


 えっ、と驚くハルトに、また後でと声をかけて別れる。


 先ほど、式典会場の入口係員が『あと十分です!』と叫ぶ声が聞こえた。

 そろそろ、ハルトも私も、会場に入らないといけない時間だ。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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